Black Light-2. -appearance-

いづみ

chapter: 3-1, 3-2, 3-3

第三章 Disorganization.〈前〉




 不穏な気配を感じたのは夜明けの前だった。
 空気の小さな流れ、耳に届くかすかな音、肌に受けるわずかな感覚…だが、それが何であるのかは明確には分からなかった。
 暗い部屋の中、窓のカーテンをめくる。
 まだ目覚めを迎えていない町並みはいつもとあまり違わないように見えた。月もない空に疎らに星が輝く。
 首を傾げる。
 疑問を胸の内に残しつつもカーテンを閉ざした、その時。
 扉の向こうから慌しい足音が響いてきた。

「―あんたら、すぐに来てくれ!」

 宿の店主に呼び出され、ナシィは階下へと向かった。
 程なくしてミーアとセインも駆け下りてくる。だが、そこにイディルスの姿はなかった。
「イディルスさんは?」
「まだ来てないの?」
 互いに顔を見合わせる。
 ミーアは連れてこようと階段を振り返ったが、店主の言葉がそれを遮った。
「とにかく早く来てくれっ!」
 半ば叫ぶかのような物言いだった。しかしそこにあったのは怒りではなく怯えだ。
 三人が揃って店主の方を振り向く。何があったというのか、彼の顔に表れていたのは紛れもない恐怖の表情だった。
「―まあアイツは後でもいいでしょ。まだ薬が効いているかもしれないし。」
 考えたのは一瞬。
 ミーアはほとんど間を置くことなくそう言い放つと、階段に背を向けた。

 店主の言葉に従って三人は村の入り口へと向かった。
 走ればすぐにたどり着ける距離だ。青ざめ、ひどく足取りの重い店主を後にして急ぐ。
 夜明け前の町はまだ影を残していた。
「いったい、何があったのでしょうか?」
 多少癖を残したままの髪をなびかせ、セインが問いかける。その不安げな表情は店主の見せたものにも少しだけ似ていた。
「さあね。あの怯えようは、只事じゃなさそうだけど。」
 鋭い目で正面を見据えながら、ミーアが答える。マントこそ羽織っていないが装備は完全に身に着けられていた。
「怯えるって、何にだというんですか。まさか…。」
 黒いコートの胸元を押さえて、ナシィが呟く。腰に下げた剣の柄にその手を添えた。
 駆け抜ける三人の足音が夜道に響く。乾いた土が砂となって舞い、闇に溶ける。
 最後の曲がり角を折れた。
 風が髪を掻き乱す。
 ミーアははっきりと、叩きつけるかのように言った。
「―盗賊以外に何があるっていうのよ。」
 正面には村人の姿が見え始めた。

 人込みの間を抜けて更に奥へと向かう。
 以前ジンスの家での葬儀の際に集ったほどの人数ではなかったが、それなりに人の姿はあった。
 ナシィたちが駆け寄ると人の波が割れていくのも前と同じだ。
 ただ、今度はまるで逃げるように人々は離れていった。
 ざわめきの中すぐに人の輪の中心にたどり着く。
 人垣は村の入り口を囲むようにしてできていた。一点を中心として遠巻きに集まったかのように。
 そして薄暗がりの下で、ナシィはその中心点に置かれているものがあることに気づいた。
 それは暗さでよく見えない。地面の上に、石のように転がっている。
 走っていて切れた息をナシィは深く吸い込んだ。
 その瞬間異臭を感じた。
 その匂いは決して知らないものではない。―だが、何故ここに?
 それを考えるよりも先に足は前に出ていた。
 先の地面に転がるもの、その姿が徐々に分かってくる。
 大きさは両の掌を合わせたほどだろうか。球体に近いそれは子供の遊ぶボールのようにも思える。
 だがその表面は滑らかではない。上部は不規則に乱れ、ほつれた糸のように絡まり合っている。下部にかけてはいくつかの陰影が刻まれていた。その下端にはまるで椀のように短い足がついている。
 いや、物などではない。あれは―。

「―イディルスさんっ!」
 セインが悲鳴を上げた。
 そこに転がっていたのは、姿の見えなかったイディルスの生首だった。


 ナシィは膝をついた。
 間違いなかった。目の前に転がっているのは、紛れもなくイディルスの頭だった。
 鉄を思わせるような血臭が夏の夜明け前の湿った空気と絡み合う。
 首を切断されたのだろう。その下に血溜りらしきものを広げ、イディルスの頭は地面の上に立っていた。
 そっと手を伸ばす。触れた頬は、夏の暑さを残してかまだ温かかった。
「何で、あんたが…。」
 高くからの呟きがかすかに耳に届く。
 隣で立ち尽くしていたのはミーアだった。その声に力はない。少しだけ顔を上げたナシィの視界の中で、握っていたらしい手が落ちるのが見えた。
 ナシィは触れていた指を離した。手袋が少し濡れたようだった。
 夜明け前の光ではその赤いはずの色さえ見えなかった。
 影に沈むイディルスの顔を見つめる。見開かれた目は、何かに驚いているようにも見えた。彼は最期に何を目にしたのか。
「―?」
 異常に気づいた。閉ざされた口から、何かが覗いている。舌ではなくもっと薄いものだった。
 手を触れ、つまんで引き出す。最初こそ抵抗があったものの後は滑るように出てきた。
 一枚の紙だった。幾つかの文字が書かれている。
 手にとって、かざした。

『これが我々の返事だ。』

 ―これが、我々の返事だ。
 我々とは誰か。そして、『これ』という言葉が指しているのは。
 思考は、突然の痛みに遮られた。
 後頭部に一瞬鋭い衝撃を感じる。
 振り返ったが背後には誰もいなかった。
 ただ、足元で小石が転がっていた。
 ナシィは改めて辺りを見回した。すぐ近くでセインが怯えた子供のように座り込んでいる。その前に、まるで彼女をかばうかのように立つミーアの姿があった。
 更にその向こうを見る。村人が、自分たちを見ていた。
 何かが動いた。
 反射的にナシィは手を顔の前に出していた。
 再び一瞬の痛み。腕に当たって転がり落ちる。
 今度は、はっきりと識別することができた。
 それは石だった。村人の輪の中から自分たちに向かって飛んできた石だった。
「どうし…。」
 ナシィの小さな呟き声は、村人の言葉にかき消された。
「―お前らのせいだ!」

 叫び声の端は震えていた。
「お前らのせいで、あいつらが怒ったんだ!」
「村を台無しにしやがって!」
「あたしたちを殺す気!」
「余所者のくせに!」
 影の中で幾つもの叫びが重なって響いていた。
 自分たちを囲んだ村人が、その恐れと怯えを露わにして叫んでいた。高い声低い声様々に。だが同じ言葉を。
 集団が一つの意思によって一個の生命と化していた。
「お前らのせいだ!」
 耳を打つのはたった一言。繰り返し放たれるその言葉。
 そうなのだろうか。
 全ては自分たちのせいなのだろうか。村人の恐怖も。狂ったような叫びも。そして、イディルスの死も…。

「―!」
 魔力を感じたのと突風が吹いたのはほぼ同時だった。
 一陣の風が視界を塞ぐ。巻き込まれた砂が舞い上がり頬を打つ。呪文は聞こえなかったが、魔法によるものであることは間違いなかった。その魔力を感じた方向に振り返る。
 背後で、見覚えのある影がこちらに手招きをしていた。
「こっちよ!」
 ナシィが声をかけるよりも早く、ミーアがセインの手を引いて走り出していた。
 考えるよりも先にそれを追う。
 イディルスの首を置き去りにしたまま、薄闇の中で森を背にする影に向かって。
 ―茶色の風が晴れた時、そこに三人の姿は残されていなかった。


 その空間には静寂があった。
 石造りの部屋を照らすのは日光ではなくランプの灯りだった。まだ白み始めたばかりの空は十分な明るさをもっていない。
 三人は、それぞれバラバラに長椅子に腰掛けていた。セインは両の手を握り合わせうずくまるようにしてうつむいている。ミーアは組んだ足の上に手を重ねて虚空を睨んでいる。ナシィは机に左手を添えて深く座り手元をただ見つめている。
 彼らの正面ではこのウニート村の村長もまた杖を片手に腰を下ろしていた。隣には部下らしき魔術士(ウィザード)も控えている。
 そして少し離れて同じように座っていたのは、この神殿を治めるソロボであった。

 あの時。三人の背後、村の外側に姿を現したのは村長とこの魔術士だった。魔術士は村人らの目を眩ますとともに足止めをし、その合間に村長の導きで三人はその場を離れた。
 案内されたのは神殿だった。既に話を通してあったのか、三人を出迎えたのはソロボだった。
 転がり込むようにして神殿内に入った三人の後ろで神殿の扉が閉ざされた。
 そして今、彼らはここにいる。

 透明な天窓は暗く青ざめた空を映し出していた。
「…大変なことになったな。」
 沈黙の中で最初に口を開いたのは村長だった。その口調は威厳を保っていたが、言葉の端には恐れが滲んでいた。
 答える者はいない。
 再び重い沈黙が場を包んだ。
「いったい、何故こんなことに…。」
 繰り返し呟かれたその言葉は、誰に向けてのものでもなくただ心情を洩らしただけのようだった。
 付き従う魔術士は一言も口をきかない。またソロボも、血の気の薄い顔で時々咳をする以外には口を開こうとはしなかった。
 冷めた空気の下、薄闇がさして広くない部屋を包む。
 唐突に鋭い音が響いた。
 机に手を打ちつけ勢いよく立ち上がったのは、ミーアだった。
「それを知りたいのはこちらよ。いったい、何があったっていうの!」
 その場に居合わせた全ての者の目が集中する。それにも怯むことなく、ミーアは村長を見つめていた。
「見ての通りだが、それが何だ。」
「見て分からないから言ってるんじゃないの!とにかく、今朝起こったことを順にそっちから話してくれない?」
 村長の硬い言葉に対し、ミーアは声を荒げた。表情に出た苛立ちを隠そうともしない。
 空気が止まったのは一瞬だった。村長は重い息を吐くと、それでも落ち着いた口調で説明を始めた。
「私のところに知らせが運ばれてきたのもついさっきのことだ。村人から、『入り口に余所者の生首がある』とかいう急報を受け取ってな。内容はともかく急いで駆けつけたら、村人の輪とその内に駆け込むお前たちの姿が見えた。再度話を聞くと死体の首も冒険者のものらしい。だから、神殿に使いをやって私たちは裏手に回ったんだ。後はさっき見た通りだ。」
「…ご親切にどうも。おかげで助かったわ。」
 ミーアの口調にはまだ棘が残っていたが、きちんと頭は下げた。そのまま再び座って言葉を続ける。
「あたしたちの方も似たようなものよ。宿の店主に叩き起こされて、慌てて駆けつけてみたらイディルスの生首があったわ。さすがに一瞬呆然としていたら村人から石が飛んできて叫ばれて。そちらに助けられたのがちょうどその時ね。」
 強く吐き捨てるかのような物言いだった。しかし、そこに攻撃的といえるほどの力はなかった。
 状況に関してはその通りだったので、隣でナシィもうなづく。
 そして、握りしめたままだった右手を机の上に出した。
「そのことなんですが、一つ見てほしいものがあるんです。」
 ミーアらが振り向いた。
 一旦席を立ち、近くに置かれていたランプを手元まで引き寄せる。
 近づいてきたミーアと村長らに見せるようにして、ナシィは手にしたままだった切れ端を机の上に広げた。
 小さな黒い文字。
「―これが我々の返事だ。」
 もう一度、その言葉を口にした。
 光に照らし出されて無数の皺が影を刻む。
 ミーアが手を伸ばしたが、その指は触れる手前で止まった。
「これをどこで?」
 問いかけにナシィが顔を上げると、自分を見つめる鋭い瞳があった。その口調も詰問するかのように険しい。
 しばし目を合わせていたが、ナシィは目を伏せると再び視線を机の上へ落として答えた。
「イディルスさんの…口の中に押し込まれていました。」
 薄汚れた紙はその端々を赤く滲ませていた。
 そこに、もう一つの皺に覆われた小さな手が伸びてきた。
 村長はその紙を手に取り、ランプの淡い光に透かして表裏を確認すると再び机の上に戻した。
「…そういうことか。」
 呟き、深く息を洩らした。
 紙の端がかすかに震えたような気がした。

 ミーアはすぐ前の席に横座りに腰を下ろすと、まだ立ったままの村長を見上げて言った。
「村長、聞きたいんだけど。」
 呼ばれた村長が目を向ける。ミーアはその返事を待つよりも先に次の言葉を続けた。
「盗賊との連絡はどうなったの?それとも文字通り、これが彼らの返事だっていうわけ?」
 文字を記した紙に人差し指を向け、硬い口調で問いかける。
 村長は首を横に振った。
「…分からん。」
 一言低い声で答え、踵を返した。
 ミーアは何も言わずその背を見つめている。
 村長は少し離れた席に腰を下ろすと、しばらくそのまま手元を睨んでいた。
 背後にははるかに大きいが色の薄い影が伸びている。純粋な光によるランプは輝きを動かすことはなかった。
 不意にその影が揺れる。
 ようやく落ち着いたのか、村長は顔を上げるとミーアに向かって口を開いた。
「こうなったら、全部説明した方が早いだろう。…村の取引のことは知っているかね。」
 先ほどとは異なり、冷静な口調だった。ミーアがうなづく。
「ええ。ジンスから大体の話は聞いているわ。」
 その名を聞き、ナシィは突然声を上げた。
「―そうだ、ジンスさんはどうされてますか?あの人たちの身は…。」
 少し慌てたように放たれたその言葉に返事をしたのは、これまで沈黙を保っていたソロボだった。
「そのことならば心配はいらない。先に、ケップを彼の家に向かわせておいた。皆が落ち着くまではいるように命じたから問題はないだろう。」
 よく通る、静かな声だった。だが言葉を言い終えると同時にまた二度三度咳を繰り返した。
「…ありがとうございます。」
 ナシィは頭を下げると、再びミーアと村長の方を向き直った。
 ミーアは同じ姿勢のまま村長を見つめている。その視線の先で、再び口が動いた。
「プリーヤが失踪してすぐ、こちらでも盗賊たちに連絡を取ってみた。だが彼らは、プリーヤのことについては何も知らないと言ってきた。」
「その言葉は信じられるものなの?」
 落ち着いて語られるその言葉にミーアが鋭く切り返す。
 しかし村長は眉一つ動かすことなく更に次の言葉を返した。
「疑ったとして我々に何ができる?…向こうも、調べておくとまでは言ってくれたよ。こちらでも自警団に命じて近場の捜索は行ったがな。」
 彼女の遺体が発見されたのは森の中でもかなりの奥まった場所だった。見つけられなかったからといって彼らを責めることはできないだろう。
「…他には?」
「あの時にはそれぐらいしかしていないな。お前たちが来てからはその様子を見させてもらったが、ソロボがついていたようだったから任せておいた。」
「…。」
 村長の言葉に対してはソロボは何も言わなかった。ただ先ほどまでと同じく静かに皆を見つめているだけだ。
 ミーアは足を組み直すと話を進めた。
「で、一昨日の朝にこちらには例の地図が届いたわ。その辺りに関しては?」
 村長は一度目を閉じてしばし考え込んだが、またすぐに説明を始めた。その言葉に淀みはない。
「葬儀の知らせが届くまでこちらはプリーヤの死については知らなかった。分かった時点で報告と追求のために再び連絡をとったが、どうも向こうでも何かあったらしい。」
「―何かがあった?」
 ミーアが片眉を上げた。
「詳しい話は聞けなかったが、内部でトラブルがあったようだ。ただ、プリーヤの死については何も知らなかったと言っていたよ。」
「…そう。とりあえず、続けて。」
 腕組みをしながらも、ミーアは静かな口調のまま先を促しただけだった。
「葬儀の場でのこちらの主張は言葉の通りだ。あの後お前たちの行動を報告するためにまた使者を急いで向かわせた。―だが、彼はまだ帰ってきていない。」
「―!」
 その言葉に、沈黙する魔術士を除いた全ての者の目が村長に集中した。
 だが村長はその中でも表情を動かすことなく、話を締めくくった。
「こちらの状況に関しては以上だ。…だから、その文は文字通りの返事だと見ていいのだろうな。」
 最後の言葉を吐いてそのまま口をつぐんだ。
 影が静止する。
 次の瞬間、おもむろにミーアが動いた。手を伸ばして置かれたままの紙を掴む。
「それでどうするつもり?この言葉がそのままの意味なら、少なくとも取引は消えるわね。…いいえ、それだけで済まない可能性の方が高いでしょう。」
 くしゃりと音を立てて紙が潰れた。
 握られた紙が揺れる。言い放った言葉には、憎しみにも似た響きがあった。
 静寂の外からかすかな鳥の声が届く。
 しばしの沈黙の後、村長は相変わらずの冷静な口調のままで答えた。
「…我々は自分の身を守るぐらいしかできんよ。」
「な―!」
 返答を耳にした瞬間、ミーアは机に手をつき立ち上がった。だが村長はそちらに視線を向けようとはしなかった。
「取引が消えた以上、私たちは盗賊相手に自衛をするだけだ。お前たちは好きにすればいい。」
 その目を宙に向けたままの言葉は、無機質なまでに静かな響きをもっていた。
 一瞬、息を飲む音が聞こえた。
「っ、都合のいい―!」
 だが噛みしめられたミーアの唇からその先の言葉は出てこなかった。
 ナシィも半ば青ざめた顔ながらも驚きと怒りを見せて村長を睨みつけた。
 しかし、村長の顔には村を案じて悩むという姿勢以外何の感情も表れていなかった。それだと一目で分かるような、浮かべられた表情。
 風に飛んだ紙が床に落ちる。
 突然、ミーアが拳を握りしめた。同時にそれまで沈黙を保っていた魔術士が立ち上がり杖を構える。またナシィもミーアを止めるべく立ち上がった。複数の荒々しい物音が重なる。
 ミーアの手が引かれ杖がかざされる。
 だが、一瞬で構えたきり、その手はそれ以上動かなかった。
 凍りついた場が静寂に包まれる。
 次の瞬間、激しい音と共にその拳は再び机に叩きつけられた。
「―分かったわ!それならそれで構わない、自分たちの身は自分で守ってもらうから!」
 吐き捨てる。目を背けうつむいたその表情は髪と影に隠され、誰の目にも見えることはなかった。
 握りしめていた手が落ちて緩む。それを確認した魔術士が杖を下ろした。村長は眉一つ動かしていない。
 それほど間を挟むことなくミーアは顔を上げた。下げられた手にもう力はない。
 感情を押し殺したまま、ただ静かに村長に向けて言葉を放った。
「…あたしたちはこれから、盗賊のアジトに向かいます。自警団員のレヴィシオンをここに呼んできて下さい。」
 冷たい瞳。
 村長は何も変わらず、振り返りもせずに命じた。
「分かった。―パウヌ。」
「はい。」
 背後に立っていた魔術士は一言返事をすると、脇の木戸から出ていった。
 それを見てミーアが腰を下ろす。ナシィも合わせて座った。
 場の空気からようやく張り詰めた緊張が消える。しかし口を開く者はない。
 静寂の中でミーアの横顔が見える。瞳を閉ざし静かに座るその顔は眠っているようにさえ見えたが、そこに安らぎはなかった。
 ふとランプの光が影を作っていないことに気がつく。
 いつの間にか、空は白んでいた。

