The song, from past and now.

いづみ


 ―神の教えに背きて生まれたが故に 誰よりも神を愛した少女
  神の意志を何よりも信じるが故に 神の教えより離れた少女

  少女が生まれしは輝ける地 緑の木々は萌え 花々は咲き誇る
  それは祝福にして背徳 小鳥は喜びの歌を囀り 大地は哀しみの唄を奏でる

  人と出会いしは幼き日 破れた殻を喪いて 暗き径に独り佇む
  背負うのは過去の罪 己が心に秘めたるにして 己が心に視た幻影

  闇に出逢いし彷徨い人 信ずるが為に神と別れ 憎むが為に魔に触れん
  その口から漏れるは否定の声 全ての運命を断ち切りて 再び少女は生まれ出づる

  育ちし少女は歩き出す 手に捧げ持つは長き杖 身に纏い舞うは白き衣
  師の言葉に従いて 御使いの如く輝きて その力もて人々を守れり

  やがて訪れるは出会い それは光の導きか はたまた盲目の偶然か
  黒き宿命の旅人と 猫の瞳の旅人と 二つの腕が伸ばされる

  下されたは呪われし刃 虚飾は引き裂かれ 人の内は露わとなる
  集いし光が生みし影 許されざる必然にして 苦悩を宿す慈しみ

  かくて出発の日が訪れぬ 慕う人との永久の別離 住みし仮宿からの巣立ち
  造られた教えに迷い 師の言葉に惑い 導無き旅は始まりぬ

  人が伝えし神の教え 語られざる神の意志
  従うべきは何処の道か 見つけ出すのは如何なる光か

  白き鳥は夜明けに羽ばたく―




「―で、それからどうなったの?」
 幼き声が問いかけた。
 目の前には赤々と燃える暖炉。音を立ててまた火の粉が舞った。
 首を傾げる子供の頭に手が重ねられる。
「それはまた別の詩だよ。さあ、今日はもうおやすみの時間だ。」
 古びた竪琴を手にした吟遊詩人は微笑みかけた。
 窓の外は夜の闇。遠くには家々の灯りと遥かな星空が映る。
 白い手は頭を優しく撫でる。子供は少し拗ねた顔を見せて呟いた。
「やだよ。もっと聞かせてよ。」
 膨らませた頬に頭から移った掌がそっと重ねられた。
「また明日。次は、最後まできちんと聞かせてあげるからね。」
 温もりに触れた手はゆっくりと離れる。
 揺れる朱色に顔を照らした子供が目を瞬かせた。
 発条のように立ち上がる。美しい絨毯の毛は水紋を描いて起きていく。
 二人の目が合う。瞬きがもう一つ。
 子供はまだ意地を張ってそっぽを向いたが、瞳の奥の喜びは隠せなかった。
「…じゃ、おやすみなさい。」
「おやすみ。」
 扉へと駆けていく。足音は全て吸い込まれていた。
 高くに燈された柔らかな光は彼の影を一つに留めない。
 開いた扉の向こうで足が止まった。
「また明日ね、きっとだよ!」
 薄い灰色は一箇所に集ってようやく姿を形作る。
 その写し絵の手が大きく振られた。
 吟遊詩人の手も合わせて振られる。
 扉が音を立てて閉まった。


 再び、木のはぜる音とともに火の粉が舞った。
 赤い光が空に昇り、風に漂い、やがて落ちながら消え失せる。
 吟遊詩人は目を閉じて、手にした竪琴に指をかけた。
 小さな動き。澄んだ単音が静かな部屋に広がっていく。
 後を追うようにただ一度だけ木がはぜた。
 やがて余韻が消えていく。再び、指が動き出す。
 確かめるように、思い出すように、一つずつ音を重ねていく。
 美しくも儚い音。それは集い、重なり合うことで確かな旋律を作り始める。
 主以外聞く者のない空間に音楽は踊る。
 孤独ながら温もりに包まれた部屋で竪琴は歌った。


