ノア帝国物語(A面)

chapter- 1, 2,3,4,5

第1章

ヤタガラス

略式の年表が目の前にでかでかと映し出された
「おわっ!」
「おわっではない!!」
・・・などとおっさんが向こうで言ってるが、他の突撃隊員も俺と似たような表情(だろう多分)を返している。いわく、

 何なの、この人?

ちなみに隣は女性隊員だ。
「防御壁突破作戦・『フェルテベルナール』成功の鍵はお前達が握っているというのになんだねこの体たらくは。そもそもここは最高司令部だろうが。何があっても動じないくらい、最低限のマナーではないかね?」
 微妙に違うと思うが。年表が消され、見たくもないおっさんがまた視界に戻ってきた。がっしりしていて風格がある。やたらと豊かな金髪。今の技術なら外見を若く保つくらい造作もないし誰でも普通にやっていることなのだが、それをしないのは本人なりの美学なんだろうか。軍司令部でも一般的な気密スーツ姿なのは、彼が軍属ではなく科学者だからだろう。もっとも一般スーツの胸に上級士官の階級章はどうみても似合ってない。だが当人は全く気にする様子もなく、目の前を行ったり来たりしつつ、資料を辺りに(立体画像で)浮かべて回ったりしている。
「ともかく奴等のせいで人類史上初の統一国家がわずか141年で分裂してしまったのだ。実に忌々しい。これは諸君らも知っての通り、奴等が空間切断技術を用いて防御壁を展開し、かつ我等の施設を空間ごと破壊したためだ。そこで私は防御壁をやぶることができ、かつ、平和利用の可能な技術を編み出した。それが空間接続技術だ。この技術は、より洗練された空間切断技術であり、空間の断層による物質の通行の遮断および破壊のみならず、同一空間上の任意の2点間における物質の移動をも可能にした。そこで、諸君らにはノアの空間切断装置の裏側に亜空間移動し、これを破壊してもらいたい。ノア側は空間切断装置の成果及び事故が起こった際の被害を考えて壁の内側には防御部隊を配備していない。また防御壁消滅後に侵攻する本隊も亜空間移動で出撃するので、気取られる可能性及び作戦段階移行時のタイムラグは無いに等しいと考えてもらって構わない。ただし、防御壁機構については原理的なこと以上はほとんど不明。ノア侵攻後の諸君らに対して、その帰還のために適切な規模の空間接続をピンポイントで行うほどの精度は未だ得られていない。防御壁の無力化に失敗した場合、帰還は絶望的であることを肝に銘じておいてくれ。」
・・・さすがに俺に声がかかったりするだけある。もっとも俺自身は特に優秀でもなんでも無い近接戦闘士官なのだが。俺が加わった任務ではなぜか相手が大失敗をやらかすという伝説が、どうやら上層部の耳にまで入ったらしい。
それとも失うならどうでもいいやつの方がいいということだろうか。
「作戦の概略は以上。詳細は追って連絡が行くだろう。装備については各人に特殊部隊資格が与えられるので、各自専門分野にあわせて調達すること。それではこれより実際にピンポイントの空間接続による移動を実際に体験してもらう。ついてくるように。それぞれ自己紹介は適宜行っておきたまえ。ただしこのチームにいる間、階級は言明しないこと。あるいは言っても構わないが、それによって態度を変えたりすることの無いように。チームワークは重要だからな。」

当然の事を言ってる。いや階級を隠すのは当然ではないが。
これだから科学畑の科学馬鹿は、とか考えてるうちに新しいチームメートがぞろぞろと出て行く。とりあえず、さっきの女性隊員と話しながら行くか。
黒髪にボブカットでちょっとだけちっちゃめの彼女、彼女もそろそろ出入り口のほうに体の向きを変えかけていた。
「はじめまして・・・」
「あ、はじめまして雲居君でしょ?噂は聞いてるよ。私は作戦部の穣静鈴(ラン・ジンリン)。リンでいいよ。みんなそう呼ぶから。」
「なんで知ってるんだ?いくらなんでも知れ渡るのが早過ぎるだろ。」
「まあ、作戦部だからね。ところであの人、Dr.ロバート・ミルだったの?」
「は、ロバート博士って言ったら確か旧・ノアの事故で行方不明になったうちの1人だったよな。」「そう、それ。さっき空間接続がどうのって言ってたでしょ?あれ見つけたのDr.ロバートのはずなのよ。行方不明から戻ってきて何かやってるのは知ってたけど、どんな人でどこに居るのかまではわかんなかったのよね。」
「はぁ〜、あの人がねえ・・・。」
「マントヒヒみたいよね。」
「ぶっ、あんなマイナーな動物よく思いつくな。」
「作戦部の動物博士とは私のこと。」
「俺はそんな噂知らねえぞ。それにしてもあいつがねえ。」