 …そのままどれくらいの時間が流れたのだろうか。ただ、魔術士が未だ帰ってきていないのだからさして時間は経っていなかったのだろう。
 ナシィは振り返った。
 後ろの席にはセインが座っていた。小さな身を自ら抱え込むようにして腰を下ろしている。
 ここに連れられてきて以来彼女は一言も口をきいていない。うつむくその顔の表情も見えない。身にまとう白い服だけが、暗がりの中で淡く光っているようにも見えた。
 その姿はひどく小さかった。
 ナシィは声をかけようとしたが、言葉は喉で止まった。
 彼女の肩が、小さく震えていた。―泣いているのだ。
 何に向けて、誰に向けての涙かは考えるまでもなかった。
 あまりにも突然かつ急激な事態の展開に置き去りにされていた感情が戻ってくる。これから自分たちはどうするべきか、盗賊の意図は何なのか…それ以前に、まず抱くべきだった思い。
 殺された死者に悲しみを。
 セインの涙は、その現れだった。
 隣で動く気配があった。視線を移す。
 ミーアが立ち上がり、セインの下に一歩踏み出そうとしていた。その顔にあったのは小さな驚きと深い同情の念だ。
 隣に腰掛けてその背に手を添える。
「…セイン。」
 名を呼ばれ、肩が震えを止めた。
 細い手が目元を拭う。間を置くことなく、自ら顔を上げてセインは答えた。
「―何故、イディルスさんが殺されたのですか?」
 見せた目に既に涙はなかった。ただ、生来の瞳にだけではなく目そのものに赤さがあった。
 その問いかけにミーアが答えようとする。
「…分からない。彼の昨夜の行動は見ていなかったから、何が起こったのかは分からないわ。」
 だが、彼女自身もまた答えを知らなかった。
 セインは首を振った。
「どうして、彼が…。」
 震える声。唇を噛む。青ざめ、白く見える顔の中でその口元だけが血の色を残していた。
 ナシィは自分の手を音もなく握りしめた。
 イディルスの死はあまりにも解せなかった。宿の自室で眠っていたはずの彼が、いつ殺されたのか。どこで殺されたのか。誰に。
 思い返す。彼を最後に見たのは昨日の昼間、葬儀の後に言い争いになった時だった。行き違い、決裂し、実力行使となった。
 ―そして全くの突然の死。あの場でのミーアの行動は決して間違ったものではない。ただ、それを別れとするにはあまりに残酷すぎた。
 握りしめた手に痛みを感じた。
 もう一度思い返す。昨日、倒れた彼を部屋に運び込んだ後で何があったのか。あの日の午後に。それから…。
 辺りは変わらぬ沈黙に包まれている。
 ナシィは顔を上げると、黙り込んだ二人に向けて言った。
「…昨夜のうちに宿で騒ぎがあった様子はなかったです。だから、もしかしたらですが宵のうちに薬が切れて目を覚まし、宿を出たのかもしれません。」
 セインが目を向ける。その顔は表情に乏しかった。
「どこに―。」
 答えは自然と出てきた。
「―盗賊のアジトでしょう、恐らくは。」
 イディルスは単独ででもアジトへ向かおうとしていた。例え夜だったとしても、目を覚まして自分が宿に一人でいることに気づいたなら―それを実行に移してもおかしくはない。
 ミーアがうなづいて更に言葉を重ねた。
「ええ。殺した後の死体の処理もあるでしょうし…何より、あの切れ端が証拠でしょうね。」
 淡々とした呟き。
 どうあがいても起こってしまった事実は変わることがない。嘆き叫んでも決してイディルスが戻ってくることはない。そこには、諦めにも似た響きがあった。
 言葉が途切れ静寂が降りてくる。
 セインは二人を悲しみに満ちた瞳で見つめた。
「そうかもしれません。」
 そして、もう一度首を振った。
「…でも、何故。」
 ぽつりと洩らされたその言葉には、誰も答えることができなかった。


 再び扉が開かれた。
 その音に全員の目が向かう。
 扉の向こうから現れたのは、命を受けた魔術士と連れてこられたレヴィシオンだった。
 魔術士は何も言わずにそのまま村長の元に戻る。一方のレヴィシオンは戸惑いながら室内を見回していたが、結局彼もまた村長に歩み寄った。
「村長様、いったい…。」
 レヴィシオンの問いに対し、村長は一度ミーアに目を向けてから短く告げた。
「用があるのは私ではない。彼らだ。」
「は、はい。」
 レヴィシオンは一つうなづくと、どこかぎこちない歩きでミーアの前まで移動した。
 ミーアもまたセインからその手を離して顔を上げる。
 小さな足音が止まった。
「あの、オレはどうすれば…。」
 状況と場の雰囲気に呑まれたのか、おずおずとした問いかけだった。
 わずかに間を挟んでミーアが答える。
「先に一つ聞かせて。…あなたは、イディルスを昨日盗賊のアジトへと案内した?」
 落ち着いた口調だった。
 言い終えたミーアがその目を見つめる。その瞬間、レヴィシオンは激しく首を横に振った。顔にはかすかな怯えさえ混じっている。
「いいえ!あ…あんなことになってたなんて、その、オレは何も知りませんでした。」
 その言葉の確かさは今の表情と仕草が何よりも雄弁に物語っていた。
「…そう。」
 小さな声でそう呟くと、次の瞬間ミーアは無言で立ち上がった。
 一瞬だけうつむいた顔が真っ直ぐに上がる。
 影が抜け落ちる。
 戸惑うレヴィシオンを見つめ、毅然として告げた。
「予定通り、今から盗賊のアジトに向かうわ。準備はいい?」
 光に照らされた鋭い瞳。凛とした声が響く。そこには既に弱さはなかった。
 レヴィシオンは大きくうなづいた。
「―は、はい!」
 その顔に緊張の色が浮かぶ。
 返事を聞いたミーアはそのまま振り返った。側に座るセインとナシィに向け、同じく強い口調で告げる。
「出発するわよ。行けるわね。」
 その言葉に二人が立ち上がったのはほぼ同時だった。
「はい。」
 それぞれの返事も重なった。共に強い決意に満ちた言葉。
 ナシィは厳しい顔でミーアを見つめていた。そして、セインもまた揺るぎない瞳を向けていた。
 杖を握るその手は未だ強張りを残していたが、震えることはない。立つその姿に怖れはなかった。
 ミーアがうなづきを返す。しかしその唇にいつものような満足げな笑みが浮かぶことはなく、固く引き結ばれていた。
 天窓からの日差しがその姿に光を当てる。
 夜は明けた。真夏の太陽がその姿を現し、何よりも強い輝きを大地へと放つ。闇が消え失せる。
 石の聖像がかすかに光を弾いた灰色の瞳で人々を見つめていた。
 ミーアがその手を強く握る。
 踵を返し、座る村長とソロボ、そして礼拝堂全体に向けるかのように宣言した。

「今から盗賊のアジトを強襲するわ。―一人として、逃しはしない!」


第三章 Disorganization.〈中〉



 森を抜ける風が吹き、さわさわと梢が音を立てた。
 降り注ぐ日差しをより強く受けるべく互いに競い合って葉を広げる木々たち。隙間から洩れる光も時折形を変える。
 重なり合う影の中で、そびえ立つ幹に身を隠す。
 膝をついた時、布越しに触れた湿り気を帯びた土はかすかに冷たかった。
「―あの家か。」
 正面を見つめミーアが呟く。
 森を抜けてきた四人の前には、ひっそりと立つ一軒の小屋があった。

 ナシィら三人はレヴィシオンに道案内を頼み、すぐさま盗賊のアジトに向かうことを決めた。
 同時に村に残る者に伝える。自分たちの身は自力で守ってほしいと。
 その言葉を受け、村長と魔術士、更にはソロボが動いた。自警団に村の周囲を警備するよう命じ、また村人には家で大人しくしているよう告げる。混乱した村人がどれほど従ってくれるかは分からないが、安全のためには強引にでも従わせるしかない。
 彼らの行動の結果を見届ける前に四人は村を出ていた。盗賊の意思が示された以上、一刻の猶予もない。
 深い森を分け入ること一(いっ)時(とき)。
 レヴィシオンが足を止めたその先に、盗賊たちが潜む小屋が建っていた。

「はい。」
 半ば独り言に近かったミーアの言葉に、レヴィシオンが律儀に答える。
 ミーアは視線だけをレヴィシオンに向けた。
 彼は装備も整え、腰に下がるまだ新品に近いような剣を強く握りしめていた。その体はひどく強張っている。
 鋭い目を向けていたミーアの口元に一瞬、小さな、まるで子を見守る母のような微笑が浮かんだ。
「…ありがとう。それじゃ、あなたは村に戻りなさい。」
 突然かけられた言葉に、レヴィシオンが目を瞬かせた。
「ですが、」
 戸惑いと不服を見せた彼に対し、ミーアはあくまで冷静に告げる。
「あたしたちは心配いらないわ。だけど、村の方の人手は不足している。」
「…。」
 反論はない。ミーアは更に言葉を重ねた。
「自分たちの村を守りたいんでしょ?だったら、すぐに戻って。既に盗賊の一部が村に向かった可能性だってある。―あなたが戦うべき場所はそこよ。」
 はっきりと、真っ直ぐその目を見つめて。
 そしてその言葉に偽りはない。
 一呼吸の間を置いて、レヴィシオンは深くうなづいた。
「分かりました。どうか皆さんも、お気をつけて。」
 真剣な彼の言葉に三人もうなづきを返す。
 レヴィシオンは納得した顔を見せると、そっとその場を離れた。
 草擦れの音が遠ざかりやがて速い足音へと変わる。
 去っていくその姿を見送ってから、ミーアは再び小屋へと視線を向けた。
 その背中に声がかかる。
「ミーアさん、どうもありがとうございました。」
 小声で礼を述べたのはセインだった。
 振り返ることなくミーアは答える。
「あの様子じゃ戦いの経験もロクになさそうだしね。足手まといを加えるわけにはいかないでしょ。」
 そっけない言葉だったが、それだけじゃないのは言わなくても分かった。
 レヴィシオンにはこれからのウニート村を守ってもらわなくてはならない。万が一にもここで命を落とさせるわけにはいかなかった。そう、この戦いが終わりではないのだから。
 先を見据える目。間を挟んで、再びミーアが口を開いた。
「それに―。」
 だがその先を言うことはなく、ただ視線だけをナシィに向けた。
 意図することに気づいたナシィもまた、言葉にすることはなくただ黙礼で答える。そしてこぼれた黒髪を背にかき上げた。
 改めてミーアは小屋を見つめる。
「大きさはそれほどじゃないけど…ひどく静かね。」
 その呟きに、ナシィも同意してうなづいた。
 ひっそりと建つ小屋。建物としての大きさは宿木亭より一回り小さい程度だろう。安全性を疑いもしないのか見張りの姿は見当たらず、また少なくともここから見る限りでは魔法的な仕掛けの存在も感じられなかった。
 ただ、少し離れたこの場所には物音一つ聞こえなかった。
 幾つかある小さな窓は暗くその中を見ることはできない。まるで灯りを燈していないかのようだった。話し声などが聞こえてくる様子もない。
 村への襲撃の準備をしているには、あまりにも静かすぎた。
「既に出ていった後なのでしょうか。」
「それはないと思いたいけど。」
 ナシィの疑問には辺りを見回してミーアが答える。
 ここから見えるのは正面玄関らしい入り口だけだ。裏口の存在は不明だが、踏み固められた地面に広がる足跡がいつのものかは判別できそうになかった。
「まあ、いずれにせよあたしたちのやることは決まってるわね。―セイン。」
「はい。」
 冷静な声の呼びかけにセインが返事をした。
「あの建物を塀で囲むことはできる?高さは、乗り越えられない程度で十分だから。」
 盗賊を一人として逃すつもりはない。窓や裏口を含めて完全に押さえる必要がある。
 セインは建物をじっと見つめしばしの黙考の後に答えた。
「可能です。ただ、妨害が入るでしょうし私もそれだけに専念するわけにはいきませんから…半時もつかどうかですね。」
「半時か。…何とかするしかないわね。」
 小さくうなづくと、手早く思考をまとめてミーアは顔を上げた。
「セイン、まずとにかく派手な音を立ててあの扉を叩き壊して。それから周囲を囲んで。ナシィはあたしと入り口から出てくるヤツラを順に叩く。で、セインはあの小屋の様子を見て主に上からの攻撃に対処して。」
 手際よく指示を下す。
 作戦としては分かりやすい。とにかく盗賊を引きつけ、短期決戦で一気に片づけるだけだ。障壁を作るセインを守りつつ同時にその戦力も活用する。
「分かりました。」
「はい。」
 二つの返事を確認したところで、ミーアは手刀を抜いて立ち上がった。
 ナシィも片手剣を抜いて身構える。セインも長杖を握りしめた。
 腰を落とし体勢を整える。
「じゃあいくわよ。セイン、よろしく。」
 背中越しにミーアが告げる。
 木々の陰を離れ立ち上がった今、目の前を遮るものは何も無い。
 杖を正面にかざしてセインは息を吸った。
「―光よ集いて砕け(イ・アセ・リト・ト・レス・ツヘ)!」
 声と共に放たれた光球は、轟音を上げて扉を叩き壊した。

「さあ、盗賊ども出てらっしゃい!」
 高らかに声を上げ、ミーアは茂みから飛び出した。
 騒ぎとともに、武器を手にした盗賊たちが入り口から姿を見せ始める。その中にはつい先日見覚えのある姿もあった。
 だが彼らが散らばるよりも先に、ミーアとナシィが扉の前に駆け寄る。
 入り口よりほんの数歩の所で二人は盗賊らと相対した。
 そしてその後ろに追いついたセインは、彼らに背を向けると握りしめた杖を大地に深く突き刺した。
「大いなる光の壁よこの杖を支えとして広がれ(イ・アセ・リト・ト・コヴェル・フィル・ヘレ・ビ)!」
 次の瞬間、眩い壁が一瞬にして小屋の周りを覆った。
「なっ!」
 何人かの盗賊が驚きの声を上げる。
「全員逃がしはしないわ。さあ、かかってきなさい!」
 もう一度叫ぶと、ミーアは踏み込んでその手にした刃を大きく振った。
 目の前に立っていた盗賊はとっさに手の長剣でそれを受けた。だがワンテンポ遅らせた左手の刃が、逆向きにその腹部を薙ぎ払った。
 鎧も身に着けていない腹を切り裂かれて盗賊が血を吐く。
 右手の刃を強引に押しやり、そのままミーアは男を倒した。
 だが隣から別の男の剣がミーアを狙う。
 一瞬後、その伸びた手に深い傷が走った。
「うわぁっ!」
 右から男の悲鳴が上がる。剣が転がり落ちるのはほぼ同時だ。
 低い姿勢で黒剣を振ったのはナシィだった。
 返り血が顔に飛ぶのにも構うことなく、再度刃を引いて腹を突く。
 その頭上から振り下ろされた新たな剣はミーアの手刀が弾いていた。
「手加減してる余裕はないわ、情けは無用よ!」
「は、はい!」
 真っ直ぐに抜こうとしていた刃を半ば薙ぎ払うように引いてナシィは立ち上がった。
 また一人男が倒れる。
 血に濡れた刃を振ってミーアは更に一歩踏み出した。
 狭い入り口に二人の男が並ぶ。その向こうで、何人かの盗賊が去っていくのが見えた。
「―ナシィ、あんたは裏に回って!多分裏口があるから、そこから中に入りなさい!」
「はい!」
 突き出された短剣を弾きながらナシィは答えた。
 その場を飛びのき、玄関を出て駆け出す。
 正面斜め左の窓から新たな男が身を乗り出すのが見えた。その手にあるのは矢を番えた弓だ。
「飛べ(レス・ヘ)っ!」
 次の瞬間、構える左手に光球が激突した。弓が折れ矢が明後日の方向に飛んでいく横をナシィが駆け抜けていく。
 玄関先で両手を突き出したセインは、再び呪文を詠唱し手の内に光を集めた。

