運命の輪に乗って

ばぶこ

「だから、何故そうなったのかと聞いているんだ」
 困惑した表情で立ちすくむ彼女に、国語教師は堅い表情で問い詰めた。
「いいか青山、先生はな、別にお前が昨日の現代文のテストをサボったことや、わくわくランドで遊び呆けていたことを怒っているんじゃない。ただ、なんでテストをサボって遊園地なんかに行っていたのかと、その理由を聞いているんだ」
「だって…」
 強面の教師に詰め寄られ、彼女は恐る恐る口を開いた。
「昨日のラッキースポットが、遊園地だったんです」

 青山なのは、十六歳、高一。
 彼女は、占いを信じていた。
 もちろん占いを信じる人など世の中には山ほどいるだろう。しかし彼女は本格占星術からテレビの血液型占い、下駄占いによる天気予報に至るまですべてを心から信じ、実行していたのだ。
「ああ、今日は佐野先生に怒られて散々だったわ。やっぱり今日のパソコン占いによるラッキーアイテムの十七インチ超高画質液晶ディスプレイをおもちゃテレビで代用したのが悪かったのかしら……」
 彼女はいつもカバンの他に大きなスーツケースをひとつ持ち歩いていた。この中にはありとあらゆる『今日のラッキーアイテム』が詰まっているのである。ある時など、『今日のラッキーアイテム:浴衣のおばあさん』と書かれた雑誌を見てスーツケースにおばあさんを詰め込んで歩いていたら、巨大な荷物を引きずる女子高生を不審に思った警察官に呼び止められ「その中身は何だね?」「人間です」というかなり危険な会話をする羽目になってしまったこともあった。
 と、ぶつぶつを文句を言いながら歩く彼女をふと呼び止める声があった。
「お嬢さん、ちょいと占っていかないかえ?」いかにもいんちきそうな姓名判断士である。
「占い?それはいいわ、是非占ってくださいな」
「よしよし、お嬢さん、名前はなんと言うんだね」
「青山なのは。青い山に、『なのは』はひらがなよ」
「どれどれ。んー…この名前はこんにゃく運がよくないねえ。このままだとこんにゃくゼリーをのどに詰めて死んでしまいかねないよ」
 いかにも嘘くさいでたらめを並べ立てる占い師。しかしなのははそれを聞いて真っ青になった。
「ええっ!それは大変。どうしたらいいの…?」
「そうだね、名前の画数をあと一画ふやして九画にすればこんにゃく運は最高になるよ」
「わかったわ。私、これから『なのほ』と名乗ります。……早速市役所に行って戸籍を変更してこなきゃ。占い師さん、ありがとう!」
 そしてなのはは、いや、なのほは意気揚々とその場を去った。
 とにかく、彼女はことごとく占いを信じていたのである。


 ある日、なのは改めなのほは足取りも軽く通学路を歩いていた。
「なのほーっ!」
「あ、美香ちゃん、おはよ♪」
「なのほ、機嫌いいね。何かいいことあったの?」
「ふふふ、聞いてくれる?」
 なのほは嬉しそうに微笑むと、かばんの中から一冊の占い雑誌を大切そうに取り出した。
「今日ね、私、運命の人に出会う日なの。運命の人は獅子座のB型、優しくて包容力のあるタイプ、ですって!」
「ああ、またいつもの占いね…。うん、会えるといいね」
「会えるわよ。だってこの本にちゃんと書いてあるんだもの」
 そういって大事そうに雑誌をぎゅっと抱きしめるなのほ。と、その時。
「なのほ、危ないっ!」
「え……?」
 キキ――――――――――――――ッ!!!

「大丈夫ですかっ!?」
 自転車から降りた青年が慌てて駆け寄る。
「すいません、今日日直なのに遅刻しそうで急いでて…怪我とかしてませんよね?」
「ええ、大丈夫だけど、それより…」
 なのほはやっとのことで起き上がり、散らばった荷物を拾い集めると言った。
「あなた、血液型は?」
「え…Bですが…でも輸血するほどの怪我は」
「何月何日生まれ?」
「え?えっと八月の一日……どうかしましたか?」
 彼女は先ほどの雑誌を手に取ると、確かめるように慌ててページを繰る。
「あれ、その本…」
「え?」
「占い、お好きなんですか?」
 なのほはびっくりしたように顔を上げた。
「あ、はい!…すいません、あなたがあまりにもこれに書いてある「運命の人」にぴったりだったので…」
 おずおずと言うと、彼はにっこり微笑んで言った。
「実は僕も占いに凝ってましてね。今月の運勢は「思いがけぬ出会いあり」、ラッキーワードは「前方不注意」なんです」
「まぁ!」なのほはそれを聞いて顔を輝かせた。
「間違いないわ!こんなことってあるものなのね!…私は青山なのほ。あなたは?」
「あ、横山浩史って言います。よろしく」
 そして呆然と立ち尽くす美香をよそに、二人は仲良く占いの話で盛り上がりながら去っていったのであった。


「ヒロシ、聞いたぞ!青山さんとつきあうことになったんだって?」
「まぁね」
「しっかし、世の中すごい偶然もあったもんだよなぁ。運が良かったな、お前」
 ため息をつく友に浩史はにやりと笑った。
「偶然?違うね」
「なんだよ。まさか運命だなんて言うんじゃないだろうな?」
 友の怪訝そうな顔を横目に、彼は一息つくとおもむろに言った。
「僕、実は前から彼女のこと気になってたんだよね。ま、彼女の方は僕のこと知らなかっただろうけど」
「うん、それは知ってる」
「で、彼女の占い好きはこの学校では知らない人の無いほど有名だ」
「うんうん」
「そして、僕は彼女があの雑誌を読んでることを知っていた」
「……ってことは、まさか…」

 占いは当たるも八卦外れるも八卦、信じる信じないは人の自由。
 そして「当てる」のも……

 ※御利用は計画的に。


END.

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