そのとき、当のマントヒヒは全く別のことを考えていたのだが。
「さて、どこにとばしてやるかな。」

博士は、ほんのちょっとばかり、お茶目さんだった・・・。


第2章

Syi_nin

 空間接続の装置室についた俺の目に一番に見えたのは白衣を着た男から報告を受ける「マントヒヒ」だった。室内自体が暗かったせいもあるだろう。何やら小声で話しており、なんらかの書類であろうファイルを見、目を上げては俺達の一人一人を見る。顔と経歴などの確認、と言ったところだろうか。それがランと俺を見るときだけは、妙に長く、しかも報告していた男もこちらをまるで盗み見るようにしていたことだ。なんだか俺経ちの名前も報告に聞こえた気がする。俺が報告の最後だったのか、俺を暫く眺めていたあと、マントヒヒは男を下がらせ、説明に入る。
 「では早速、空間接続技術による転送を行う。作戦時は集団で諸君を転移するが、今回は施設の都合上、大規模な転移は不可能だ。よって、個人個人で転送する事とする。尚、今日はこの転送をもって解散とする。後日、転移に不具合などがあればレポートするように。」


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「そうか!わかったぞ!犯人のトリックが!あれはそう言う事だったんだ!」

 こつこつこつこつ・・・。廊下を革靴の音が規則正しくリズムを刻んで近づいてきて、間もなく扉が開く。ワインレッドのスーツをテレビの通り、普段通りに着こなしている、カーディルだ。多少収まりの悪い白髪の混じった髪を掻き揚げるしぐさには財界の大物らしい威厳、余裕のようなものも感じられる。
「犯人がわかったと言うのは本当かね・・・?以前の刑事のように、またいい加減な推測で私に迷惑をかける気ではないだろうね?」
 となりのニコラスがぐっと歯を鳴らすのが聞こえる。僕はそれを後ろ手に制してカーディルにまっすぐに歩を進めていく。
「もちろんです。ただ真実を解き明かすだけです。」


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 一人一人が転送装置のあるステージに上がり、まもなく光の走査線をあびたかと思うと、光の粒のようなものを残して消えて行く。どういう仕組みかは想像もつかないが、これが空間切断による転送、というらしい。昔、こんな技術がなかったころ、SFアニメなどで見たような光景だな、と最初は思い、注目もしたものの、部隊員が大勢いた事もあり、そのうち飽きてしまった。当のマントヒヒはというと、となりのコンソールルームでインカムをつけた状態で装置にむかっている後姿が見えている。転送装置に上がる前にそれぞれの隊員と話し、通信装置のようなものを渡しているようだから、事後報告でも聞いているのだろうか。不具合は後日、レポート、と言っていたような気もするし、何か他のことなのだろうか。コンソールルームの中の様子はガラス張りの壁でわかるものの、音は完全に遮断されていて声などは聞こえない。時折、「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」などという、空気の漏れる音のようなものが聞こえるが、これは装置の音なんだろうか。さっさとこんな所からおさらばしたいのだが、何分、お呼びが掛からない。一人二人と隊員の残りも少なくなって行くが、それでも俺は呼ばれなかった。
 まだ幸いなのはリンも呼ばれていかった事だ。俺達は自然、小声ではあるが、無駄話などを始めてしまう。
「それでね、あのマントヒヒ、エドナン君につきとめられたらしいのよ。」
「ははは・・・。あの有名な少年探偵、そんな小物調査もしてたんだ。あのエドナン君に掛かっちゃ、浮気調査も完璧か?マントヒヒも運が悪いな。」
「そうそう。それでDr.ロバート、奥さんにも逃げられて、浮気相手もだめになったみたいよ?浮気なんかするからよね。あの顔だったら浮気なんかしてもしなくてもどの道全部パーだったかもしれないけど。」
「エドナン君もそんなことで逆恨みされたんじゃ可哀想だな。でも良くそんな事まで知っているな。」
「いろいろあってね。一部のあいだでは結構有名みたいよ?著名な学者のことだしね」
と二人そろってマントヒヒを盗み見る。と、マントヒヒがこちらを丁度向いたところだった。目のあたりはガラスの反射で見えなかったが、口元は、なんだか気味悪く笑っているようにみえて、俺はちょっとイヤな予感がした。回りを見ると、俺達二人が最後らしい、もうまわりには他の隊員は誰もいなかった。アナウンスが響く。
「ラン君、雲居君、入りたまえ。君達の出番だ」
俺達は顔を見合わせる。二人同時に呼ばれた事は初めてだったからだ。