 ミーアの言葉通り、裏側にはもう一つの扉があってまさにそこから盗賊らが出てこようとしていた。
 その数は三人、うち一人は青緑の髪に短杖を手にしている。
 向こうが気づくと同時にナシィは剣を構え突っ込んだ。
 勢いに任せ、そのまま目の前の大柄な男の体を貫く。
 だが引く手をその男に掴まれて一瞬動きが封じられた。
 力任せに振りほどいたが、このわずかの間にもう一人の男の刃が背後からナシィの右肩を深くえぐっていた。
「この野郎がっ!」
「―っ!」
 唇を噛みしめ苦痛の声をこらえる。
 ナシィは鎖骨を折って肺まで達した刃を逆に手で押さえ、そのまま大きく右手を振った。
 驚愕の顔を見せた男の喉を切り裂く。
 掴んだ左手で剣を押し出すように抜くと、痩せた男は血を吹き上げながら後ろへと倒れていった。
「だ、大地よ彼の者をその内に捕らえよ(イ・ホペ・ラン・ト・トゥウィンラド・ヘ)!」
 同時にヒステリックな叫びが響いた。
 呪文を聞けば魔法の形は分かる。ナシィは後方へ一歩飛びのいた。
 その足元の地面が波打ち伸び上がる。
 両手で握った剣で土の塊を力任せに薙ぐと、ナシィは次の一歩でその大地を蹴って杖を持つ男へ体当たりをかけた。
 勢いに負け男が倒れる。
 手から落ちた杖を遠くに弾き、ナシィはそのままのしかかって男の右胸に剣を突き刺した。
 苦痛の悲鳴が血混じりに上がる。
 それには構わずに男の顎を殴り上げ、立ち上がった。
「―うっ!」
 その背を長剣が貫いた。口から赤い血がこぼれる。
「くたばりやがれっ!」
 大柄な男はその長剣を抜くと再度振りかざした。
 だがナシィは倒れることなく振り返り、男に向けて自分の片手剣を突き出した。
 鮮血が飛ぶ。
 一瞬の後、ナシィは再び右肩を裂かれ、男の胸には刃が突き刺さっていた。
 男が血を吐く。
「な…。」
 ナシィは右手の剣を引き抜くと共に左手で長剣を無理やり外した。
 ゆっくりと男が前に倒れる。
 自らの胸から噴き出した血で赤く染まった地面にぶつかり、その体は小さく跳ねた。
 手から離れた剣が転がる。
 咳き込むような声とともに、泡混じりの血が口の端から流れ落ちた。
 ナシィは一歩下がった。
 その時、横たわるその首がかすかに動いた。指先が空しく土を掻く。
 限界にまで見開かれた目が、血の中からナシィを見つめた。
「……化物…め。」
 かすれた声。
 男はそのまま動かなくなった。
 ―静寂。
 遅れて物音だけが帰ってくる。ここに、もう生者の姿はない。
 ナシィは息を吐いた。
 左手で口元に付いた血を拭う。手袋が半ば黒く染まった。
 既に肩の傷は癒えつつある。
 右肩に垂れ下がるコートの切れ端を邪魔にならぬようねじ込むとナシィは正面を見た。
 他に盗賊の姿はなく、建物の内部に繋がる道がある。
 遠くから幾つかの叫び声が聞こえてきた。
 ナシィは再び剣を握りしめると、無言のままその先へと駆け出した。


「―くそっ、何考えてるんだあの野郎はっ!」
 男は叫ぶと、たった今防具を着けた足で壁を蹴った。
 窓の向こうからは時折叫び声が聞こえる。それに交じるのは剣戟の音と誰かが倒れるような重い音。まれに、鋭い光が目を灼く。
 何度目かも分からないがもう一度舌打ちした。
 さっきから聞こえるのは聞き覚えのある声ばかりだ。侵入者の数は多くないと聞いたが、それにしてはひどく手こずっている。あるいはまた何人か殺されたかもしれない。
 手甲のベルトを引く途中で男の右手が止まった。
 そもそもどうしてこのアジトを襲ってくる奴がいるのか。内通者か、あるいは…裏切られたか。
 左手を握りしめる。
「全部あいつのせいだ!」
 手甲をきしませて男は悪態をついた。
「だいたいあの野郎が手を出したりしなけりゃ、こんなことにはならなかったんだ!」
 繰り返し、止まることなく。その目に宿るのは憎しみと怒り。
「畜生、こちらが手を出さなかったからっていい気になりやがって…付け上がるんじゃねえ!」
 立てかけていた大振りの曲刀を掴んでそのまま振り回す。
 窓にはまる硝子がその枠ごと砕け散った。
「…皆殺しだ。奴らも村の連中も、あいつも…。」
 澄んだ音を立てて破片が落ちていく。
 残骸を睨みつけたその時、男は扉の向こうから聞こえてくる足音に気づいた。

 細く急な階段を駆け上がって、ナシィは二階へとたどり着いた。
 周囲を見回す。ほとんどの扉は開け放たれていた。盗賊たちの寝室だろうか私物が転がっているのが見える。
 だが、通路の奥に一つだけきっちりと閉ざされた扉があった。これだけ違う木が使われているのか他のものより色合いが深い。
 立ち止まった瞬間、その向こうから破砕音が響いた。
 右手の剣を構える。
 一呼吸置いてナシィは扉へと走った。

 扉が開かれた時、そこにいたのは一人の男だった。

「―冒険者だな?ここに来やがった。」
 曲刀を提げた男は、現れた黒服の男を見てそう言った。
 ひどく線が細い。おまけに女みたいに髪を伸ばしている。まあ血まみれで剣を持っているし髪も黒いから剣士の類なのだろう。男はそう思い手にした曲刀を上げた。
「ええ。…あなたがここの盗賊の頭ですね?」
 左手で戸を押し開けたナシィは、正面に立つ盗賊にそう答えた。
 手に提げるのは大振りの曲刀。既に鎧を身に着けているようだ。厚い筋肉を備えた体には幾筋もの古傷が刻み込まれている。
 ナシィは扉から手を離した。
「ああ。で、ここに来たのはどういうわけだ?答えによっちゃ、殺さずにおいてやってもいい。」
 誘うように男は剣を軽く振った。
 刃先が窓からの光を受けて一瞬鈍く輝く。
「―魔剣をどこで手に入れました?」
 だがナシィは身構えたまま、その姿から目線を外そうとはしなかった。
 男の目が一瞬鋭くなる。
「魔剣だ?…どうやらただの冒険者じゃねえな。そう言えば見覚えがあったぜそのツラは。」
 神殿に魔剣を取りに行った時出てきた相手に、何故か神官だけじゃなく冒険者も交じっていた。一人は猫(ハーフキャット)の女、もう一人がちょうどこんな感じの黒服だった。何故自分たちを追ってくるのかは知らないが、ここまで追ってきたのもそのせいだろう。
 思い出した男は揺らしていた剣を止めた。
「うちのモンもかなり殺られたし、それに色々面倒そうだな…やっぱ全員殺しておくか。」
「質問に答える気はないんですか。」
「冥土の土産まで世話してやる義理もないだろ。」
 男が身構える。だが、ナシィはまだ動こうとはしなかった。
「―どうした?今更おじけついたか?」
「もう一つ聞きます。プリーヤさんを殺したのは、あなたたちなんですね?」
 口調はひどく静かだ。しかしその瞳には深い怒りが宿っていた。
 一瞬よぎったのはあの森の光景。濃い緑とその中に現れた赤茶けた色。影になった黒い眼窩が、刻みつけられたかのように記憶から離れない。
「プリーヤ?―ああ、あの娘か!」
 男は少し考え込んだ後、そう吐き捨てた。
 ナシィが剣を握りしめる。
「…やはりそうでしたか。」
 だが深い怒りを抱えたナシィは、その男の言葉にもまた別の怒りがこもっていたことには気づかなかった。
 森の風が窓から吹き込んで髪を揺らす。
 男は軽く首を振った。
「まあいい。とにかく、まずお前を殺さねえとな。」
「…。」
 挑発にも答えない。
 男は軽く舌打ちすると、再度剣をかざした。
「じゃあ、行くか。―くたばりなっ!」
 男が動くと同時に、ナシィもまた剣を振った。

「―!」
 だが、飛んできたのは刃ではなく男の手甲だった。
 とっさのことに一瞬戸惑い、注意が逸れる。
 弾き飛ばして気づいた時には既に男の刀が横薙ぎに振られていた。
 的確に首を狙った刃を左手で受ける。
 重い刃は枯れ木のように骨を砕いたが、その合間にナシィの体は一歩踏み出していた。
 そのまま懐に入って片手剣で鎧の隙間を狙う。
 しかし、男は身を捻って鎧でその黒い刃を受けた。
 そのまま男は一歩飛びのく。ナシィもまた左手を背後に隠すようにして後ずさった。
 男は油断のない目でナシィを見つめている。
 ナシィは痛みが消えたところで左手を自然な位置に戻した。
「…神官でもやってんのか?」
 服の切れ間から肌が覗くが、そこにはもう傷跡はない。黒ずんだ汚れだけが残っていた。
「そう簡単にはやられません。」
 左手を二度握って、異常がないことをことさらはっきりと男に示す。
 男の顔からそれまであった余裕の表情が消えた。
「だったら、その首を落としてやるよ。」
 言うが早いか男は一気に距離を詰めた。だが言葉とは裏腹にその刃が狙うのは胸部だ。真っ直ぐに突き出された幅広の刃は身を捻る程度ではかわしきれない。
 男の唇にかすかな笑みが浮かんだ。
 しかしナシィは正面からその刃を受け止めるべく姿勢を変えなかった。
 肉を切らせて骨を断つと言う。ならば骨まで切らせれば相手の命も断てるだろう。
 瞬間、激痛が身を貫く。
 刀を完全に突き刺して、そのまま男はナシィの体に衝突した。
 勢いに負けてナシィの体がぐらつく。
 だがナシィは高く掲げた剣を両手で握り、男の背中に突き立てようとした。
「―ぐっ!」
 渾身の力を込めて振り下ろした刃は、男が身を捻ったために脇腹を裂いたにすぎなかった。
 粘ついた音と共に曲刀が引き抜かれる。曲がった刃は抜き去る時もなお肉体を切り裂いた。
 赤い液体が音を立てて絨毯に落ちる。
「がはっ、がっ!」
 男が咳き込むようにして血を吐いた。
 脇腹の傷はそれなりに深かった。当てられた左手が徐々に赤く染まっていく。
 血交じりの唾を床に吐き捨て、男は向き直った。苦痛に歪む顔の中で追いつめられた獣のような目がナシィを睨みつける。
「てめぇ…何者だっ!」
 その声にナシィも顔を上げた。
 傷はすぐに癒え始めた。だが痛みが瞬時に消え去るわけではない。裂かれて焼けつくような痛みをこらえるためナシィの手は胸元を強く掴んでいた。
 その手の下で流れる血が赤から黒へと色を変えていく。
「……っ。」
 答えることはできなかった。
 何故なら、その答えを自分ですら知らないのだから。
 男の顔色に始めて恐怖めいたものが浮かぶ。
「―畜生、魔物かっ?何で俺たちを狙う!」
 そう言いながらも男は再び曲刀を構えようとした。
 その時。

「じゃあ、これを使えばいいよ。」

 聞こえてきたのは、ひどく場違いな明るい声だった。
 同時に、割れた窓から何かが男に向けて投げられる。反射的に振り返っていた男はその投げられたものを受け止めた。
 陽光に一瞬きらめいたのは銀色の輝き。
 そして、ナシィは覚えのある悪寒を全身で感じた。
「―その剣はっ!」
 その言葉を遮るように、曲刀が床に投げ出される重い音が響いた。
 そして振り返る。
「お望み通りの品だ。今度こそ殺してやるよ!」
 男はそれを構えてナシィに切っ先を向けた。
 間違いなかった。手がかりとして追い求めてきたもの。同調するように肌にまといつく感覚。人を蝕む忌まわしき力。
 ―男が手にしていたのは、闇の魔力をまとわせた魔剣だった。
 男の唇に再び歪んだ笑みが浮かぶ。同時に、ナシィは見て分かるほどはっきりと青ざめた。
「駄目だ、その剣に触れてはいけないっ!」
「今更命乞いしたって遅えよ!くたばりやがれっ!」
 ナシィが青ざめたのを恐怖ととったのか、男は残忍に笑いながらナシィに襲いかかった。
 曲刀の半分程度の大きさだがその分速く振られた刃がナシィの首を狙う。
 その一瞬、魔剣から放たれる力が男の狂気に引かれて立ち昇ったようにナシィには見えた。
 漆黒の陽炎。
 幻影が消えた時、刃は既にナシィの喉を切り裂いていた。
「がっ―!」
 苦痛に出た声は途中から音を失っていた。かすれた息と共に鮮血が舞う。
 血と黒い粘液にまみれた手でナシィは自分の喉を押さえた。
 剣を振り抜いた男の顔が狂ったような笑いを見せる。
「―を離せっ!」
 戻りつつある喉でナシィは叫んだ。
 だがそれも遅かった。
 次の瞬間、男の瞳が裏返った。

 剣を振り抜いた姿勢のまま男の動きが止まる。
 変化は短い時間だった。止める間もないほどに。
 笑みを浮かべた唇が裂けて黄ばんだ乱杭歯が露わになる。日に焼けた肌が赤銅色と化して表面の厚みを増す。大柄だった体は一回りも小さく、細くなった。額の皮膚を突き破って短い二本の角が生える。
 再度裏返ったのは赤色の瞳。
 血走った目をナシィに向けたのは、ゴブリン―人ではなく一匹の魔物だった。

「ギギィッ!」
 魔物は一声唸ると目の前にいたナシィに跳びかかった。
 その目に知性の輝きはない。
 喉に当てた左手を離したナシィは、慌てることなく手にした剣を構えた。冷静な瞳を向ける。
 振り上げられた魔剣が血の色に光る。魔物は、自分が手にしているものが刃をもつ武器だということは理解しているようだった。だが体に合わない重い鎧をまとったその動きは鈍い。
 男とは比べるまでもないほどに劣っていた。
 刃が大きく振り下ろされる。半歩動いて切っ先をかわす。
 がら空きの喉元に、ナシィは手にする剣を突き立てた。
「―ギャ?」
 手ごたえは軽かった。
 魔物はその瞳を大きく見開き、それから自分を貫いた刃を見つめた。
 次の瞬間、感じた痛みに絶叫を上げた。
 ナシィは無言で剣を抜く。
 叫びは徐々に小さくなり、倒れるとほぼ同時に止まった。
 血に染まった絨毯の上には魔物の骸が転がっただけだった。
 ナシィは自分の剣を一振りして黒ずんだ血を払うと、手に提げたまま魔物の死体に歩み寄った。
 力なく広げられたその手からは魔剣が転がり落ちている。
 無造作に拾い上げる。
 左手できつく、きつく握りしめる。
 そして割れた窓を見た。
 そこには小さな黒い影が立っていた。


