古と今

椎名流

我に疾風の翼を与えんと思うものは我が名を呼べ。
我に白銀の鱗を与えんと思うものは我が名を呼べ。
我に灼熱の炎を与えんと思うものは我が名を呼べ。
我に漆黒の眼を与えんと思うものは我が名を呼べ。
我はグラーディート。
我を呼ぶ声は聞こえず。
我は忘却の彼方。
我が呼び声は英雄には届かず。
否、我が呼び声を聞く英雄はもはや居らず。

「ねえ、お兄さん。そのグラーディートはどうなっちゃたの。もういないの。」
「うーん、このお話自体がずいぶんと古い話だからね。いるかもしれないし、いないかもしれない。忘却の彼方まで行ってみないとわからないなぁ。」
「ふーん、忘却の彼方まで行かないとわからないのかぁ。ねえねえ、そこにはどうやって行くの。ふね?ひこーき?それとも車?」
「さあねえ、誰も行ったことがないからね。わからないなあ。」

「……を呼べ。我に白銀の……」
「だれ?夜中に歌っちゃいけないんだよ。」
「我はグラーディート。我を呼ぶ声は聞こえず。我は忘却の彼方。」
「グラーディート?もしかして昼間お兄さんが言ってたグラーディートなの?」
「我が呼び声は英雄に届き、英雄は我が名を呼ぶ。我はグラーディート。英雄よ、我に姿を与えよ。疾風の翼を、白銀の鱗を、灼熱の炎を、漆黒の眼を。」
「つばさ?うろこ?それって何?」
「翼は空を翔ぶためのもの。鱗は体を守るためのもの。」
「羽根と鎧みたいなものだね。で、あとなんだっけ?」
「……炎と眼だ。」
「羽根と鎧と炎と眼?」
「……若干違うがまあ良い。それで我が姿を想造せよ。」
「わかった。羽根があって、鎧はちょっと変だから毛皮があって、火がしっぽの先についてて、あと黒くてかわいい目があるの。」

「だめよ、犬は飼っちゃいけないのよ。マンションだからしょうがないでしょ。」
「でも、グラーディートは犬じゃないよ。どらごんだもん。」
「ドラゴンでもだめなの。動物は飼っちゃいけないって決まりなんだから。」
「でも……」
「デモもハンストもありません。わかったらもとの場所に返してらっしゃい。」

「ごめんね、グラーディート。大きく育つんだよ。」

我はグラーディート。
我が力を必要とする英雄はもはや居らず。
されど、我は英雄の力を必要とする。
我は犬と大差なし。
我が呼び声を聞き届けよ、英雄よ。
我は求める。我を助けよ。我を……

「あ、かわいい犬。捨て犬かなぁ、連れてってもいいのかなぁ。」

(続く?)


作品展示室トップへ
総合トップへ