 マントヒヒは転送装置に俺達をすぐ上らせたりはせず、椅子にふんぞり返ったままだ。ファイルをぺらぺらめくり、とあるページで止まるとランとそのページを見比べるようにする。
「ふむふむ・・・。作戦部、ラン・ジンリン君」
「はい。」
「うむ。君は・・・動物は好きかね?」
 真顔でそんな事を聞く。ランのほうも唐突に聞かれ、「は・・・?」といった顔で止まったままだ。
「作戦部の、動物博士だそうだね?」
「え?・・・は、はい・・・」
「いやいや、良い趣味だ。ところで最近、市の動物園でウリコが生まれたのは知っているかね?」
「え、あ、あの・・・」
 ランもこの不意の話題に少々頭が混乱しているらしい。ちょっと口篭もっている。博士はというと、微笑まで浮かべている。俺のイヤな予感がまた少し大きくなった。
「知らないのかね?かわいいものだよ。是非見てくるといい。ではこれを付けて・・・」
とマントヒヒが通信装置をランに押し付けるように手渡し、転送装置に上るよう促す。ランの方は怪訝そうな顔で博士を見返すが、博士は未だにこにこと微笑んだままだ。そのまま何も答えそうにない博士の態度を見てから、不安そうにランは装置のステージへの階段を上った。ステージの上で俺を見る。俺と同様、今ではランもはっきり、イヤな予感を感じているらしい。
 博士が装置を起動した。走査線がランの体を照らして行く。足元から光の線が上って行き、間もなく頭のてっぺんまで抜ける。そうなれば転送終了だ。と、博士が言った。
「ウリコの檻のとなりはマントヒヒの檻だよ。マントヒヒがどう言った顔か良く見てきてくれたまえ」
 目を見開いた「え」と言う顔のまま、リンは光の粒になって消えた。

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「ではエドナン君、一体犯人は誰なんだね。」
 カーディルが普段通りの落ち着き払った様子で言う。
「あなたです、カーディルさん。」
 その言葉を聞いてカーディルが微妙に片方の眉を上げた。
「以前、私の身の潔白は証明されたはずだが。また君はそこにいる刑事と同じことを言うのかね。まあいい。名探偵と言われた君の推理を拝聴しようか。どのような証拠があって、私は犯人にされねばならないのかね。」
「あの晩に訪れた方は皆、容疑者です。ですけど、貴方以外の方は犯人になり得ない。なぜならこの密室と思われる状態を作りだせるのは貴方だけだからです、カーディルさん。それはこの部屋が密室である状態になければならない理由があった。ミハイルさんが殺害されてすぐにこの部屋に入室されると殺害のトリックも犯人が貴方だという事もばれてしまう。ですからここは暫く誰も出入りできない状態にする必要があったんです。そしてこの部屋がその時、密室であると証明できれば、貴方が犯人である事も証明できます。」