「…光よこの者の傷を癒したまえ(イ・アセ・リト・ト・カレ・ヘ)。」
 セインがかざした杖の先から淡く優しい光が生まれた。
 光は未だ血を流すミーアの傷を覆う。そのまま吸い込まれるように薄れていき、同時に傷もまた目で見えるほどの速さで塞がった。
「―サンキュ、助かったわ。」
 傷が完全に塞がったのを見てミーアがセインに礼を言う。
「完全に元通りというわけではないですから、注意して下さいね。」
 セインはそう答えて、息を吐いた。その顔に表れた疲労の色は濃い。
 盗賊のアジトの入り口前。ミーアとセインは、襲いかかってきた盗賊らをようやく一通り倒したところだった。
 辺りには既に死亡した者や、幸運にも深手を負っただけでまだ息のある者がいずれも地面に横たわっている。
 そして玄関先の石の上に腰掛けて一息ついているのがミーアとセインだった。
 無論彼女たちも無傷ではない。ミーアの鎧の隙間には幾筋もの傷が走り血を滲ませている。セインもまた小さな傷を二つほど負っていたが、こちらは魔法の行使による疲労の方が強かった。
 セインは杖を下ろして深呼吸をした。
 ミーアも脇に置いた刃を見つめた。二つの手刀は赤い血にまみれひどく汚れている。傷も負ったはずだから研ぎ直さなくてはならないだろう。
 そのまま首を回して周囲に視線をやる。
 死屍累々。倒れた盗賊はかなりの数だった。
 右手で額を拭う。粘つくのは乾きかけた返り血だ。
「しかし…さすがに手こずらされたわね。」
「そうですね。」
 呟きにセインがうなづいたが、当のミーアはそう口にしながらもまだ釈然としない様子だった。
 セインが顔を向ける。
「…どうかしましたか?」
「あ、うん。ちょっとね。」
 ミーアは少し考え込んでいた。
 もう一度確認するように周囲を見回してからまた口を開く。
「こないだ、神殿に盗賊がやってきた時のことは覚えてる?」
「…ええ。」
 視線を落としてのセインの答えにはかすかな影があったが、理由の見当がついたミーアは一旦それを無視することにした。
「ここにいるのはあの時のヤツラの残党のはずだけど、それにしちゃおかしいわ。」
 そう言われ、セインも顔を上げて周囲を見回した。
 今までは半ば必死で戦っていたから気が回らなかったが、こうやって改めて見るとこの戦いの激しさと流れた多くの血を感じた。
 横たわる盗賊たち。確かにそれはあの時見た光景に少しだけ似ていた。
「―残党にしては、人数が多いですね。」
 だからこそ、ミーアの言葉の意味を理解することもできた。
「そうね。まあ、それだけじゃないんだけど。」
 小さく苦笑しながらミーアが答える。
「あいつらの残党にしちゃ、腕が立つのが多いわ。助っ人でも借りたのかしら。」
「どこからですか?」
 セインの問いかけには返事がなかった。
 振り向いたその顔が次の瞬間驚きに変わる。
 そこにあったのは、ミーアのいつになく険しい表情だった。厳しさとは少し違うもの―あえて言うならば憎悪だろうか、宿す感情の激しさを反映するかのような横顔だった。
 その口が小さく開く。
「…ここにいるのも間違いなく盗賊よ。」
 唇の動きはどこか歪んで見えた。
 森を渡る風が流れ去る。
 ミーアはおもむろに立ち上がると、一度大きく伸びをした。更に軽く手足を動かして状態を確認する。
「うん、もうそろそろ大丈夫かしらね。」
 そう言った声には先ほど現れた闇はなかった。
 セインも立ち上がる。
 体は重かったが眩暈を起こすほどではなかった。全力でとはいかないが多少の手助けならできるだろう。
 杖を地面につき振り返る。その先には盗賊のアジトがそびえたっていた。先に突入したナシィはどうなっているだろうか。
 耳を澄ましたが聞こえたのは森からの鳴き声ばかりだった。
「―そろそろ助けに行ってやらないとね。」
 ぴんと立てた耳から力を抜いて、ミーアが軽い口調で告げる。
 だが手刀を拾い両手に構えるその身のこなしには、戦いに向かおうとするはっきりとした意思が現れていた。
「はい。」
 セインは生真面目な口調で返事をした。杖を握る手に力がこもる。
 ミーアはもう一度だけ周囲を確認してからセインを見つめた。
「あと残ってるのはボスぐらいなものでしょ。もう一息よ。」
 言葉には緊張をほぐすような明るい響きがあった。
 それにはセインも微笑で答える。
「ええ、これでようやく―仇が討てますね。」
 そう言って屋敷を見上げたその瞳には悲しみを越えた強い光があった。
 ミーアもうなづく。
「じゃあ行くわよ、気をつけて!」
「はい!」
 その言葉を合図に、二人はアジトの中へと突入した。


「―ご苦労様。やるねえ、お兄さん。」
 小さな影はそう言って笑った。
 そして一歩踏み出す。
 見えた姿は、ゆるやかにローブをまとったあの男だった。いや少年と言った方が正しいだろう。声変わりもまだと思われる高い響きの声と幼さを残した顔立ち。浮かんだ表情はあどけない笑顔そのものだ。
 ただ、目だけは笑っていなかった。
 ナシィは右手に片手剣を、左手に魔剣を提げたままその少年を見つめた。
「何者ですか?」
 声ですぐに分かった。あの時、魔剣を盗賊に投げた相手だと。
 顔の半分近くを粗く巻いた包帯が覆う。赤黒くぼさぼさの髪の下から覗くのは右目だけだ。その瞳は笑顔に反して鋭くナシィを見つめている。
 この問いかけを耳にして、彼の唇の端が更に吊り上がった。しかしそれでもなお少年の笑顔は無邪気に見えるものだった。
「そうだね、自己紹介をしてなかった。ぼくの名前はマッドだ。泥(マッド)って呼ばれてる。」
「狂気(マッド)―?」
「どちらでも構わないよ、好きに呼んでくれたらいい。」
 マッドと名乗った少年はそう言って左手を上げた。
 裾から覗くのは裸の腕に着けられた奇妙な飾りだ。装飾の施された金属板がその端に結ばれた革紐で腕に縛りつけられている。手のわずかな動きに合わせ、中央の宝石が窓からの陽光を反射し輝いた。
 その仕草にナシィもまた両手の剣を握った。半歩引き身構える。
「―で、それを返して欲しいんだけど。」
 子供のように明るい声でそう言うと、マッドは右手で真っ直ぐに魔剣を指さした。
「返す…ではこれは君のものですか?」
 鋭かったナシィの口調に更なる険しさが加わる。
 それを耳にしてマッドは片目を大きく開いた。
「あ、しまった。また口を滑らせちゃったかな。まあいいや。…正確にはぼく自身の所有物じゃなくて主人(マスター)のものなんだけどね。」
 くすくすと少年は笑う。悔やみも反省もそこには見られない。
 ただ主人と言ったその言葉の響きは、慕う以上の何かをそなえたものだった。
 ナシィの両手に力がこもる。今も、剣を提げた左手から伝わるのは闇の魔力の波動だ。
 魔剣は手がかり。では、この少年の主人とは…まさか。
 無意識に噛みしめていた唇をナシィは動かした。
「主人とは誰ですか。」
「それは秘密。知りたかったらぼくを追いつめてみれば?」
 マッドはあどけない笑顔のままそう言った。
 だが次の瞬間その表情が変わる。
「―やれるもんならね。」
 そして左手を振り上げた。

「風よここに集いてその力を解き放て(イ・ホペ・インダ・ト・レス・メ・フィル)!」
 高らかな叫びと共に、室内に風が吹き荒れた。
 ナシィはその中へためらわずに駆け出し、右手の黒剣で眼前を薙ぎ払った。
 魔法による風が千々にちぎれ飛ぶ。体を押さえようとする風を抜けてナシィは一気にマッドの眼前に躍り出た。そのまま左手の魔剣を振るう。
 だが鋭い金属音が響いた。
 いつの間に用意していたのか、マッドの右手には鍔のない短剣が握られていた。
 力に大差はない。競り合いになる。
 ナシィはすかさず右手も振り下ろした。
 だが、これもまた準備していたのか左手に握られた同種の短剣で受けられていた。
 解き放たれた風が消えていく。
 砕けた硝子の破片とちぎれた服の切れ端が順に床の上に落ちていった。
「どうしたの、そんなんじゃぼくを殺せないよ?」
「―っ!」
 誘うような物言いだったが、ナシィは返す言葉を見つけられず唇を噛んだ。
 拮抗した力に互いに動きが止まる。しかしそれは見た目だけのことであり、合わせられた刃は細かく震えていた。
 その時マッドの足が動いた。
 ナシィの腹を蹴ってその勢いで一歩飛びのく。
 突然のことに対処できなかったナシィは、腹部の衝撃に後ずさって咳き込んだ。
 その間数瞬。だが、マッドは追い討ちをかけることなくナシィを見下ろしていた。
「…そういえばさ。何で君は平気なの?」
「―?」
 ナシィは体を起こした。
 少年の顔には純然たる興味があった。
「その魔剣だよ。ぼくだって長くは持っていられないっていうのに。」
 言葉に動揺を受けていないわけではなかったが、ナシィは厳しい表情を変えないままマッドを睨みつけていた。
 左手には魔剣がしっかりと握られている。
 今の自分の体にこれが作用することはないと分かっていた。考えるだけでも忌まわしいが、もう、これで何度目の経験だろうか。
 黙りこくったナシィに構わずマッドは喋り続ける。
「そういえばさっきアイツも何か言ってたっけ。魔物がどうしたとか。」
 唇の端が吊り上がる。それは内側に邪悪なものを潜めながらも、どこまでもあどけなく見える笑いだった。
「ああ、そうだ。試してみればいいんだ。」
 その瞬間。何かを思いついたらしい少年は、満面の笑顔を見せた。
 ―油断していたわけではなかった。まだ戦いは終わっていない、攻撃に移られても対処できるよう警戒はしていた。
 だがそれよりもマッドの動きは早かった。
 間髪入れずに飛び出し、勢いをつけてナシィに体当たりをかけた。
 低い姿勢からの一撃に再びナシィがよろける。
 その隙に早々と体勢を立て直していたマッドはすかさず足払いをかけた。当然のようにナシィは体勢を崩す。
 一瞬のうちに、ナシィは床に転がされてその上にマッドが馬乗りになっていた。
「なっ―!」
 痛みよりも驚きにナシィが目を丸くする。
「とりあえず、大人しくしてもらうね。」
 マッドはそう言うと、あの笑顔のままで両手の短剣をナシィの腕に振り下ろした。
 両腕が完全に貫かれる。
「―っ!」
 苦痛にナシィは叫びを上げた。
 それでも抜き去ろうと必死に腕を動かしたが、的確に骨の間を貫いた短剣が外れることはなくナシィの両腕は地面に縫いつけられていた。
 腰の上に馬乗りになられているため上手く足を動かすこともできない。完全にナシィの動きは封じられた。
 見えるのは自分を見下ろすマッドの顔と天井ばかりだ。
 その視線が左に動いた。
 左手に触れる感触がある。
「―渡すかっ!」
 手首の先を振り回してせめてもの抵抗を試みたが、それは無駄な足掻きに終わった。
 手首から手全体を押さえられて魔剣が無理やり引き抜かれる。
「…っと、危ない危ない。ちゃんとしまわなくちゃ。」
 マッドは慌てたような仕草で懐から魔剣の鞘を取り出した。その鞘には封印のためだろうか何枚もの護符が乱暴に重ね張りされている。
 それでもきちんと鞘に収めた途端に、魔剣から立ち昇る魔力が薄れたのがナシィには分かった。
 再びマッドの目がナシィを見下ろす。
「魔物…ねぇ。」
 ナシィは精一杯の力でマッドを睨みつけていたが、その瞳に悔しさが混じるのを抑えきれてはいなかった。
 マッドの目に映るのは横たわる非力な人間の姿だ。
 腕からの出血は黒服に吸い込まれて色を露わにしていない。癒えつつある傷も剣が邪魔となって中途半端にしか再生されていなかった。
 マッドが不満げに唇を尖らせる。
「まあ、後で主人に報告でもしとけばいいか。」
 そう言って無造作に頭を掻きむしった。
 と、また突然にその表情が変わった。再び好奇心に満ちたような瞳でナシィの顔を見つめる。
「…ああそうだ、まだ名前聞いてなかったね。ねえ、君の名前は?」
 それはまるで、偶然町中で知り合った初対面の相手に尋ねるように気安い声だった。
 もちろんナシィは黙ったままだ。
「答えないの?まあ拷問は今は飽きたからやらないけどさ、こっちが名乗ったんだからそれくらい答えてくれてもいいでしょ。ねえ。」
 笑顔からその真意を読むことはできない。
 だがナシィは、しばしの間を挟んだ後口を開いた。
「ナシィ。―フォン・ナシィです。」
 拷問を恐れたわけではない。痛みにさえ耐えられれば傷の心配などいらないからだ。
 名前を明かした理由は主人の存在だった。もし、彼の言う主人があの男だとすれば―名前を知らせたのなら何らかの動きがあるかもしれない。そう思っての行動だった。
 返ってきた答えに、マッドは目を丸くしたがすぐにそれは嬉しそうな笑みへと変わった。
「ナシィって言うんだ。へえ、覚えておくよ。」
「…。」
 再びナシィは口をつぐんだ。
 マッドも黙ったのを幸いに耳を澄ませる。外からは剣戟らしい音はしなかった。恐らくミーアらは盗賊をあらかた倒したのだろう。あの二人ならよほどのことがないかぎり負けることはないはずだ。彼女らがここに来るのは時間の問題といえた。
 黙ってしまったナシィを相手にして、マッドの表情が徐々にまた不満げなものに変わっていく。
 そして退屈になったのか、ぼやくように呟いた。
「あーあ、それにしても今回の仕事はめんどくさかったな。」
「…仕事?」
 何気なく呟かれたその言葉に、ナシィは反応した。
 それが嬉しかったのかマッドは再び笑顔を見せると明るく話し出した。
「そう、仕事。せっかく人手を追加してやったってのにこいつらってば魔剣の回収に失敗したあげく半壊するからさ。役立たずの後始末をするはめになったんだよね。」
 視線が一度だけ魔物の骸に向けられる。
 この盗賊団と最初に接触したのは神殿を急襲された時…いや、団としてならばそもそも最初にセインと出会ったあの時のはずだ。確かに彼らの人数は途中で増えていた。
 ミーアが気にしていた盗賊同士のつながり。それは、予想外のところでナシィの追うものと関わりをもっていた。
「自力で皆殺しにしてもよかったんだけどどうせなら面白くしようと思って。都合よくあんた…ナシィたちが動いてくれたから助かったよ。」
 癖なのか、マッドは嬉しそうに唇の端を吊り上げた。
「なっ…。」
 語られた言葉にナシィが息を飲む。
 だがマッドはそれに気づいた様子もなく、相変わらず楽しそうに語り続けた。
「まあとりあえずは仕事だから従ってたんだけど、ちょっと一人殺したらやつらが突っかかってきてさ。どうしようかと思ってたんだ。そしたらナシィたちがやってきて、勝手に首を突っ込んできてくれてさ…。」

 一瞬、空白が生まれた。
 その言葉を聞いたナシィの腕から力が抜けた。呆然と、繰り返す。
「…殺、した?」
 面白い物語のように、全てが他人事のようにマッドは話していた。
 楽しい以外の感情を何一つ見せずに。
「そう。森の中をぶらついてたときに見つけたから。犯してそれから殺したよ。」
 まるで何気ないことのように、罪悪感など欠片もなく、ただただ楽しそうに少年はそう言い放った。
 殺した人。森の中で。犯して。そしてナシィたちが首を突っ込んだと言った相手。
 それは―。
「ただ、しばらく様子を見てたんだけどそっちがやたら慎重だったからさ。仕方ないから地図を書いてあげたんだ。わざわざ死体の証拠まで用意して。」
 愕然とし、青ざめるのを通り越してもはや白くなった顔を見せたナシィにも構わずに、マッドは一人話し続けていた。
「上手くいったかと思ったら葬式で村長のヤツがあんなこと言い出すし。心配になって調べたら案の定伝言を運ばせてたよ、ナシィたちの存在を教えるね。ナシィたちの仕事が失敗するとぼくとしても困るからそいつもとりあえず殺しといたけど。で、急いで村に戻ったら、アイツ一人だけ宿に残って寝てた。一瞬慌てたけど、ナシィたちなら置き去りにしてこっちに来るわけないよね。だから少しだけ様子を見てたんだ。」
 ―アイツ?
 流れていく話の中でその言葉がひどく耳に残った。
 『宿に残って寝てた』、『置き去りになんかしない』、それは。
「目が覚めたと思ったら急いで身なりを整え始めてさ。でもアイツ一人じゃさすがに役立たずだよ、こいつらにすぐ殺されちゃうのがオチじゃん。だから、連れ出してさっさと殺したよ。そうすりゃさすがにナシィたちも慌ててくれるだろうしね。」
 『連れ出して殺した』、それは―!

