アンドロイドは日本文化の夢を視るか?

よしけむ

嗤者と屍者は掌の上で〜another hand




1st dream...Wの悲劇
 遠い東の果てにある国、ジパングなるところには三つの特徴的な文化があるらしい。この間会った行商人がこっそりとボクに教えてくれた。三つ目を告げる時だけ何故か顔がにやついていたけれどあれは何故だったんだろう。
 まあいいや、そんなことより、日頃から人使いの荒いマスターの元で働いているボクは常々マスターを見返してやりたいと思っている。そこで、その東洋の神秘を身につけて、マスターを見返してやるんだ。
 まずはその一つ目からだ。

「ねえ、マスター」
 ボクは草の上に寝そべってうつらうつらしているマスターを揺り起こした。
 ボク達は今草原のど真ん中にいる。一面見渡す限り緑、そしてその先には地平線。こんな平和な風景の所は久しぶりだから、なんとなく気持ちも良くなってくる。
「ん、アンか……。何の用だ?」
 寝ているところを起こされたからだろう。半眼でこちらを睨み付けてくるマスターは誰がどう見ても機嫌が悪そうだ。
「大したことじゃないんだけど、」
「それなら起こすな」
 そう言ってボクに背を向けて再び寝ようとするマスター。って、それじゃあボクの作戦が台無しになってしまう。
「ちょっと待ってよ。実は訊きたいことがあって」
「お前が、訊きたいこと?」
 ボクが訊くということが余程不思議に思えたのか、やたら顔をしかめてこっちを見るマスター。それはちょっと失礼じゃないのかな。
「マスターは『わび』って知ってる?」
 気分を仕切り直して、ボクはマスターに尋ねた。
 調べたところによると、ジパングの『わび』文化というのは質素で落ち着いた様子のことを言うらしい。そんなものの一体何が良いのかボクには今ひとつ分からないのだけれど、これもマスターを見返すためだ。『わび』が良いものだと思いこむことにしよう。
「『わび』……か? ん、まあ知ってはいるが、それがどうした?」
 げっ、知っているのか。それならマスターに自慢げに蘊蓄たれる作戦は実行前から失敗じゃないか。なら、仕方ない。フォーメーションBだ。
「うん、実はね、ボクは『わび』を実践したいと思うんだ」
 質素で落ち着いたボク。うん、多分悪くはない。そうなったらきっとマスターもボクのことを少しは見直すだろう。
 マスターは起きあがるとボクの方を向き、一瞬不思議そうな表情になった。
「……そうか。『わび』を実践するのか。お前もそこまで成長したんだなぁ」
 そう言うとマスターは嬉しそうな表情になり、あふれんばかりの笑顔をボクに見せてくれた。やった、誉められた。更に頭を撫でてくれるのか、マスターはボクの頭にその手を乗せる。
 次の瞬間、頭に強烈な負荷を感じた。
「あの……、マスター、これは一体どういうコトなの?」
 ボクはそう尋ねずにはいられなかった。ボクの頭に乗せられたマスターの手に次第に力がこもり、ボクの頭を地面へと押し下げていく。
「ん、『詫び』を実践するんだろ? 今までの俺に対する無礼な振る舞いの数々を反省して俺に『詫び』るんだろ?」
 それ違う!
 ボクの叫びは、しかし心の中の叫びに終わった。顔面が地面に押しつけられて喋れない。
「んー、まず初めにとりあえず土下座からだな」
「ぶはっ、土下座からって、土下座以上のものがあるの!?」
 ボクは何とか顔を地面から引きはがしてそう尋ねた。
「勿論。折角アンが改心して詫びると言っているのだ。とことんまでやって貰おう」
 ボクの叫びは、しかし再び地面に吸い込まれた。




2nd dream...Sの悲劇
 遠い東の果てにある国、ジパングなるところには三つの特徴的な文化があるらしい。この間会った行商人がこっそりとボクに教えてくれた。三つ目を告げる時だけ何故か顔がにやついていたけれどあれは何故だったんだろう。
 まあいいや、そんなことより、日頃から人使いの荒いマスターの元で働いているボクは常々マスターを見返してやりたいと思っている。そこで、その東洋の神秘を身につけて、マスターを見返してやるんだ。
 前回は失敗だったけど、今日はその二つ目で絶対マスターを見返してやる。