 扉が開かれる。
 調べとは異質な音に吟遊詩人は顔を上げた。
 佇んでいたのは少女。真っ直ぐに吟遊詩人を見つめている。
 まだ年若く、故にためらいを知らぬかの如き顔。
 強くありながら安らぎをもたらすような瞳。
 薄く色づいた唇が笑った。
 蘇る幻影が不意にその姿に重なる。
 白き衣、赤き髪。幼き微笑と柔らかな眼差し。
 生まれより背負った暗き宿命は少女を聖女へと導いたのか。
 だが彼女は常に人であることを選んだ。弱くも優しい心を守り続けて。
 微笑みは重なり合う。
 それは過去の記憶、今は亡き想い出。
 幻の唇が動く。
「…どうしたの?」
 幻影は消え失せた。目の前に立つのは紛れもなく今を生きる少女だ。
 吟遊詩人は立ち上がった。
「何でもないですよ。もう、戻りますね。」
 長い黒髪が肩より流れ落ちる。開かれた瞳も同じく夜を宿した色だ。
 浮かべた表情は穏やかさを湛えた微笑み。
「何でもないわけないでしょ?正直に白状してよ。」
 少女はそう言って笑った。
 勝気な言葉、揺るがない瞳。そこにあるのは幼さとは違う若さだ。
 吟遊詩人は苦笑交じりに首を振る。
「…いえ。何となく、あなたが母親に似てきたな、と思いまして。」
「冗談。血のつながりだって無いし、性格とかも全然違うのに。」
 笑い声は高く響く。
 そう。何もかもが異なっていた。
 それでも、時折見せる表情、声、思いに過去は蘇る。
 育てられた環境が重ねるのか、あるいは同じく背負った宿命が呼ぶのか。
「それより、用事は済んだんでしょ。さっさと帰ってくればいいのに。」
 だが、今目の前で笑う少女は輝いている。
 野に咲く花のように、それぞれに違いながらも同じ美しさを宿して。
「ついさっきまで歌っていたんですよ。…今行きます。」
 耳に届く声は現実への道標。
 吟遊詩人は左手に竪琴を抱え、右手で椅子にかけられた黒いコートを掴んだ。
 引かれた布が宙に波を描く。
 少女は微笑みを見せた。まぎれもない彼女の笑顔。
 今は、幻影は蘇らない。
 彷徨う思い出は忘れがたき記憶。ただ見つめるだけの厚き本。
 しかし時は未だ果てを知らない。
 記される想いは常に止まず、項は色褪せることなく増え続ける。
 目に映るのは一にして全て。
 過去の幻像に現在の実像が重なり合う。
 そして動き出す。
 少女が扉の前から一歩引いた。姿若き吟遊詩人がその横に立つ。
 かすかな軋む音。
 扉が閉ざされて足音も遠ざかっていく。


 物語は伝えられて姿を残す。
 過去は現在に重なる。互いの輝きを損なうことなく―。

                          ―End. 






〈実は本誌には載らない幻の後書き…のやっぱりたぐいのおまけ〉
 というわけで幕を引いた、The song, from past and now はいかがでしたか?すっかりご無沙汰のいづみでやんす。
 まずは説明。この文章はサークルが学祭の時に「当日限りの閲覧専用冊子」として出すつもりの本に載せられるものです。ただし、冊子ではこの後書きの代わりに学祭で売るメインの本、「幻想組曲あと252号」の作品のプレビューめいたものがここのスペースには載っています。(せっかくなのでこの次におまけとしてまるっとそのまま載せましたけど。)だから幻の後書きってなわけ。
 で。今回の内容に関して。まあここは何も語らずにいたいところなんですが。どこからともなく疑問や衝撃の声が聞こえてきそうな気もするのでちょっとだけ語ってみましょう。ネタバレはしない…つもり。
 ええ。もちろんこれはB.L.シリーズの中に組み込まれるべき作品であります。当然登場人物の一人についてもそれが誰なのかは常連の方なら当然分かるわけでありまして。だってあの服装とかは彼のトレードマークだし。問題は、あの少女の方ですね。…うわーんいろいろ爆弾発言をかましてるよこの娘っ!そうですよ、彼女の存在は私が内心で考えている今のストーリーが完結した次に書きたいストーリー(ああややこしい)で出てくるんですよ。だから吟遊詩人はあんなことぬかしたりこんなこと考えたりしてるんですよ。ちなみに彼が今後、本当に吟遊詩人のスキルを身につけるかどうかは未定だけど、まあ成り行きとはいえ人前で歌ったことはあるからこれくらいは何とかなるかな、と(笑)。
 ネタバレが怖いので内容に関する裏話はこのくらいにしときます。後は秘密。
 で、こっからはいつものくだけたグチ。…最近シリアスづいてるなあ。っていうか微妙に文体の雰囲気がいつもと違ってるよなあ。でも最大の問題は冒頭に載せた詩もどき(あくまでもどきだあんなもん)だよ…だから私は詩人じゃなくて一応自称小説書きなんだってば!(言い訳)
 ぼやきは終了。とりあえず結論だ。「あーだこーだわめくヒマがあったらさっさと本編を進めろ!」ってことで。だいたい今のストーリーが何話で終わるか検討もつかないんだから。…え、10は越える予定?だったらなおさらとっとと書けやコラ!(セルフツッコミ)
 というわけで今回のおしゃべりはこれにて終了。またどこかで会いましょう☆


                    それは語られざる物語。

 ―闇に出逢いし彷徨い人 信ずるが為に神と別れ 憎むが為に魔に触れん

       硝子越しの月光だけが、様々な色に冷たい石の床を照らしている。
                           見つめるのは神像。神の姿を人の手が模したもの。
          「生きることを神に許されない者は、生きていてはいけないのですか?」
  石の床は静寂の中にかすかな足音を高く響かせた。
                            赤く彩られた唇が艶めいた光を見せた。
                   一歩、神の御許へと踏み出す。
     その笑いは誰に、何に向けてのものだったのか。
                                   紅玉は冷めた輝きを放つ。
          「私は刃を得るために、神に背を向けた。人は欲するものを己で掴む。」
   罪を知ってもなお無垢な光を失わないままに。
                          輝きゆえに孤独に、月は光を映し続ける。

               その口から漏れるは否定の声 全ての運命を断ち切りて 再び少女は生まれ出づる―

                           to〈-Redeem selves-〉―gensoukumikyoku.ato252gou


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