「イディルスって言ったっけ。馬鹿だね、首を切られる時までだまされてたことに気づかなかった。」

 叫びが聞こえた。
 自分の口から放たれていると気づいたのは一瞬後だった。
 どこにそんな力があったのだろうか、だがナシィは縫いつけられていた自分の右手を無理やりとはいえ引き剥がした。
 そのまま手にした刃を振り回す。
 驚きの表情を浮かべたマッドが飛びのくのが見えた。
 風を切った刃がかすかな唸りを上げる。
 全力で振られた剣が床に激突し、硬い音と共に腕に痺れが走った。
「あれ、動けたの?」
 視界の外から戸惑ったような幼い声が聞こえる。
 左手に突き刺さった刃も引き抜いて、ナシィは立ち上がった。
「―お前が、」
 片手剣を両手で握りしめる。
 傷の痛みももはや感じなかった。
 奥底からの怒りが、全てを凌駕していた。
「お前が、プリーヤもイディルスも殺したのかっ!」
 この狂った空間に魂までも震わせるような絶叫が響き渡った。

 また同じ光景が蘇る。
 マッドは窓を背に立っていた。
 そして、驚いていたその表情は再び無邪気な笑みへと変わっていた。
「そうだよ。でも、まあ女の子は別だけどさ、後のやつらは仕事で必要だったから殺したんだ。仕方ないよ。」
 それは罪を知らぬ子供の微笑み。
 ナシィはようやく気づいた。
 この少年は罪の意識を感じないのではない。そもそも、罪の意識それ自体を知らないのだということに。
 ナシィは唇を噛みしめた。もう、何を言っても意味はなさない。プリーヤもイディルスも死んでしまったのだから。
 今はまず彼を止めるのが先だ。
「…分かりました。」
 そう呟いたナシィの声音は、氷のように冷たく透明だった。
 正面に立つマッドの瞳を見つめる。
 次の瞬間、剣を構えて自分から一気に距離を詰めた。
 腰を落としてマッドが身構えるのがはっきりと見える。
 ローブの下に鎧を身に着けているのかは分からなかったが、構わずに腹部を狙って小さく剣を振った。
 だが刃先はローブを裂いたにすぎなかった。
 横に飛ぶようにして刃をかわしたマッドがそのままナシィの脇をすり抜ける。
 四足の獣のような低い姿勢を取り、転がった短剣の一本を拾い上げた。
 ナシィが振り返った時には既にその手に短剣が構えられるところだった。赤くなるべき刃は黒く汚れている。
 マッドは不思議そうにそれを眺め、指先でそっと撫でた。
「…なるほどねぇ、確かに血は黒いか。」
 漆黒の血は魔物の証と言う。
 だが、そもそも刃に今ついているそれは血ですらないのだろう。同じ色なのは偶然にすぎない。
 ―吸い塊(ドレイン・ドリップ)は所詮粘液の塊にすぎなかったのだから。
 次いでマッドは視線を落とし、自分のローブが裂けていることにも気づいた。
 一瞬不快そうな表情を見せる。
「ねぇ、これ脱がせてくれる?そっちの破れたコートも脱いでくれていいから。」
 問いかけには無言のまま自分のコートを脱ぐことでナシィは答えた。
 マッドも満足げな顔をしてローブを脱ぎ捨てる。
 赤い血で斑に染まるカーペットの上に、二つの布が舞った。
 ローブの下から現れたのは細身で小柄な体だ。身のこなしに自信があるのか革の鎧は動きを妨げないようにごくわずかにしか着けられていなかった。
 対するナシィも装備はないに等しい。鎧の必要がないためか服を着ているにすぎなかった。その右肩は深く裂け、半ばちぎれている。傷があった辺りは黒く染まっていた。
 無造作にローブを投げ捨てたマッドが笑う。
「正直者だね。こっちが脱いでる間に仕掛けてきてもよかったのに。」
 答えるナシィの言葉は冷めたままだった。
「それはお互い様でしょう。」
「確かに。」
 楽しそうに声を上げて笑った。
「―でも、おかげでやりやすくなったよ。」
 そう言い、今度はマッドが動く番だった。
 互いに手にした刃は一つきり。ただし今は使うそぶりを見せていないとはいえマッドには魔法があった。ナシィも魔法への耐性のある剣を手にしているものの、力的に劣るのは否めない。
 ナシィは向かってくる刃を冷静に見ていた。
 ひどく静かだった。さっきまでの怒りがどこかに消えたかのように。
 もちろん消えたのではない。胸の奥底ではくすぶり続けている。だが、今目の前にする相手の存在がその感情の暴走を抑えていた。
 怒りを向けるのがその相手自身だというのは皮肉ではあったが。
 刃に輝きはない。鈍い銀色の短剣が低い姿勢から振り上げられようとするのが分かる。
 ナシィは剣を握る右手に左手も添えると、自分もまた一歩踏み出した。
 鋭い金属音が一つだけ響いた。
 足元からせり上がる刃を剣の腹で受け、そのままナシィは反発するようにして自分の剣をマッドの首元へと振り上げた。
 マッドが身を仰け反らす。
 刃先が肌に触れ紅の筋が走った。
 数滴の飛沫。
 だが、剣を振り切った時にはもうマッドはその場を離れていた。
 ナシィも姿勢を整える。
 距離を置いたマッドの頬に、血が伝うのがはっきりと見えた。
 気づいたマッドがその跡を人差し指で拭う。赤く染まった手袋の先を小さな舌が舐めた。
「…それなりにはできるみたいだね。」
 楽しそうな言葉。それは、先ほどまでの子供のように明るいものというよりも好敵手を見つけた戦士が見せるものに近かった。
 ナシィは無言を保ったまま剣を向ける。
「でも、そろそろ時間だ。遊ぶのはこれくらいで終わりにしないとね。…炎よ我が前を焼き尽くせ(イ・ホペ・フィレ・ト・フィル・フロン・メ)。」
 一瞬、マッドの表情から笑みが消えるのが見えた。
 次の瞬間目の前を紅蓮の炎が覆った。

 激しい熱が襲う。踊る火に視界が完全に遮られていた。
 ナシィは目の前の厚い炎の壁を剣で薙ぎ払った。
 そこだけが切り取られたかのように細い線が走り、揺れながらも裂けるように光が広がっていく。
 だがそこにマッドの姿はなかった。
 正面から右手側にかけて広い空間が露わになる。しかし空気の揺れ以外に動く姿はない。
 その周りで不意に炎が大きく揺らめいた。
「―ぐぅっ!」
 同時に脇腹に激痛が走った。
 魔力によって生まれた炎が消え失せていく。
 晴れた視界の中には、ナシィの左腰に短剣を突き刺したマッドの姿があった。
「チェック・メイト。」
 痛みの中で剣を引き抜く湿った音が聞こえた。
 それでも自由な左手でその体を掴もうとナシィは手を伸ばした。
 マッドもまた動く。
 だがそれは、手を避ける動きではなく逆に自分から近づこうとする動きだった。
 耳元に気配が届く。

「―魔物の癖に人間のフリして旅するなんて、珍しいね。アハハハハ!」

 その瞬間、ナシィは確かに動けなかった。


「―ナシィ!大丈夫っ!」
 開放されたままだった扉からミーアとセインが駆け込んできたのはその一瞬後だった。
 炎の熱気を残して揺らめく陽炎の向こうに二人の姿が現れる。
「…ああ、タイムアップだ。」
 その呟きは既にナシィの耳元から離れていた。
「あんたは―!」
 ミーアが絶句する。セインもまた息を飲んだ。
 部屋にいたのは一人の少年だった。見知らぬ姿、だが聞き覚えのある声。そしてその手には汚れた短剣が握られていて、ナシィはたった今まで戦っていたという姿勢で傷を負っていた。
「やあ、お久しぶり。」
 ローブを脱いだ少年は顔を向けた。
 すぐにミーアは身構える。セインも一瞬遅れて杖をかざした。
 だが、マッドは二人に視線を向けたまま後退した。
「だけどさすがのぼくでも三対一じゃ分が悪いね。それじゃさよなら。」
 笑顔でそう言って、彼は装飾をまとう左手をかざした。
「待ち―!」
「―炎よ我が前を焼き尽くせ(イ・ホペ・フィレ・ト・フィル・フロン・メ)。」
 ミーアが踏み込もうとしたまさにその瞬間、眼前に再び炎が広がった。荒れ狂う紅の火が一瞬で視界を覆う。
 熱風に二人がわずかに身を引く。
 炎がひときわ高く唸りを上げたその時、その向こうからもう一言だけ声が聞こえた。
「ああそうだ、ナシィ。遊び足りないのなら西へ来てよ、街で待っててあげるから。」
 それきり全ての音が消えた。

 ―そして炎が晴れた時、窓に映っていたのは青空と緑だけだった。

 三人は争いの跡が残された部屋の中で立ち尽くした。
 そこには動くものの姿も物音もない。

 あの高笑いが、ナシィの耳の奥でいつまでも響いていた。


第三章 Disorganization.〈後〉



 また小さな風が吹いて、砂が舞った。
 眼前には乾いた長い道がある。
 右手に広がるのは森。緑濃き木々たちが街道に影を落とす。
 だがここにはそれもない。
 夏の焼けつく日差しにさらされながら、レヴィシオンはただ先を見つめていた。
 隣では同じく門を見守るはずの自警団の仲間が暑さに耐えかね鎧の止め具を外している。
 横目でそれを見て苦々しく思いながらも、彼は再び前を見つめた。
 太陽は高い。あの夜明けから既にかなりの時間が経過していた。
 首筋を汗が伝う。
 村の入り口は広い視界と空間を確保するために余分な建築物を排除していた。ゆえに門を守る自警団員が入れる影もなかった。時折吹く風だけが救いだ。
 朝から走り回り、更にずっと炎天下に立ち続けているために疲れを感じたが、せめてこれぐらいしなくては彼らに顔向けできないと見張りを続ける。その強い意志が彼の体を支えていた。
 熱気が生む陽炎が道の果てで揺らめいている。
 ゆらり。
 レヴィシオンは顔に滲む汗を拭った。
「―っ!」
 その手が顔から離れた瞬間、彼は声を上げていた。
 訝しむ仲間には構わず門を飛び出して先へと駆け出す。
 いつの間に現れたのだろう。だがそんなことはどうだっていい。
 見間違えるはずなどなかった。
 街道に姿を現していたのは、三人の冒険者だった。

 森を抜けた瞬間、強い光が目に入った。
 街道は半分程度しか木陰に入っていない。日なたに出た瞬間に照りつける陽を肌で感じた。
 先頭になって出たミーアが額にかかる髪をかきあげる。それに続いてナシィとセインも森から抜け出した。
 ようやく帰ってこれたことに互いに安堵の微笑を浮かべる。
 その時足音が聞こえた。三人が同時に振り返る。
 道の先に、村の入り口から駆けてくる自警団員―レヴィシオンの姿があった。

「お帰りなさい!」
 三人と合流したレヴィシオンはまずそう言った。
「ええ。ただいま。」
 ミーアが笑って答える。ナシィとセインも同様に言葉を返した。
 近づき足を止めたところでレヴィシオンは改めて三人の姿を見つめた。
 そこには苦闘の跡がはっきりと印されていた。ミーアのまとう黒のタイツにはあちこちに切れ目が走り、その下の白い肌を見せている。セインの白服にも汚れや返り血らしきものが目立っていた。ナシィに至ってはコートが下のシャツごと右肩から大きく裂けている。
 一方のミーアも、レヴィシオンの呼吸が走ってきただけにしては荒いことと首筋に浮かんだ汗に気がついた。
「ところで、あんたは何でこんな所にいるの?」
 問いかけられてレヴィシオンは一瞬きょとんとし、それから真面目な顔で答えた。
「門の護衛をしてたんです。あの後、村に戻ってから団長に申し出て。」
「そう。…お疲れ様。」
 ミーアは村の入り口の門を見た。脇に、レヴィシオンと同じような鎧を来た男がこちらを見つめながら立っている。ただしその様子はどこか警戒したものであった。
 こっちにやってきたレヴィシオンは自分たちの側で立ち止まっている。しかしここで立ち話をしていても仕方ないので、ミーアは自分から歩き出した。
「まあとりあえず、ここは暑いし村に戻りましょう。」
 三人もその言葉にうなづきを返す。先に歩き始めたミーアを囲むようにして全員が村へと歩き出した。
 レヴィシオンは少しの間真っ直ぐ前を見ていたが、おもむろに振り返った。
「それで、あの、盗賊たちは―。」
「ああ、心配はいらないわ。カタはつけたから。」
 不安を交えた問いかけ。その語尾に重ねるようにしてミーアがあっさりと答える。
 全ての決着の言葉を耳にし理解した瞬間、三人の目の前で彼の真剣な表情は喜びへと変わった。
 息をつき満足げな笑顔を見せるレヴィシオン。またナシィとセインもその彼の様子を見ていたがために、誰一人この時ミーアの目に浮かんでいた厳しい光に気づくことはなかった。
「―そうだ。レヴィシオン、疲れてるところ悪いけどお願いできる?」
 続けて告げられたミーアの言葉に彼は再び顔を上げた。
「はい。何ですか?」
「とりあえず村長のとこだけでいいから報告に行ってきてくれない?残りの人は後でいいから。」
「あ、そうですね!分かりました、じゃあオレは村長様の所に行ってきますんで。では。」
 返事をすると、レヴィシオンはすぐさま駆け出していった。
「…まあそこまで急ぐこともないと思うけどね。」
 離れていくその背中にミーアが呟く。
 レヴィシオンは村の入り口に立っていた団員に二、三言声をかけると、また走って村の中に姿を消した。次いでその男も門を離れたが、彼はレヴィシオンとは別方向に去っていった。
 足音に驚き鳥たちが舞い上がる。無人の門を越え森へと羽ばたいていく。
 歩いていた三人もようやく村の入り口までやってきた。
 正面には見慣れた村の風景がある。だが通りを歩く人の姿はなかった。
 ミーアはすぐ後ろを歩く二人を振り返った。
「帰ってはきたけど…まずは宿に戻りましょうか。」
 二人の姿を一瞥してそう言う。傷などの治療はとりあえずしたとはいえ、まだ戦いの跡は生々しかった。細かな傷跡に返り血。戦いに慣れない村人が目にしたら怯えてもおかしくない様だ。
 しかしナシィは首を横に振った。
「いえ。すぐにジンスさんの所に行きたいと思います。僕一人でも十分ですから、お二人は先に戻っていて下さい。」
 その言葉にセインが一瞬視線を落とす。だが杖を握りしめると、顔を上げて二人に向き直るようにして言った。
「すみません。私も…神殿に行きます。なるべくすぐに戻ってきますので。」
 突然の予想外の申し出にナシィは驚きを見せたが、深くうなづいて答えた。
 そして真面目な二人の瞳は揃ってミーアを見つめた。
 次の瞬間ミーアは苦笑した。
「いいわよ。まあ私もちょっと寄り道してから帰るから。適当に宿に戻って、身支度を整えたらそれぞれ部屋で待ってることにしましょ。」
 無造作に頭を掻く。
 二人の様子は生真面目なものだったが、そこに影はなかった。それぞれを一人で行かせても心配はないだろう。
 その言葉にナシィとセインが真面目にうなづきを返した。
「分かりました。」
「はい。」
 それらの返事を目にし、ミーアの唇に笑みが浮かんだ。顔にも微笑が表れている。
 ただ、穏やかな。
「じゃ、また後で。」
 それだけ言うと、ミーアは背を向けてさっさと歩き出した。風が頭の脇から垂らした布端を小さく揺らす。
 それを見て二人もそれぞれ歩き出した。


 古びた家は、今日もまた静寂に包まれていた。
 その前に立ったナシィは特に理由があるわけではなかったが一度辺りを見回した。
 戒厳令が守られているのだろう。ここも道を歩く村人の姿はない。
 ナシィは無意識に小さく息を吐いた。
 本来なら今頃は仕事も始まり活気があるはずの通りのこの静けさに、かすかな圧迫感を受けていた。
 それを打ち消すように頭を振る。
 そして、無言のまま歩み寄って扉を叩いた。
 廊下に響く音がかすかながら外にまで届く。
 それから扉が開くまでに時間はかからなかった。
「―ああ、あんたか。」
 玄関に姿を見せたのはジンスだ。
 その顔は常と変わらぬ険しい表情を見せていたが、隠しきれない疲れと苦悩が滲んでいた。
「はい。…ようやく、全てが終わりました。」
 ナシィはそう答えて一礼した。
 顔を上げると、自分を見つめるジンスの鋭い目があった。
「…ここで話すのもなんだ、中に入れ。」
「―失礼します。」
 ジンスの後をついてナシィはまたこの家に足を踏み入れた。

 光に照らされ乾いた廊下を抜け、いつもと同様に居間に通される。
 この部屋の窓も完全に開かれて日差しが降り注いでいた。染みついているかのようだったあの湿った空気はもう跡形もない。
 机を挟んで向かい合う形でそれぞれ座る。
 落ち着くやいなや、最初に口を開いたのはジンスだった。
「で…盗賊どもは全員片づけたのか。」
 低く響く言葉にはどこか急ぐような速さがあった。瞳はただ真っ直ぐにナシィの目を睨んでいる。
 ナシィは一瞬だけ視線を落とし、それからきちんと彼を見つめはっきりと答えた。
「ええ。」
 首を、縦に振った。
「盗賊は全て押さえました。」
 ―ただ一人を除いて。
 ナシィは続くその言葉を胸の内深くに飲み込んだ。
 戦いの後、ナシィらはあちこちに倒れる盗賊たちを確保した。既に死んだ者は屋外に並べ、まだ息のある者は怪我によっては応急処置だけ済ませた上でロープで縛りアジトの一室に集めておいた。三人だけでは連れ帰るのも一苦労だしそもそもそんな体力と気力も残っていない。後は村の自警団に任せておけばよいだろう。
 これで盗賊団の全員を押さえることができた。ただ一人、彼らの前から去ったマッドを除いては。
 ジンスは深くうなづくとそのまま視線を外した。
 うなだれ、椅子に背を預けるように深く腰掛ける。
「そうか…。」
 長い息を吐いた。
 ナシィは机の下で見えないように強く両の手を組んだ。
 全て、あらかじめ相談して決めたことだった。

