御嬢物語

ばぶこ

御嬢物語一・あるオジョーの一日
御嬢物語二・オジョー誘拐される
御嬢物語三・オジョードアを開ける
御嬢物語四・オジョー電車に乗る
おまけ。


御嬢物語一・あるオジョーの一日


 あるところに金持ちのオジョーがいた。彼女は世間一般に言われる所の「箱入り娘」だった。彼女の身の回りのことはすべてねえやとばあやがやってくれていた。よって、彼女は家事をしたことがなかった。
 ある日、彼女は思った。このままではいけないわ。私も女の子だもん、家事くらいできなくちゃ。
「そんなわけで、あなた達今日一日、休んでいいわ」彼女はそう言ってねえやとばあやを家に帰すと、早速初めての家事に取りかかった。
「ええと、まずはお洗濯をしましょう。」洗濯といっても、彼女の家には最新式全自動洗濯機があるので洗剤を入れてスイッチぽん、でオーケーなのだが。
「まずは、このコートを洗いましょう」彼女は何を血迷ったか毛皮のコート(時価数百万円)を洗濯機にぽいと放り込んだ。
「えっと、洗剤は…あ、これかしら?」彼女はそばにあった台所洗剤を取り上げると、プラスチック容器ごと洗濯機に放り込んだ。
「後はスイッチを押すだけね・最近の洗濯機は簡単でいいわ。」だったらその簡単な機械くらい使いこなせ。この後彼女のコートがどうなってしまったかはご想像にお任せする。洗濯機はがたごととものすごい音を立てて「あなたは間違っている」と主張していたが彼女は気にもとめなかった。
「次は、お夕飯の買い物にでも行きましょう。」彼女はそう言うと、ゴールドカードを三枚ポケットに入れて家を出た。
「今日は…そうねえ、庶民の味、トンカツに挑戦しましょう」彼女はるんるんと鼻歌をうたいながら店にたどり着いた。
「すいませぇん、お肉下さいな★」
「肉ぅ?そんな物はないよ」
「どうして?」
「ねーちゃん、八百屋ってのは野菜を売るとこなの。わかる?うちにあるのは『畑の肉』くらいだね」
「んー…じゃ、それでいいですぅ。支払いはカードで。」
 数分後、彼女は大豆500グラムを手に道を歩いていた。
「おかしいわねえ。何でこうなったのかしら…」ぶつぶつと文句を言いながら歩いていると、今度こそ肉屋に到着した。
「すいませぇん、お肉下さいな」
「へいらっしゃい!どの肉にします?」
「えーと、一番高いやつで」
「まいど!じゃあこの超高級しゃぶしゃぶ用松坂牛で!」
「それ500グラム下さいな 支払いはカードで」
 こうして彼女は無事肉を買い帰路についた。って…トンカツってのは豚肉で作るからトンカツというのであって…それ以前にしゃぶしゃぶ用の薄い肉でどうやってトンカツを…まあいいけど。それよりよく肉屋でカードが使えたな。
 とにかく、彼女は家につくと、悲鳴をあげている洗濯機を無視してトンカツ(?)を作り始めた。
「ええと、まずはお肉に衣をつけなきゃね。えーと、どうするのかしら。確か…そうだ、パン粉を使うんだわ。パン粉、パン粉…パン粉ってどこにあるのかしら…いいわ、手作りしましょう」彼女は朝食用の食パンを取り出すと、焼きもせずいきなり包丁でぶった切り始めた。包丁など初めて使う彼女であったが、数十分の格闘の末何とかパンはバラバラになった。
「よし、でーきたっ」それは「粉」と言うには程遠い物であったが、彼女は満足してそれをベタベタと肉につけ始めた。「あれ、なんだかうまくはりついてくれないわねえ…」もちろんこの彼女が小麦粉・卵・パン粉の順を知っているわけがない。「そういえば、ご飯粒をつぶしたら糊になるって聞いたことがあるわ」彼女は彼女にしてはまあまあましなんじゃないかなという程度のことを思いつくと、苦労の末何とかパンを肉にくっつけた。もはや彼女が何を作ろうとしているのかは本人にしかわからない。
「よし!あと少しで完成ね。後はこれを、えーと…どうするんだっけ。焼くのかしら?…あーん、せっかくここまでできたのにイー…」いや、できてないと思うぞ。てゆーかここまでなら小学生でもできるぞ。…と、その時彼女にとっては天の助けとも思えることが起きた。
「お子さまのお弁当に、『ミニミニトンカツ』はいかがでしょう?何と、レンジでチンするだけで、あっという間にトンカツの出来上がり!朝の忙しいときでも簡単にできる『ミニミニトンカツ』、お値段は…」
「なあんだ、レンジでチンすればよかったのね!」彼女はその冷凍食品のコマーシャルを見るとためらいもせずトンカツ(?)を電子レンジに入れた。そして数分後、そのなんだかよくわからない食べ物はついに完成した。
「ふふふ。私でもやればできるって事ね。」
彼女は満足して、そのトンカツもどきをおいしそうに食べた。家事って結構簡単かもしれない。今度はお掃除に挑戦しようかしら。…そうだ、このトンカツ少し残しておいて、明日ねえやとばあやに食べさせてあげよう。きっとびっくりするわ。
 そんなことを考えながら、彼女の一日は終わりを告げるのであった。