「ねえ、マスター」
 ボクは木にもたれかかってうつらうつらしているマスターを揺り起こした。
 今ボク達はとある森の中にいる。木々の生え方が適度にまばらで森の中はとても明るい。こう言うところにいると気持ちが上向いてくる。
「アン……、一体なんだ?」
 寝ているところを起こされたからだろう。薄目でこちらを見るマスターはお世辞にも機嫌が良いとは言えない。
「え、えぇと、大したことじゃないん」
「なら起こすな」
 ボクが皆まで言わないうちにマスターはそう言うと、再びうつらうつらとし始める。
「じゃなくって、訊きたいことがあるんだってば!」
「お前が訊きたいこと?」
 マスターは露骨に迷惑そうな顔をしてボクを睨む。それはなんだか失礼じゃないのか?
「マスターは『さび』って知ってる?」
 頭を振って気持ちを切り替えるとボクはそう尋ねた。
 ボクが調べたところによると『さび』とは古びたものに感じられる落ち着きや物寂しさのことを言うらしい。そんなもののどこが良いのか、やっぱりよく分からなかったが今はマスターを見返すために『さび』を良いものだと思いこむしかない。
「『さび』……か。いいな。つーんと辛くて美味いし、俺は好きだぞ」
 げっ、またもやマスターは知っているようだ。しかし、美味いって一体どういうこと?
 なんとなく嫌な予感はしつつも、仕方ないのでボクは計画Bの決行を決めた。
「あのね、ボクさっきものすごく『さび』っぽいところを見つけたんだ。マスターも『さび』が好きなら一回行ってみない?」
「『さび』っぽいところ……?」
 マスターは意味が分からないのか首を捻ったが、とりあえず連れて行けば分かるだろう。
 ボクはマスターの手を取ると引き起こして森の中を引っ張っていった。

「ほら、古くて物寂しくて、とっても『さび』っぽい」
 煉瓦造りの家からは人の気配がせず、既に使われなくなって相当の月日が経っているようだ。屋根も所々穴が開いていて、悲壮感さえ漂ってきている。つまりは廃屋。
 こんなのを見てると「さび」って一体何が良いんだろう、ととても疑問を感じるところだが、これだけ物寂しければ「さび」になっているだろう。
「いや……、何と勘違いしているのかは知らんが、俺が好きと言ったのはわさびという食べ物のことであって、」
 そのマスターの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ボクらの目の前の廃屋からガタリと物音がした。さらに、軋みを立てて扉がこちらへと開く。
「ひっ」
 思わず声を出してしまうボクと、何の反応も見せないマスター。ボクらの視線の先には、一匹、また一匹と廃屋から出てくるゴブリンの群れがいた。
「じゃあ、後の責任はお前が取れな」
 つまりは、全部倒せと言うことだろう。ゴブリンはざっと見ても二十匹以上いるように見える。こちらを血走った目で見つめて、今にも襲いかかってきそうだ。
「そんなー」
 ボクの叫びが森の中に響いた。

「これぞまさに、身から出た錆びだな……」
 遠ざかるマスターがそんなことを呟いていたなんて、ボクは知らない。




3rd dream... Mの悲劇
 遠い東の果てにある国、ジパングなるところには三つの特徴的な文化があるらしい。この間会った行商人がこっそりとボクに教えてくれた。三つ目を告げる時だけ何故か顔がにやついていたけれどあれは何故だったんだろう。
 まあいいや、そんなことより、日頃から人使いの荒いマスターの元で働いているボクは常々マスターを見返してやりたいと思っている。そこで、その東洋の神秘を身につけて、マスターを見返してやるんだ。
 今まで二回失敗してとうとう最後の一つだ。今度こそ――