 森の中、盗賊のアジトの目の前で。
 戦いが終わった時、最初ナシィは口を開こうとはしなかった。会話を避けるかのように盗賊の確保の作業に集中しようとした。
 だがミーアはそれに構わず何があったのかを半ば強引に尋ねてきた。セインまでもが、答えを教えてほしいとためらいがちにではあるが頼むように問いかけていた。
 ナシィは悔しさと痛みに沈黙していた。しかし、自分には真実を知らせる義務があると分かっていたから、耐えて口を開こうとした。
 その時になって初めて、自分を見つめる二人の瞳に気づいた。一見問いつめるかのように鋭い目、だがその内にはいたわるような深い優しさがあった。
 彼女らはあの時何があったのかは知らないはずだ。それでも自分の苦悩に気づき、重荷を共に支えようとするかのように事実を知ろうとしている。
 ナシィはようやく微笑みを返した。かすかに戸惑いを見せる二人に真実を語ることを約束する。
 そして帰り道。ナシィは何が起こったのかをミーアとセインに説明した。
 盗賊の頭の言葉。投じられた魔剣と魔物化。再び姿を見せたローブの少年―マッドの存在。そして、彼が為した全てのことを。
 怒りと無念。言葉を選んでもなお、ナシィが傷を受けたのと同様に真実は二人の胸をえぐった。
 皆が沈黙する中で唐突にその話を切り出したのはミーアだった。
「盗賊の確保自体は済んだと見ていいわ。―後は、どう報告するかね。」
 マッドは盗賊の始末と魔剣の回収を目的として動いていた。彼の言葉を信用してではあるが、疑う理由があるとも思えなかったし、またナシィに楽しそうに語ったあの場でわざわざ嘘をつくとも思えなかった。
 だからこの盗賊団を押さえることはこれでできたと言ってもよかった。マッドがここに戻ってくることはあるまい。
 ―ただ一つ問題になるのが、プリーヤとイディルスの死にまつわることだった。その犯人は逃走し今や行方知れずだ。
 そもそもこの事件の全てを引き起こしたのはマッドだった。彼がプリーヤを殺した―盗賊団の意思に反してのその行動のために、まずジンスが村の掟に背きナシィらに取引の事実を告げた。地図を届けその死を教えたのも彼だ。また村の伝令を殺して村と盗賊のつながりを断った。更にイディルスをも殺し、盗賊らが取引を破ろうとしたと偽りの情報までも作った。―極端な話、村人も、盗賊も、ナシィらまでもが彼の手の上で踊らされたといえた。
 果たしてその真実を伝えてもよいのか。
 だが盗賊団は崩壊した。取引は消滅した。死者が生まれた。今となってはもう、元に戻すことなどできなかった。
「全部話したって余計な悪感情を生むだけよ。どうせヤツラの頭は死んだんだし、黙ってりゃ分かりゃしないわ。」
「ですが…。」
 歩きながらのそっけない呟き。だが嘘を認められないセインが否を唱えようとする。
 それをミーアは遮った。
「それに、ジンスにはどう伝えるつもり?」
 その短い質問に、セインの顔に明らかな迷いの色が表れた。
 プリーヤの死の真相は明かされた。だがその犯人は捕まっていない。仮に彼を追い、最終的には捕らえられたとしよう。しかしそれはいつのことになるのだろうか。
 今真実を伝えること、それは彼の苦悩をなおも引き伸ばすことに繋がっていた。
「盗賊がプリーヤを殺した。そしてその盗賊も死んだ。これでいいじゃないの。」
 すぐ横で吐き出されたミーアの言葉に、セインはキッと睨み返した。
「でも、それではジンスさんを騙すことになります!」
 言葉は強い。その声は小さく震えながらもはっきりとしていた。
 だがミーアは振り向くと、更なる一言をきっぱりと告げた。
「騙されて誰が困るっていうの?」
 今度こそセインは言葉を失った。
 一瞬その足が止まる。そんなセインを見つめ、ミーアは歩調を落としながら静かに語った。
「考えてもみなさい。プリーヤの仇である盗賊をあたしたちが討った、それがジンスにとって最上の答えよ。」
 淡々と。そこに否定できるような誤りはなかった。
「村ももう後に引けないことは分かってる、今更後悔させるようなことなんて言わない方がいい。」
 草が鳴る。再び歩き出したセインが横に追いついた。
「…だから。この嘘は、皆のために必要なのよ。」
 ミーアは振り向いた。そう、断言するように言い切った。
 だが無言のままその隣を歩くセインの視線は、ミーアから外され目の前に落とされていた。
 数歩の後、突然その顔が上がった。
 見上げた瞳には悲しみが満ちていた。
「確かにそうかもしれません。…ですが、殺されたプリーヤさんとイディルスさんはどうなるのです?」
 ミーアははっと息を飲んだ。
 生者のための、苦しみをなくすための嘘。だがそれは代価として死者を見捨てることになる。
 セインの見せる悲しみ。誰よりも死者を悼んでいた彼女だからこそ、その思いは切実だった。
 その時、真っ直ぐな声が届いた。
「―それは、僕が覚えています。」
 二人が黙り込んだ中、言ったのはナシィだった。
 同時に振り向いた二組の目が彼を見つめる。
「彼女たちを殺したマッド―僕は、彼を追うつもりです。だからその時まで、プリーヤさん、そしてイディルスさんのことを僕は決して忘れません。」
 毅然とした言葉。直向きな瞳にはまだ癒えざる痛みが残っていたが、そこには迷いもごまかしもなかった。
 それでもセインは未だためらいを消せずにいた。だがそんな彼女にナシィは微笑みかけた。
「それに―ジンスさんや村の皆さんが悲しみを背負われるのを、二人も望まないでしょう。きっと許してくれると思いますよ。」
 見せた顔にはいたわりがあった。それはついさっき、セインらがナシィに向けていたものと同じだった。
 その全てに気づいたセインは小さく口を開いて何かを言おうとしたが―黙ってうなづいた。
 そして礼をするかのように頭を下げ、そのままうつむいた。
「―でもナシィ。あんた、一つだけ間違ってるわ。」
 そこに唐突に割って入ったミーアの物言いに、ナシィは思わず険しい目で振り返った。
 と、目が合ったミーアは唇の端を吊り上げ笑ってみせた。
「何一人でかっこつけてるのよ。『僕』じゃないでしょ。『僕たち』ってちゃんと言いなさい。」
 悪戯をしかけた時のような笑顔。ナシィは絶句し、次の瞬間彼もまた笑い出した。
「そうですね、すみません。」
 自然な苦笑がこぼれた。つられたかのようにセインも小さく笑う。
 そうやって明るく笑ったままミーアは続けた。
「あの男をほっておけないのは同感だし、そもそもアイツが魔剣を持って逃げたんでしょ。だったら追うに決まってるじゃないの。それに…。」
 そこでふと、彼女は言葉を切って真剣な表情を見せた。
「一人で何でも背負い込もうとするのはやめなさい、ナシィ。それからセインも。」
 鋭い瞳に見つめられ、二人は一瞬息を飲んだ。
 だがそこにあるのは優しさだ。それぞれの身を心から思う眼差し。
「―はい。」
 答えるナシィとセインの声は揃っていた。
 そして、ミーアは再び笑顔を見せた。

 光が机の上に落ちる。
 長い沈黙を経て、ナシィは口を開いた。
「それから…プリーヤさんの死についても分かりました。」
 ジンスが弾かれたように顔を上げた。
 見開かれた目はうっすらと充血している。そこには怒りと共に、事実との直面を迎えての怖れにも似たものがあった。
「分かったとは、何がだ。」
 高ぶった感情に震える声。
 ナシィは机の下の手を強く、強く握りしめ、表情を変えることなく静かに告げた。
「―プリーヤさんを殺したのはやはり盗賊でした。」
「そいつはどうなった!」
 言葉に割り込むようにして、身を乗り出したジンスが叫ぶ。
 真実を知ろうとする悲痛な訴え。嘘に罪の意識を感じないわけではないが、彼の背負ってきた苦しみに比べればそれは些細なものだった。
 その思いに応えねばならない。この深い怒りと悲しみを引き継ぐ決意と共に。
 ナシィは胸の痛みをこらえその目を正面から見つめた。
「戦いの中で…僕たちが、殺しました。」
 はっきりと、答えた。
 手をかけられたテーブルがぎしりと軋んだ。
「…そうか。」
 呟く声はかぼそいものだった。
 短い間を置いて、ゆっくりとジンスが椅子に座り直す。
 ナシィがそこで目にしたのは、一人の老人の背を丸めて椅子に座る小さな姿だった。
 片手を目元に押し当てて顔を隠している。
 改めて告げられた言葉に悲しみが蘇ったのだろうか。だが、その肩は震えておらず嗚咽が聞こえることもなかった。
 遮るもののない蝉の声が大きく響いてくる。
 ナシィが無言で見つめていると、しばらくしてジンスの手は顔から離れた。
 感情が抜け落ちたかのような無表情がそこにはあった。
 そして乾ききった瞳をナシィに向ける。
「分かった。わざわざ知らせてくれて感謝する。」
 かすれた小さな声だった。全ての涙を流し涸れ果てた後のように。
 ナシィは黙礼でそれに答え、席を立った。
「それでは、僕は宿に戻ります。…明日にはここを発つつもりですので。」
 手を下げたジンスは小さくうなづくと、おもむろにそれに合わせるかのように立ち上がった。
 ナシィがかすかに戸惑い見守る中で、自分から部屋の入り口に行き扉を開ける。
 それは初めて彼が見せた見送りの仕草だった。
 扉に手をかけ無言でナシィを見つめる。
 気づいたナシィは、彼に従って部屋の外に出た。
 窓が照らす廊下には光の筋が見えた。
 足を止めたナシィの後方で、音を立て扉が閉ざされる。
 振り返るとジンスはその場に立っていた。扉の取っ手に片手を添えナシィを見上げる。
「…。」
 彼はなおも無言だったが、その目に何かの意思を感じナシィはそのまま待った。
 ためらうような小さい間。それを挟んで、ジンスはそっと頭を下げた。
「君たちに、そしてセインさんにもよろしく伝えてくれ。…ありがとう。」
 思いの滲んだ声と、深い礼。
 だが再び頭を上げた時には既に、彼の顔は感情を押し隠した無表情に戻っていた。
「…はい。それでは、失礼します。」
 ナシィは会釈を返し別れを告げた。
 歩みに合わせかすかに軋む廊下を抜け、玄関を開く。
 戸を閉ざす時最後に見えたジンスは、哀しげな、だが納得したかのような微笑を浮かべてこちらを見ていた。


 神殿の扉は再び開かれていた。
 辺りに人影はない。あの逃走に気づいた村人たちももう帰されたのだろう。神殿の周囲もまた静寂に包まれていた。
 短い石段を上り、セインは礼拝堂の中を見つめた。
 天窓から注ぐ日の光がその姿を示し、室内も明るく染める。灰色の聖像は穏やかな微笑で自分を見つめている。
 その下に質素な演台が置かれていた。
 そして、その向こうに跪く人影があることに気づいた。身にまとっているのは見慣れた神官の礼服だ。
 セインが神殿内に足を踏み入れる。
 かすかな足音に気づいたその人影は立ち上がり、振り返った。
「―お帰り。」
 ソロボは、そう言って優しい微笑みをセインに向けた。

 話をするべく二人は隣の控え室に移った。
 ケップの姿はなかったが、村人を守らせるために村長の元に行かせているとソロボが説明した。
 互いに腰を下ろす。
 戦いの跡もそのままで汗さえかいているセインの姿にソロボが水を用意しようとしたが、セインはそれを辞退した。
 そして彼が再び座ったところで、セインは口を開いた。
「―盗賊たちは、全て押さえました。」
 アジトに置いてきた生存者の存在やその人数などを簡単に伝え、更にプリーヤとイディルスは盗賊によって殺されていたと説明した。もちろん話し合った通りマッドの存在については全く触れずに。
 重要なことを伝え終え、セインが小さく息を吐く。
 ずっと机の下で見えぬよう握りしめていた指の痛みを、より強く感じながら。
 ソロボは静かに言った。
「そうか。…ご苦労だったな。ありがとう。」
 礼を述べ、深く頭を下げる。
 顔を上げた時そこに浮かんでいた表情は穏やかなものであった。それはセインの言葉を全て信じてのものだ。
 そして改めて気づかされる。彼もまた、この事件に心を痛めた者の一人なのだと。それが今ようやく癒え始めようとしていた。
 生者のための、必要な嘘。その存在意義を目の当たりにし、セインはためらいを捨てた。
 人の心が穏やかであること。それが光の意志だと信じて。
 だからこそ、彼もまた現れこそ違ったがこの道を選んでいたのだから。そして今も―。
 セインは一瞬だけうつむくと、改めてソロボを見つめた。
「―あの、ソロボさん。」
「何だね?」
 呼びかけにソロボは微笑して答える。
 その微笑みはあの時と同じく、優しい。
 セインは机の上で指をそっと組み直すと、ゆっくりと話し始めた。
「あの後、私なりに、少し考えてみたんです…。一昨日私がここに来て話をした時、ソロボさんは、村の取引を認めたと言いましたよね。」
 ソロボの瞳にかすかに憂いが交じる。だがセインは言葉を続けた。
「ですが、ソロボさんは昨日の葬儀を手伝われました。…あの予想もつかない事態に戸惑うこともなく。」
 ジンスが村人との決別を宣言した葬儀の場。その中でソロボは、迷いも戸惑いも見せずジンスの側に立った。
「話を知ってなければ、あんなすぐに反応はできません。ソロボさんは最初から分かってらしたんですよね。」
 半ば問いかけのように語られた言葉にも、ソロボは何も答えようとはしなかった。またセインもそのまま話を続ける。
「でも、ジンスさんの行動は村の取引を破棄するようなものでした。なのにそれを分かってソロボさんは手を貸していた…。」
 ここでセインは言葉を切った。
 何も言わぬソロボの目を真っ直ぐ見つめ、尋ねる。
「ソロボさん。あなたはもしかして―この取引を何とか止めようとしてらしたのではないですか?」
 真摯な瞳に畏れはなかった。
 肯定の返事を期待した問いかけ。しかし、ソロボは小さく首を横に振った。
「いや。…儂がこの道を選んだのは紛れもない事実だ。」
「ですが、」
「そしてプリーヤを亡くした。それが儂の罪だ。」
 セインの言葉を遮るようにソロボは告げた。
 そのまま立ち上がり、杖を手に窓へと歩み寄る。
 カーテンが大きく開かれ、眩しい日差しがこの部屋にも届いた。
 窓の向こうにあるのは村の光景だ。
 あの時と同じように、ソロボは村を見つめていた。
 セインに背を向けるように。
「…過去は確かに変えられません。ですが、これからの未来は変えられる…だから、そうしようとしていらしたのでしょう?」
 腰掛けたままのセインがその背中に問うた。
 声を上げて。机に置かれた指は強く握りしめられている。
「―それを創るのは、儂ではないよ。」
 立ち並ぶ家々を見つめながらソロボは答えた。
 ケップの言葉が蘇る。ソロボの余命は、後、わずか二年しかないと。
「儂ももう歳だ、村の行く末を見送るので精一杯だよ。幸いここにケップもいる。後のことは彼に託そう。」
 その言葉にセインははっとした。
「だから、今、改められるべき慣習を消そうと―?」
 ソロボは振り向かず、首を振ることもなかった。
 ただその視線を落としてわずかにうつむくのが背を向けた姿から分かった。
 体を支えるように杖に両手をかける。
「…それを為しとげたのはジンスだ。そして、セインさん―君たちだよ。」
 そう言って、ソロボは振り返った。
 穏やかな目でセインを見つめそっと目礼する。
 その瞳に宿る静かな光に、セインは気づいた。負の過去を自ら背負おうとするその意思に。
「それも、ソロボさんたちのおかげです。ソロボさんの手助けがなければ、きっと私たちも何もできなかったでしょう。」
 だけど全てを一人で背負うことはない―ミーアの言葉だ。
 だから、そう答えて礼を返した。
 顔を上げて微笑む。
 ソロボは優しくそれを見つめた。窓枠に片手を添えて再び口を開く。
「光はいつでも我らを見守って下さる。過去に過ちはあっても、それを悔い改めた人々は祝福されるだろう。」
 空を見上げる。強い光、太陽は今日も輝いていた。
「はい。―光よ、全ての命に祝福あれ(イ・ウォルド・アセ・リト・ト・バレス・アル・リーフェ)。」
 セインもうなづき、祈りの一節を口にした。
 組んでいた手を祈るようにかざす。
 そしてセインは顔を上げた。
「そしてこの村にも祝福があらんことを。」
 その言葉に、ソロボはにこやかに笑ってみせた。
「若者たちの中にも、過ちに気づき村の今後を真剣に考えている者がいる。ケップもまた、神に従いその教えを自分で見出そうとしておる。―この村は変わっていくはずだ。」
 セインもうなづいた。
 村を何とかしたいと願い、自分たちの手助けを申し出たレヴィシオン。ライセラヴィの神官として、真に守るべきものを模索するケップ。
 あの夜明けの中で石を投げて叫んだのはあの場にいた全員だっただろうか。―そうではなかったはずだ。
 束縛する暗色の鎖は断ち切られた。村は開放されたのだ。
 きっと今度は、道を誤ることはないだろう。自分たちにできることはここまでだ。
 未来は、彼らに託す。
 微笑みを浮かべて、セインは告げた。
「はい。―それでは、私はそろそろ帰ります。恐らく明日にはこの村を発つと思いますので。ケップさんにもよろしくお伝え下さい。」
 立ち上がり頭を下げる。
 彼に、そして村人たちに自分は嘘をついている。真実が知られることはもうないだろう。
 だが。ソロボが過去を背負うのならば、自分もまた偽りの罪を喜んで背負おう。人々を見守る光にこの胸の痛みも捧げよう。
 全ての迷いを乗り越え、顔を上げたセインの表情は晴れやかだった。
 ソロボも微笑みを返す。窓を離れてゆっくりと歩み寄り、セインの目の前に立った。
 その手をそっと取り、細い両手で包み込む。
「ありがとう。そなたらの行く先に光の加護があらんことを…達者でな。」
 祈りの言葉を捧げて柔らかく握った。
 暖かな手だった。
「はい。どうか、お元気で。」
 セインが答えて笑顔を見せた。
 それを見つめるソロボの微笑もまた、穏やかで満足したものだった。