御嬢物語二・オジョー誘拐される

 私、一条麗美。世間ではオジョーだとか何とか言われてるけど、ごくふつーの女の子よ。でも、おうちにいるといっつもねえやとばあやが遊んでくれる。それはうれしいんだけど、たまには一人でお外へ行きたいときもあるのよね。
「ねえばあや、きょうは、かくれんぼをしたいわ」私は試しに言ってみたわ。
「わかりました、お嬢さま。ではいきますよ。いーち、にーい・・・」
その隙に、私は部屋を飛び出した。
 一人で街を歩くなんて初めて。これからどこへ行こうかしら。
「お嬢ちゃん、ちょっと、いい物あげるから、一緒においで」あら、ステキな男の人。でも、確か知らない人が何かあげるって言ってもついて行っちゃだめですよってばあや言ってたわ。
「ごめんなさい。知らない人が何かくれてもついて行っちゃいけないって言われてるの」
「じゃあ、何もあげないからおいで」
「え?」困った。それならいいのかしら?ええと、ばあやはこういう時どうしろって、言ってなかったわよね。うーん、どうしましょう。でも、だめって言われてないって事は、きっといいって事よね。
「わかったわ」私はそのお兄さんの車に乗り込んだ。

 「おじょうさま、おじょうさまー!」
「あら、ウメさん、どうしたの?」ばあやの尋常でない叫び声を聞きつけてねえやが駆けつけてきた。
「ああ、お嬢さまがかくれんぼの途中でいなくなってしまったのです」
「なんですって!?まさか一人で外にいらしたんじゃ・・・」
プルルルルルルルルルルルルッ
「はい、一条でございます。・・・ええっ!?・・・はい、わかりました、どうもありがとうございます・・・」
「どうしたの、ウメさん!?」
「お嬢さまが、誘拐されたみたいです。変な男の車に乗るところを見たって近所の人が・・・」

 「ねえ、これからどこへ連れていってくれるの?」私はお兄さんに聞いてみたわ。
「静かにしな。お前は人質なんだ」お兄さん、いきなり訳の分からないこと言い出した。
「何?人質って、どういうこと?」
「こういうことだよ!」お兄さんは車を止めて、携帯電話を取り出すと・・・
「おい、一条家の奴か?よく聞け。お前んとこのオジョーを預かった」

 電話にでたのはばあやだった。
「お嬢さま!お嬢さまは無事なのでございますか!?」
「心配すんな、殺しちゃいねえ。今日の五時までに、身代金1000万円持って緑公園に来い」
「1000万円だって!?そりゃあ・・・」
「高すぎやしねえだろ?」
「ばか言うんじゃないよ、安すぎるっていってんですよ、仮にも一条家のお嬢さまが、たったの1000万円だなんて・・・」
「な・・・なんだと・・・?」予想外の展開にたじろぐ犯人。ていうかばあや、一体何考えてんだ。
「よし。じゃあ・・・・・・ひゃくおくまんえん持ってこい!いいな、五時までだぞ!」
がちゃん。と犯人は半ばやけくそ気味に電話を切った。