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「いやぁああああーーーーーーっ」
「だあぁはっはっはっはっはっはっは・・・!」
 通信装置から、明らかにランのものとわかる悲鳴が響き渡った。あわせるようにマントヒヒが大口を開けて笑う。
「ちょっと来ないでよ!どうして私がそんな目に遭わなきゃならないわけ!?誰か助けてよ!!」
「いや、愉快愉快。どうかね、ラン君。マントヒヒは私にそんなによく似ているかね。だあぁはっはっはっはっは・・・」
 コンソールに並んだ電機機器のライトを受けてDr・ロバートの顔の彫りがくっきりと浮かびあがる。暗くなった目許、歪んだ様に笑う口元が強調され、さらに緑色のライトを受けた顔ははっきり言って怖い。瞳に反射した赤のライトがマントヒヒの狂気を表しているようで、俺はその赤に気付いて背中が寒くなった。
「おい博士、一体何をしたんだ?」
「何、本物のマントヒヒを見てもらっただけさ。私をそう呼んでいたようだからね。」とにやりと笑う。「諸君らの事を少しでもよく知っておこうと思ってね、この施設の監視装置をフルに使わせてもらったんだよ。」
 それだけの理由かよ。それを見て取ったのかマントヒヒが一言付け加えた。
「今回の任務を受けるほどのエリートだ。憶測だけで物事を判断しちゃいかんよ。それにしてもあの慌てぶり、もう少し冷静になるよう心がけてもらわねば先行きが不安だな。」
 相変わらずランの悲鳴がスピーカーから響いている。時折獣の威嚇するような音や金網の揺れるような音がするのは何だ?俺より飛ばした現地の事を良く知っているのか、マントヒヒは一つ一つの音や声がするたびに大口を開けて「だあぁはっはっはっはっは」笑っている。きっとランの様子が容易に想像できるのだろう。涙さえ浮かべているが、けして目薬をさしたわけではない、笑いすぎて涙さえ出てきてしまっているようだ。マントヒヒと呼ばれたことだけで、本気でそこまでするか?心の中でランも災難だったな、と思う。 
 ん?そう言えば、ランと俺は一緒にこの部屋に呼ばれ・・・
「さて、雲居君、だったね。」
 マントヒヒが椅子ごと俺に向き直った。今度は別の黄色系のライトをあびて顔が輝く。目のキラキラがいたづらを考えたガキの目だ。思わず苦笑を浮かべて顔を背ける俺。絶対に良い事はないだろうと容易に想像がつく。
「準備してくれたまえ。それと、この世に完璧などという言葉はないのを肝に命じるように。」

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「つまり、犯人はここが密室である事を知っているからこそ、あのような行動を取った、いや取らざるを得なかった。そうでなければせっかくのトリックが台無しになってしまう。」
 来た時は落ち着き払っていたカーディルさんの額に汗が浮かんでいる。カーディルは冷静さを取りもどそうとするかのように、今の追い詰められた感を拭い去る様に、額をハンカチでふいた。手が震えているのか、動作は緩慢になってしまう。エドナンはカーディルに背を向け、窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「ここは、事件後暫くの間は密室でなければならなかった。そうでなければ今回の事件には説明がつかない。どのような方法をもってしてもこの部屋に侵入することは不可能だったのです。どうあっても、ね。」
 そして向き直る。

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 はっ、としたのち現れた光景は妙に目つきの鋭いガキの顔だった。その目が少しづつ大きくなり、少し遅れて口も開いていく。目がまんまるになるころには金魚のように口をパクパクとさせていた。
「だあぁはっはっはっはっはっ・・・・・・・・・!!!」
 通信装置のマントヒヒの馬鹿笑いが平衡感覚を鈍らせている俺の頭にガンガンと響く。ふらつきながら周りを見まわすとかなり高価らしい置物などが並んだ部屋だ。後ろにも人の気配を感じて振り返ると、そこにはぽかんと全く同じように口を開けているやつらがいた。俺は確か・・・転送装置で飛ばされたんだっけ。イマイチ頭がハッキリしない。そういやどこに飛ばされたんだ?
「貴方は・・・誰だ?どこから来た?まるで・・・突然現れたように見えた・・・」
 先ほどの目つきの鋭いガキが声を震わせて言う。まるで幽霊でも見るような目だ。
「嘘だ!先ほどの実験で、密室は再現した・・・そうだ、そうだ!この部屋に来られるわけがないーーーーー!!」
 半狂乱の態で体中で絶叫する。
「だあぁはっはっはっはっはっ・・・・・・・・・思い知ったか、ガキめぇ。探偵なんぞ覗き見趣味のにんげんのクズだ!蛆虫だ、ゴミだ、チリだ、それ以下だ!だあぁはっはっはっはっはっ・・・・・・・・・!」
 奴は俺とラン、恐らく他の隊員達の会話だけでなく、きっとこの名探偵もマークしていたのだ。御満悦の声と共に起こっている爆笑を聞きながら、俺はあのマントヒヒの執念深さを思い知った。


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