 昼下がりの小広場。
 後ろを歩いていた二人がそれぞれ曲がり角の先に消えたのを確認して、ミーアはおもむろに立ち止まった。
「…さて、どうしようかな。」
 盗賊のアジトでの戦いを終えてようやく村にまでは戻ってこれた。その際に、ナシィはジンスの家に赴くと言いセインは神殿に行くと言った。だから自分のことは気にしなくていいよう、二人に対して適当に寄り道するとは答えておいた。
 とはいえそんなあてなどない。
 このまま真っ直ぐ宿に戻ってもいいが、二人にああ言った手前すぐに戻るのも少しだけ癪な気がする。
 何かないかと辺りを見回す。
 と、ある建物が目に入った。
「…一応、報告は先にしておいてやった方が親切かな…。」
 独り言を呟き、髪の毛をくしゃりと乱す。
 そしてため息を一つつくと、ミーアはその建物に向かって真っ直ぐだがひどくゆっくりと歩き出した。

 その建物は相変わらず陰気な重々しさをまとっていた。
 ただ状況が状況なだけに、張りつめた雰囲気が外にまで滲み出ているのをかすかに感じた。
 もうここに来たのも何度目になっただろうか。数える気もせず、ミーアはさっさとその重い扉をノックした。
 いつもと同じくくぐもった、だが今回ばかりはひどく急いだ足音がすぐさま聞こえる。
 扉を開いて出てきたのは見知らぬ男だった。
「―あんたは、あの冒険者の…。」
 そこから先の言葉を出せずにいる男に対し、ミーアはきっぱりと告げた。
「盗賊どもは全て殲滅したわ。後始末は任せたわよ、自警団さん。」
 それを聞いた自警団員は目を丸くし、次の瞬間慌てて詰所の内部に駆け出していった。
 無人の玄関。足元にはまた砂埃。ただし、今度は扉が開かれていた。
 ミーアは少し待った後、こちらに向かってくる人影がないので中に足を踏み入れた。
 少し遠くから騒ぐ声が聞こえる。どうやらさっきの男が団長か誰かに報告をしているのだろう。
 その声が響いてきた方に更に進み、ミーアは一つの扉を勢いよく開いた。
 扉の向こうでは中にいた全員がその音に驚き振り返っていた。
 鎧や武具を身に着け、いつでも戦いに赴けるようにはしていたようだ。緊張した面持ちが並ぶ。
 だが、どこか気だるそうな雰囲気がかすかにその底にあった。
「…自警団の連中ね。」
 入り口に立ったままミーアが尋ねる。
 それには奥で椅子に座っていた男が立ち上がって答えた。
「あ、ああ。それよりも盗賊たちを倒したって本当か…?」
 どこかうかがうような物言い。
「嘘ついてどうするってのよ。ええ本当よ、盗賊どもは全員倒してきたわ。」
 それがかすかに気に触って、ミーアは冷たく答えていた。
 一瞬、沈黙した間が生まれる。
 男たちは互いに顔を見合わせたが、その間から徐々に喜ぶ声が生まれてはきた。
 しかしそれは小さなものだった。全体を通して見れば、喜んでいる者より戸惑っている者の方が多いようなありさまだ。
 ミーアは心のどこかで苛立ちが高まるのを感じた。だがとりあえず報告に来た以上は、伝えるべきことは全て伝えなくてはなるまい。
「で、後始末を頼むわ。」
 男たちの目が再びミーアに集った。
「盗賊のうち死んだ奴らはアジトの外にほっといたけど、生き残った奴らは縛って一部屋に押し込んであるから。適当に処理しておいて。」
 その目の中に不明瞭ではあるが反発するような光があるのに気づいたのは、言葉を言い終わった後だった。
 だがミーアはそれきり口を閉じ彼らを静かに見つめた。自警団員はまた顔を見合わせていたが、ミーアの言葉を聞きその後の対応について相談…というよりはただの感想の交換を始める者も現れてはいた。
 やるべきことはこれで一応済ませた。後のことは彼らに任せておけばいいだろう。この苛立ちの理由も、ここさえ出ればもう自分には関係なくなる。
 ミーアは開けたままだった扉から外に出ようと後ろを向いた。
 その瞬間、かすかな声が聞こえた。
「―面倒なことをしてくれやがって。」

 頭上の猫の耳を立て、ミーアは振り返った。
「…今、何て言った?」
「え?」
 男たちは突然のミーアのその言葉に戸惑った。
 だがミーアはそれには構わず部屋の中まで早足で入り、腕を振り上げると中央の机を殴りつけて叫んだ。
「面倒なことをしてくれたって言った奴はどこのどいつよ!」
 その場の全員に向けて怒鳴った。
 絶対に聞き間違いではない。記憶に刻まれた、忘れ難いあの言葉を間違えるわけなどない。
『面倒なことを…』
 自警団の男は確かにそう言ったのだ。
 ミーアは呼吸を数回して息を整えた。その間、居並ぶ男たちからは返事はなかった。仕方なく順に見回しながら睨みつけていく。しかしこの男たちは半ば怯えたように身をすくめるばかりで誰一人口を開こうとはしなかった。
「名乗る勇気もないの?それに他に聞いてた奴も隠すつもり?」
 苛立ちと怒りを隠そうともせず、ミーアは声を荒げた。
 その時、部屋の片隅に立っていた一人の男が一歩前に出た。
 隣で気の弱そうな男が二人ほど彼を止めようとしていたが、それらを気にも留めず男はミーアに向かって言った。
「俺だよ。ああ、面倒だって言ったさ。それが文句あんのか?」
 また見知らぬ男だった。だが鎧姿とこの部屋にいたことから自警団員であることは間違いない。
 何より、彼ははっきり自分だと答えていた。
「…ふざけるんじゃないわよ。」
 ミーアは一言呟くと、その男へと詰め寄った。
 止めようと手を伸ばす者が何人かいたがその全員を跳ね除ける。
 そして右手を伸ばし、一瞬でその男の胸倉を掴んだ。
「面倒だ?それがあんたたちの仕事でしょうが!」
 早業に男は驚いたようだったが、ミーアの言葉には皮肉げな笑みを唇に浮かべてみせた。
「それはその通りだな。だけどよ、お前らがここに来て勝手なことしなけりゃ、あいつらとも仲良くやってけたんだ。それを台無しにしておまけに仕事まで増やしやがって。」
 そう答えて毒づく。何故か、周囲からは何の言葉もなかった。
 同意を示す者もいないが、否定をする者もいない。
 ミーアは襟を掴んだ右手を握りしめた。
 男の顔に始めてかすかな焦りが浮かんだ。
「お、おい。何だよ。俺は何もしてないぜ?無抵抗な村人に冒険者が手を出すのかよ。」
 うろたえたようなその言葉に、ミーアは心の中で何かが切れるのを感じた。
 質問か。ああ、答えてやる。
「なめてんのもいい加減にしなっ!」
 同時に、男の体をすぐ後ろの壁に叩きつけた。

 場に緊張が走った。
 壁に叩きつけられた男は気を失い、その場に倒れた。その姿を目にして自警団の中の何人かが青ざめる。
 もちろんミーアは手加減はしておいた。肋骨にひびぐらい入ってしばらく痛い思いをするかもしれないが、命に別状はないはずだ。
 だが男のくずおれたその姿を目にしても、ミーアの苛立ちは治まってはいなかった。
「あんた、どういうつもりだよ!」
 団員の誰かが叫んだ。
 ミーアは振り返った。今の声が誰のものかは分からなかったが、構わずその場の全員を睨み返して答える。
「見ての通りよ。」
 冷たく凍った一言だった。
 脇にいた別の男が顔色を変える。
「てめえ―いいかげんにしろよっ!」
 反射的な叫び。それを合図としたかのように、何人かの男が一斉にミーアに向かって駆け出した。
「やるんなら来なさい!盗賊に媚びへつらうような自警団なんか叩きのめしてやるわっ!」
 答えて腰に下げた武器を床に投げ捨てる。
 そしてミーアは拳を握りしめると、目の前に突っ込んできた男の顔面に叩きつけた。
 乱闘は一瞬で始まった。
 自警団のうち半数はすぐさま扉から外に出ていった。怯えて逃げた者、あるいは他の部屋に助けを呼びに行った者。
 だが残りは全てミーアに襲いかかった。彼らも武器こそは持たなかったが、数に物を言わせ周囲から囲むようにして攻めてくる。
 ミーアは先ほど男を叩きつけた壁を背にして一人で対抗した。次々に近寄ってくる男を殴りつけ蹴り上げる。
 もちろん男たちの腕前は、冒険者として長年の戦いを生き抜いてきたミーアとは比べるまでもなかった。だがミーアにはついさっきまで盗賊を相手どっていたための疲れがあった。更に自警団の男たちの人数自体もかなりのものだ。
 狭い部屋の床に気絶した男たちの体が横たわっていく。その一方でミーアの体のあちこちにも打撲傷が増えていった。
 それでも、ミーアが十数回目かの拳を振り抜き今突っ込んできた男が倒れた瞬間―もう部屋の中には他に立っている者はいなかった。
 相手がいなくなったことに気づき、ミーアが荒い息を吐く。
「…ふざけてんじゃ、ないわよ。」
 呟くと、殴られた顎が痛んだ。
 ようやく落ち着いて部屋を見回す。そこには十数人の男が狭い部屋の中で重なるようにして倒れていた。
 強張った拳をほぐそうと開く。
 その時、扉の向こうから駆け寄る足音が聞こえた。
「―まだいたのっ!」
 反射的にミーアは扉に向かって駆け出していた。
 しかし傷の痛みと興奮で普段の明晰さを欠いた頭では、その足音が一人分のものだと気づくことはできなかった。
「ミーアさっ…!」
 相手の姿を確認するよりも先にミーアは拳を振るっていた。
 胸元を殴られてその男が後ろに吹っ飛ぶ。
 そのまま廊下に倒れる。彼が自分の名を呼んでいたことに気づいたのは、その後だった。
「…って、レヴィシオン!」
 目の前の彼を見てミーアは思わず声を上げていた。
 そこにいたのは、ついさっき村の入り口で会って村長の所に向かわせたはずのレヴィシオンだった。
 彼は痛む胸を押さえながらではあるがどうにか体を起こすと、ミーアを見上げて言った。
「ミーアさん、いったいどうしたんですか!」
「どうしたって…。」
 自分を心配するようなその物言いと問いかけに、ミーアは戸惑った。
 内心はともかくその様子に気づいたレヴィシオンが言葉を続ける。
「帰ってきたら、何か冒険者が一室で暴れていると騒ぎになってました。詳しい話を聞いてミーアさんだと分かって、それでとにかく急いで来たんです。いったい何が…。」
「…。」
 ミーアは何も答えられず、黙っていた。
 レヴィシオンはそれに怪訝な目を向けたが、立ち上がるとミーアの脇を抜けて彼女が出てきた部屋を覗き込んだ。
「…!」
 一目見て絶句したようだった。
 彼がもう一度振り返ったのを見て、ミーアは言った。
「―ちょっと、許せないことがあってね。」
 ぽつりと呟くようなその声音にはかすかに苛立ちと悔やむ響きがあった。
 それらを目にしてレヴィシオンの顔にも戸惑いが表れたが、それでも彼は再度聞いた。
「許せないって、何があったんですか?」
 ミーアは視線を外した。自警団員が横たわる部屋を見つめて、また沈黙する。
 しばらく考えた後再びレヴィシオンに向き直った。固くつぐんでいた口を開く。
「自警団の仕事って何?」
 静かに聞き返した。
 突然のこの問いかけに、レヴィシオンはかすかに驚きを見せたが、すぐに答えを返した。
「村を守ること、だと思います。」
 少し頼りない言い方だったが、明確な答えだった。
「…そうよね。」
 ミーアはうなづくと、もう一度部屋の中を見つめた。
 横たわる男の一人がうめき声を上げる。武具を身に着け戦う力をもっているはずの自警団員だ。
 この村においてあの取引の必要性が存在したことは否定しない。だが、彼らはそれを何の迷いもなく受け入れていた。それを壊した冒険者を逆恨みするほどに。
 彼らが何よりも守るべきでありながら見殺しにした犠牲者のことを、思いもせず。
 倒れる自警団を見下ろし、ミーアは吐き捨てるように言った。
「―村の少女一人も守れないで、何が自警団よ。」
 部屋の中に入り、投げ出した荷物だけ回収する。
 ミーアはそのまま踵を返して石造りの通路を歩き出した。
 後ろからレヴィシオンが何か言っていたようだったが、それには構わず彼女はこの建物から出ていった。


 教えられたのは村外れの一角だった。
 地面に並ぶのは小さな土山とその上に備えられた墓標だ。
 その端に、まだ掘り返したばかりの湿った土でできた土山があった。
 大きさは他の物よりひどく小さい。そしてその上に置かれた墓標も一時的に代用したらしい木製のものだった。
 ならされてもいないままの表面に小さく書かれた文字がある。
 ―イディルス・フォールハルディ。
 ナシィは村人に尋ねて案内された、イディルスの墓を見つめていた。
 不意に吹いた風がかすかに砂を散らす。
「…すみません。」
 ナシィの目には深い悔やみがあった。
「僕らを許してくれとは言いません。ただ…せめて今は、祈らせて下さい。」
 うつむいたその顔を、風に広がった黒髪が隠した。
 イディルスの死―それはつい昨日の午後、自分たちが彼を薬で眠らせて放置していた間のことだった。
 あの状況で睡眠薬を使うのは間違った選択ではなかった。彼がその日のうちに目覚めることも全くの予想外だった。そして、彼が目覚めて取った行動の責任は彼自身にある。
 それでも。仮定など何の意味もないことは分かっていても。
 ―自分たちには彼の死を防ぐことができたのではないだろうか、その思いはナシィの内から消えてはいなかった。
 漆黒のベールがほつれ落ちる。
 彼の墓を見下ろす横顔には、自分を責めるような険しさがあった。
 ナシィはその場に跪くとそっと土山に触れた。
 ほぐされ柔らかくなっていた表面がかすかに沈む。湿った土は、夏の日差しにさらされて温かさを宿していた。
 自ら作った影の上で血に染まった右手が光に照らされる。
 そのまま目を閉じた。
 祈りの姿勢。唇はかすかに動いて言葉を形作っていたが、外に放たれた音はなかった。
 静寂の中で再び吹いた風が髪を揺らす。
 その祈りは、時間にすれば短かった。全てを紡ぎ終えた口が閉ざされる。
 目を開けたナシィは手を離し立ち上がった。
 そしてまた静かに墓を見下ろしていたが、不意に感じた気配に振り返った。
「―こちらにいらしていたんですか。」
 その先にいたのはセインだった。

 まとう神官服は薄汚れていてもなお陽光に白く輝いていた。日に透けた髪がかすかに赤みを見せる。
 彼女は杖をつきながらゆっくりとナシィに歩み寄ってきた。
「セインさんも話を聞いて?」
「ええ。…ソロボさんに伺いました。」
 問いかけには短い答えが返される。
 神殿でのソロボとの別れ際に、彼はイディルスの遺体―正確にはその頭部だけだが―を埋葬したとセインに教えてくれた。その場所を聞いて真っ直ぐにここへやってきたのだ。
 セインはナシィのすぐ横まで行くと、正面に向き直って足元の墓を見下ろした。
 そこには小さな茶色い土山があった。上には一枚の木の板が置かれている。厚い板には、彼の名が黒いインクで記されているだけだ。
 とりあえず急いで作られたような仮の墓。今イディルスが眠っているのはその下だった。
 セインはうつむき、唇をきつく結んだ。髪が肩からこぼれて地面を指す。
 その横顔に浮かんだ悲しみの表情にナシィは気づいたが、無言のまま見守っていた。
 沈黙の中、おもむろにセインは手にした杖を土山の上にかざした。
 掲げた右手に左手を重ねる。静かに瞳を閉ざし、口を開いた。
「光よ(リト)―、」
 表情から悲しみが薄れて敬虔なものへと変わった。
 祈りの言葉が一つずつ丁寧に唱えられる。それはかつて村での葬式の時に詠唱されたものとは異なり、自らの言葉で神に呼びかけようとするものだった。
 隣でその姿を見つめるナシィも言葉の示す意味を理解することはできた。死者への鎮魂の祈り。その魂が光に導かれ、慈しみを受け安らかになることを願う。
 光たる神こそが彼の魂に安らぎを与えてくれるのか、それはセインのように神を信じてはいないナシィには分からなかった。
 だが一つだけはっきりと分かったことがあった。イディルスは思いを果たすことなく亡くなった。だから、真に目指すべきは彼の敵討ちではない―彼の意志を継ぎそれを成し遂げること、そしてそれこそがイディルスへの償いであり鎮魂のためになると、そうナシィは感じた。
「―汝の元に光があらんことを(イ・ウォルド・リト・ト・ベ・ウィツフ・ヘ)。」
 聖像を刻んだ杖が地面に下ろされた。
 セインは瞳を開くと、次いでナシィに振り向いた。
 その顔から絶望にも似たあの深い悲しみは消えていた。
「…ナシィさん、そろそろ宿に戻られますか?」
 そこにあるのは日常。祈りを終えて、もう普通の声での問いかけだった。
「そうですね…ええ、その方がいいでしょう。それにミーアさんにここのことを伝えねばなりませんし。」
 ナシィはそう答えながらイディルスの墓をもう一度見下ろした。
 自分たち三人の中で彼のことを一番気にかけていたのは恐らくミーアだろう。彼女に何も言わず先にこの場に来たことを、少し申し訳なく思った。ただミーア自身は先ほど寄り道すると言っていた。自分のように村人に聞いてここを訪れていたのならよいのだが。
 セインも同様にその静かな目を墓に向けた。