「ねえ、マ・ス・ター?」
 ボクはうとうとしているマスターを優しく揺り起こした。
 ボク達は花畑にいる。なんて平和なんだろうか。身も心も洗われていくみたいな気がする。
「……アンか。いったい何の……!?」
 眠たげだったマスターの目が驚愕に見開かれ、がばっと跳ね起きるとボクの方を不審な者を見るような目つきで睨め付けた。
「実は訊きたいことがあってぇ」
 ボクはしなを作って出来るだけ甘えるような口調でそう言った。が、マスターはそんなボクの努力は全く無視のようで、ボクの肩を掴むと勢いよく尋ねた。
「それより、俺の方がまず訊きたい。なぜ俺はお前の膝枕で寝てなどいたんだ!?」
 そう、先ほどまでマスターはボクの膝枕でうとうとしていたのだ。今回の作戦は既に始まっている。
 最後の東洋の神秘は『萌え』というらしい。曰く、男性は可愛いものに愛着を覚え、それを『萌え』と表現するらしい。さらに『萌え』にはいくつかのパターンがあり、人によってツボが違うらしいのだ。
 先ほどの可愛くおねだりというパターンはどうやらマスターのツボでは無かったらしい。ならば、次の作戦、プロジェクトXを実行するしかないな。
「べ、別に大して意味があるワケじゃないんだから」
 ボクは急に語気を強めると、そう言ってつぃっとそっぽを向いた。なんでも、こう言う時は初めの一語をどもるのがポイントらしい。
「……そうか。なら、別に構わないのだがな……。それより、お前にお客さんらしいぞ」
「へ?」
 思わず間抜けな声を出してマスターを見てしまう。マスターは肩をすくめてボクの後ろを指さした。
 後ろからブーンという羽音が聞こえる。
 振り向くとそこには、一メートルはあろうかというハチがホバリングしていた。俗にキラービーと呼ばれる下級魔族だ。ひょっとしてさっき巣から蜜をくすねたのがまずかったのかな。
「ちょっと、今良い所なんだから邪魔しないでよね!」
 ボクはそう言うと、立ち上がりざまにキラービーの横っ面に回し蹴りを浴びせる。と、哀れキラービーはそのまま十メートルほど花畑の地面を滑走してピクリとも動かなくなった。あの程度なら楽勝だね。っと、そうそう。こう言う時には言わなきゃならない台詞があるんだっけ。えーと、ちょっと頬を赤らめてきつめの口調で。
「べ、別にマスターのために倒したワケじゃないんだからね!」
「当たり前だ。自分の身は自分で守れと言っただろう。俺は自分の身くらい自分で守れるしな」
 ……あれ?
 これも効果無し?
 え、えぇと、他にはどんなのがあったっけ? あ、こんな時にぴったりなのがあったじゃないか。こんな時はこう言えば良いんだっけ。
「な、な、なんでですのー!?」
 この「オジョウサマコトバ」とやらにマスターが何の反応も示さなかったことは、言うまでもない。






古い原稿はダメージが大きいのこと
 はじめましての方にははじめまして。そうではない人、こんにちは。
 どうも、よしけむです。
 今回の話は、幻想組曲あと250号の「嗤者と死者は掌の上で」のSSを三つ、閲覧冊子用のプレビュー原稿として書いたのですが全然プレビューになっていないというのは、ある種のお約束でしょうか。
 いや、未定メンバーのKeiさんに日本の三大文化は「わび・さび・萌え」だと伺いまして、触発されてしまって書いたのは今を去ること丸二年以上前。
 いやいや、当時の原稿を改めて読み返してみるというのはなかなか恐ろしい体験ですね。この原稿は元々第二展示室においてあったヤツをほぼそのまま弄らずに持ってきたんですが、コレをあげたとなれば本編の方も以て来なきゃいけないだろうわけで、そちらはまだ幻想組曲に書いたそのまんま……。ひぃ!
 近日中にそちらのアップロードもしたいなと思っているので、積もる話はまたそちらで。それでは、またどこかの活字の森で。
 よしけむでしたっ!

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