「…あれ。あんたたち、来てたの?」
 次の瞬間突然聞こえたその言葉に、ナシィとセインは同時に振り返った。
 そこにはいつの間に歩いてきたのか当のミーアが立っていた。
 あまりのタイミングの良さに二人ともが一瞬絶句する。
「ミーアさんこそ、宿に戻ってたんじゃ…ってその怪我はどうしたんですか!」
 問い返そうとしたナシィはその様子を目にして更に驚いた。
 何故か顔に殴られたような跡があった。よく見れば左手もかばうように腹部に当てている。
 セインもそれに気づき、すぐさま駆け寄った。
「大丈夫ですか!光よこの者の(イ・アセ・リト)…」
「魔法はいいわ。気にしないで。」
 素早く杖をかざして早口で呪文を唱え始めたセインに対し、ミーアは首を横に振ってきっぱりと不要を告げた。
 その言葉にセインは一旦詠唱を止め彼女を見上げた。
「ですが…。」
 それでも傷を気にしてまだ魔法を留めていたが、それを遮るようにミーアは彼女の杖を持った手に触れて言った。
「いいから。…この傷は、このままでいいのよ。」
 そっと離される。
 同時にわずかに視線を落として呟かれたその言葉に、セインは何かの強い意思を感じその手を下ろした。
 杖に宿っていた光が消える。
「それはともかくとして。二人はもう墓参りを済ませたの?」
 ミーアは顔を上げると、セインのその仕草を無視するかのようにいつもの軽い声で二人に向かい言った。
「あ、はい。」
 ナシィとセインが共にうなづいて答える。
 すると立ち止まっていたミーアはまた歩み寄った。
「これがその墓ね…ちょっとごめん。」
 真っ直ぐイディルスの墓へと近づく。その表情には彼を悼んでの悲しみが交じっていた。
 察して一歩脇に退いたセインの横でミーアは土山を見下ろした。
 一瞬その目が鋭くなる。
 だが次の瞬間、ミーアは跪くと墓の木板に指先だけ触れて瞳を閉じた。
 沈黙のまま短い黙祷を捧げる。
 横顔はひどく静かだ。しかしそっと当てられた指先だけは、その場にいる誰にも見えないほどではあったがかすかに震えていた。
 ナシィとセインがその背を見つめる中、ミーアはすぐに立ち上がった。
 息を一つ吐き振り返る。
 再び見せた楕円の瞳には悲しみも後悔もなかった。
 すぐ目の前で自分を見つめている二人に向かって、ミーアははっきりと告げた。
「―さて。これから、どうする?」
 ただ真っ直ぐに前だけを見つめる目で。
 そこにはもう、過去への悔恨も死者への同情も生者への憤りも未来への迷いも、何一つ残っていなかった。
 吹いた風が、紫の前髪を揺らした。

 どこまでも晴れ渡った空は眩しいぐらいに青い。
 光の下、ナシィはそのミーアの瞳を見つめて答えた。
「ここで果たすべきことは全て済みました。…もう、旅立つ時です。」
 足元の墓を振り返ることなく。
 セインもうなづいた。
「ええ。私たちができることはこれで全てです。―これ以上は私たちにもできないし、村の方々も望まないでしょう。」
 見上げてはっきりと答える。
 二人の表情にももう揺らぎはなかった。
 ミーアの唇に笑みが浮かぶ。
「分かってるなら話が早いわ。明日にはここを出ましょう。」
 そう言って目を遠くに向けた。
 そこにはウニートの村が広がる。通りには家から出てきた人々の姿があった。
 開放された村。彼らが選ぶ道は今までよりは楽ではないだろうが、少なくとも不当な苦しみはもう二度と生まれないだろう。
 全ての歪みは未だ消え失せてなくとも―歪みを正そうとする人たちだっているのだから。
「ですが、これからどちらへ向かうのですか?」
 セインが二人を順に見つめて問いかけた。ミーア、そしてナシィに。
 その言葉にミーアの表情から笑みは消えた。瞳がナシィに向けられる。
 そしてナシィもまた厳しい顔をして、答えた。
「目的地は明確には分かりません。ですが―」

 燃え盛る炎の向こうから聞こえた、最後の言葉。
『ああそうだ、ナシィ。遊び足りないのなら西へ来てよ、街で待っててあげるから。』
 マッドはそう言って姿を消した。
 高笑いを残して。

「―僕はあの男を追います。」
 そう力強く告げた。

 ナシィのその宣言に、彼をじっと見つめていた二人もうなづいた。
 ミーアは再び唇に笑みを乗せて言った。
「あいつには色々と借りがあるしね。今度会ったら、決着をつけないと。」
 強気な言葉は自分にだけではなく周りに向けてのものでもあった。
 彼がもたらした悲劇に多くの者が苦しめられた。プリーヤも、ジンスも、この村も、そしてイディルスも。
 過去はもう変えられない。だが罪には報いを。怒りは決意としてこの胸に刻み込んだ。
 セインも真剣な眼差しで続ける。
「それに、彼が魔剣を扱っていたのですから。急いで止めさせなくてはなりません。」
 未だ癒えざる傷の痛みに瞳には悲しみがあったが、その顔に怖れはなかった。
 あの時なされた選択が全て正しかったとは今も決して思えない。だけど、その必要性もまた確かに存在している。
 現実と理想の狭間。信仰が目指すべきありかた。答えを探す旅はまだ途中なのだから。
 二人の目に迷いはなかった。真っ直ぐにナシィを見つめている。
 そこにあるのは確かな意志を持ち、何かを目指そうとする強い決意に満ちた瞳だった。
 ナシィの口元に小さな微笑が浮かんだ。
 かすかな羨望、その元となる歪みを自覚してはいたがその感情自体を否定することはできない。
 笑いは自分に向けてのものでもあったが―だが、自嘲するようなものではなかった。
 その姿を見ていたミーアが彼に笑いかけるようにして言う。
「目的地は不明確でも少なくとも行く先はあるわよね、ナシィ。」
 それを受け止めてナシィも強くうなづいた。
「ええ。」
 その方向を振り返る。

 今の自分に残されたたった一つの目的。
 あの誓いを果たすまでは、例えどれほどの傷を負っても前に進むことを決めた。
 恐れられ、怯えられ、嘲笑われようとも。
 背負う物もまた多いだろう。だが、少なくとも今は…一人ではない。

 目の前には続いていく大地。
 今、自分と共に歩もうとする仲間たちに向けて、ナシィは言った。

「西へ―。」

 青く澄みきった空の下、眩しいほどの光が三人を照らしていた。


                        〈終〉

あとがきのたぐいのおまけ。   by.いづみ。

…というわけでっ!“Black Light−2.−appearance−”はいかがでしたか?
ああもうやっとホントに終わったよ!おめでとー!…と自分に叫びたい気分でいっぱいのいづみです。こんばんわ。とにかくまずはここまで読んでくれた全ての人にありがとうです。
いやあもう泣きたいって感じ。というか今回はもう皆様に謝らなくてはならないことが盛り沢山ですから。そういうわけで感動やらごめんなさいやらいろんな涙を流しながらさっさと本題に入りましょう!(速)
まずは。とにかく遅れて遅れてごめんなさいっ!(謝)…ええもうホントに遅れました今回の作品は。思い起こせばずいぶん昔に『10月には書き上げるからねー★』とかぬかしていたにもかかわらず、それからぜーんぜん執筆が進まずに、11月までには、年内には、正月には、三月には、と〆切をどんどこどんと破りまくったあげくに四月になってようやく完成ですから。結果として公開は当初予定より半年ほど遅れてということになりました。とにかくもうこれに関しては本当にごめんなさい。ええ、途中で現実逃避を繰り返してSFCのRPGを5本ほどクリアしたり古い自分の作品を読み返したりとか色々しちゃいましたが…うわあ最低だよこいつ!(死)
次にいこう。えー、やたらとダラダラ長い話でごめんなさい(疲)。ってゆーか、本文の合計が146Pだぁ?!文字数にして19万字っ?!(驚)そりゃ長引きもするわなぁ…って、それとこれとは別問題だ。ちなみに前回のB.L.−1は本文87Pの文字数11万でした。…あ、1.5倍越えてら(爆)。まあ問題なのは字数ではないですよ。内容。ってゆーか実のところ文体に困ってるのよホントに!(嘆)喋りと地の文のバランスも取らなきゃいけないし描写だって必要だしかといって冗長な文はうざったいだけだし!そんな感じで最近また自分の文章に嫌気がさす日々を送っております。とほほ。執筆の時にも、一通り書いて見直しに入ったところで「ここが微妙におかしいよ!」「ここも直さなきゃー!」とかいう泥沼の中に入り込むはめになっちゃったし。最後はもう妥協に近いのコレ。疲労と頭痛で泣きそうでした(涙)。でも書くんだけどさ。ただ、今回の話なんかは特に前半がダルかっただろうなー、と反省。話の展開上仕方なかったとはいえ、さすがに第一章が実質導入だけってのはひどすぎました。華やかな見せ場もありゃしない。…ああ、ちゃんと最後まで読んで下さった方々は本当にありがとうございましたですな。
さてまた次。主役が全然目立ってなくてごめんなさい(酷)。いや前回の話でセインちゃんが目立ちまくったというかむしろ真の主役(というか表の主役かも)になってたんで、だから今回はもー少しナシィに頑張ってもらおうと思っていたのに…あれ?(笑)気がつけばやっぱりセインがかなりの活躍を致しておりました。ううむこれが彼女の人徳か。ってゆーかナシィのキャラか。(え)まあミーアさんに関してはやるべきことをしっかりやっているのでオーケーかと。…やっぱりナシィの影が薄いのか?(哀)
―だがしかーしっ!(叫)ナシィに目立ってほしいとお嘆きの皆さんご安心を。実は次回の予定として、何とナシィの敵役である『あのお方』を出してみようかと思っております。ああこれならきっとナシィも暴走してくれるでしょう(違)。まあ少なくとも今よりは目立てる…と信じてます(弱)。乞うご期待。
んじゃそのまた次。ゲストをまた殺しちゃってごめんなさい(危)。いや全くもってひどい話だ。前回セインの片思いの相手を殺しただけじゃ飽き足らず、今回もまた出てきたキャラを殺しちゃうとは。…あ、今回はモデルとかそういうのはないんでご安心を(笑)。でも、プリーヤは話の上で必要だったから仕方ないとはいえ、イディルスのあれはないよなあ…。どちらも惨殺したことには変わりないけど(おひ)。いや、これは私が悪いんじゃない!全てはあの新キャラが悪いのであって(略)。
あ、そーだよこいつだ!てなわけで何かとんでもない新キャラを出してしまってごめんなさいですうけけのけ(狂)。まあ、あのお方はおいそれと出てこないから実働役が必要だと思って作りました…って本文で一応明記はしてないネタをここでばらしてどーすんだ自分っ!(愚)まあさすがに見当ついてるだろうから別にいいか。ちなみに特定のモデルはいませんが、何か今回の話のアイデアを練っている時に見たキャラクターで2つぐらい思い当たるのがいる辺りがちと微妙かと。…でもこういう愉快犯的な悪役って最近たまに見るよね?(言訳)
…とりあえず謝るべきネタはこれで終了かと。色々とごめんなさいでした。まる。
それでは業務的な報告!というか今後の予定について。とりあえずこの後は愛する後輩たちのとある一人との約束を果たすために長編を一本書きます。ってゆーか何と某所で話題になったサーク先輩の過去話!そしてメインキャラは実在の人物(含自分)をモデルにした奴等ばかりで更にびみょーに実話を絡めつつ青春チックにお届けする予定!…うう、ひょっとしたら私、サーク先輩というかあの人に殺されるかも…(怯)。でその後はまだ未定だけど時期的にはB.L.−3になるかな?ただ今年の夏は私免許を取るつもりなんですが…とりあえずまた公開まで半年以上の覚悟もして気長にお待ち下さいませ。(コラ)余裕があればTB以外の旧作のリメイクにも取りかかりたいところなんだけどね。多分FCが先になるでしょう、あれなら短いし。あとサークルの方は一年間のブレイクを置いたのでまたB.L.世界の短編を復活するつもりです。さーてこっちもネタ探ししなくちゃー(困)。
はい、今回もやっぱり色々語っちゃいました。というかこのあとがきって絶対読み辛いだろうな…でもやめる気はないけど(悪)。まあ細かいことは気にしないで笑って流してください。なーにどうせあとがきなんておまけにすぎないんだ、そもそもこれ自体が「あとがきのたぐいのおまけ」にすぎないんだし(こら)。
で、ここからちょっとだけ愚痴。最近は進路のこととか色々考えることが多くて、こうした執筆活動をいつまで続けられるのか時々不安になります。今のように趣味に贅沢に時間を割くこともできなくなるし…(プロになる気はない)。せめて、いつかは持ちたやマイサイト(願)。それなら少なくとも発表の場がなくなることはないだろうからね。まあのんびりやっていけたらいいなあと思ってます。
ではいつものよーに締めの挨拶!感想、イラスト、その他何でもお便りをお待ちしております。どしどし送って下さいな。
次のあとがきでまたお会いしましょう。ごきげんよう、またねー★
                                            <終>

P.S.馬乗りシーンのポーズを考察するためにお泊り会の時に協力をしてくれた愛すべき後輩たちよ、どうもありがとう(笑)。












 裏ではないけど裏話。

今回の裏話は、話の中でも様々に出てきている「ライセラヴィ」について少々説明してみようと思います。
宗教的な心情から内部組織に至るまで色々と、現在決まってるところまで(笑)。

Q.そもそも「ライセラヴィ」とは何ぞや?
・一言で言えば「光」を崇める宗教。(ただの光―“light”としてではなく一つの存在として)
 この世界を造った造物主である光を崇拝し、世界を乱すものである魔を忌む。
 そして人を守れし光の化身たる「天使」の意志を継ぎ、世の中の平和と安定を守ることを重んじている。
 …だから世界を支えるための秩序と正義をその旨としている。そして魔物や悪とされるものに対して容赦がないため、信者の数同様に批判も多い。冒険者の間の蔑称「魔物殺しのライセラヴィ」は有名。

Q.この世界(B.L.世界)においての位置づけは?
・現在の舞台であるイムプリカ大陸における最大の宗教。大陸の西部を中心として広まっている。
 起源は約1300年ほど前の降魔戦争の直後。この時実際に「天使」が現れたとされている。
 なおこうした神に対する信仰(ライセラヴィやファルなど)は人間の間でしか行われていない。
 …宗教としては最大であるが、そもそもエルフやハーフキャットといった異種族は信仰していないし人間の間でも大半の人が信じているというほどのものでもない。ちなみに政教は基本的に分離してます。

Q.ライセラヴィの組織や制度はどのようなものか?
・聖都は大陸西部のリーヴェランス。ここに中心となる大神殿があり、信徒全ての長たる教皇がいる。
 多くの都市や街には神殿が、小さな村などには分神殿があり、布教の場として開放されている。ある程度の大きさをもつ神殿は修行場としての修道院を有することが多い。
 身分制度は上から以下の通り。
 教皇  …統治者。全ての信徒の長にして、「天使」の代理人としての立場を有する。
 大司教 …都市を中心とした神殿の長。
 司教  …司教のすぐ下。町や村などの分神殿の長を勤めるのもこの地位。
 僧/巫女…神殿の運営や仕事などを担当する。一般的な神官は皆この地位。上から順に一位〜五位までに(四位以上は準の位もある)分かれている。呼び名が男女で異なり、男は僧、女は巫女。
 一般信者…位を持たない普通の信者。誓約を行い神殿に入ると五位の僧/巫女の資格を得る。
 …都市の神殿クラスになると組織としての内部制度も整っている。まず神殿内部で働く内務と外での仕事に携わる外務に大きく二分されており、更に内務は円滑な活動のために部門などに分けられている。

<ぼやきのコーナー>
とまあ現在決まってるのはたったのこれだけだったり(少)。
…はい、作者の勉強不足です。すみません。
宗教的な部分は基本的に特に信仰のない作者には難しいところです。TrueBeliefを書いたときにもそれをしみじみと感じました。
ちなみに。現在の舞台は「イムプリカ大陸」と書きましたが…他の大陸とかはまだ考えてません(爆)。
ってゆーかこの大陸や世界自体の設定もまだろくにできていないのでどうしようかってところです。国とか統治制度とか。そろそろしっかり作らないとまずいよなあ…。
少なくとも宗教に関する基本イメージとしてはキリスト教をもってきてます。まあ西洋系ファンタジーだとどうしてもベースがそこになりやすいよな。その参考資料は高校の時の資料集だけど(笑)。

それでは今回の裏話はこれにて。また次回〜。


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