 やっとわかったわ。このお兄さん、お金が欲しいのね。
「ねえ、どうしてそんなにお金が欲しいの?」
「ふん、お前みたいに何不自由なく育った奴にはわかんねぇよ」お兄さん、私を誘ってくれたときとは態度ががらりと変わっちゃった。私、何か怒らせるようなこと言ったかしら?
「会社は首になるし、彼女には逃げられるし、家族にはお前なんか息子じゃねぇって言われるし・・・そんな気持ち、お前にはわかんねえだろ!」
ううん。ちょっとわかるかもしれない。ひょっとして。このお兄さん。
「お友達が、欲しいの?」
お兄さんはびっくりして目を丸くしてこっちを見た。
「お金があったら、お友達が増えるって訳じゃないわよ」
「うるせえ!」
「ねえ、私、いつもねえやとばあやとしか遊べなくって、お友達が欲しかったの。私とお友達にならない?」
「お前・・・」
お兄さんは、いきなり、わっと泣き出した。

 「困りましたわ」「困りましたね」ばあやとねえやの会話である。
「ひゃくおくまんえんって言われても・・・」「用意のしようがありませんわね」
はあ、と二人はため息をつく。
「警察に電話しましょうか」
「いや、そんなことしてお嬢様に万が一のことがあっては」
「じゃあ、どうします?」
はああ、と二人は再びため息をついた。その時。
ぴーーんぽーーん
「あら、お客様かしら?こんな時に・・・はいはい、どなたですか?」
「ただいま、ねえや」
「お、お嬢様!?」

 「ごめんね、ねえや、ばあや、心配かけて」
「お嬢様、ご無事だったのですね!」
「で、犯人は・・・」
「犯人?なんのこと?」
「だって、お嬢様、誘拐されたんじゃ」
「私はただ、お友達と遊びに行っただけよ」うん。これ、うそじゃない。
「でも、電話が・・・」
「まあいいじゃないですか、こうしてお嬢様も帰ってこられたんだし」
「まあ・・・ウメさんがそう言うなら・・・でもお嬢様、これからは外に出るときは、ちゃんと私たちに言って下さいましね!」
「うん。ほんと、ごめんね」

 一週間後、お兄さんからお手紙が来た。
新しいお仕事が決まって、まじめに働いてるみたい。がんばってお金稼いで、偉くなって、家族を見返してやるんだって。
迷惑かけて悪かった、反省してる、って。うん。私、怒ってないよ。楽しかった。
ばあやにはたっぷり怒られちゃったけど。でもやっぱり、また一人で遊びに行きたいな。
ただし、何もあげないって言われても、もうついて行かないようにしなきゃね。


御嬢物語三・オジョードアを開ける

 はじめてドアにぶつかったのは小学生の時だったわ。それまで、家のドアはいつもねえやが開けてくれたし、学校やお店は自動ドア。ドアを開けた事なんてなかったんだもん。だから、いつも通りドアに向かって歩いていって、バタン!ってぶつかったら、そりゃびっくりするわよねえ。
 その時初めて、ドアは押せば開くことを知ったわ。その発見はなんだかとても楽しくて、それから私はドアを見つけては押して開けるようになったの。
 でも、ある日どんなに力一杯押しても開かないドアに出会ったわ。思いっきり押しても、体当たりしてみても、どうやっても開かないの。鍵がかかっているのかしら?と、そこにちいさな少年がやってきて、軽々とドアを押し開けていったの。
「ねえちょっと、坊や、今どうやってドアを開けたの?」私は驚いて尋ねたわ。そしたら。少年不思議そうな顔をして。
「姉ちゃん、そんなのも知らないの?こうやってね、ノブをつかんで回せばいいんだよ」って。言われたとおりやってみると、ほんとにいとも簡単に開くじゃない!なるほど、こういう仕組みだったのね!おうちに帰ってねえやに報告したら、にこにこして聞いてくれたわ。「それはよかったですわね、お嬢さま」って。私うれしくて、ますますドアを開けるのが好きになった。
「ねえや、これから、うちのドアは自分で開けるわ。もう開けてくれなくていいわよ。」
「わかりましたわ。ドアに指を挟まないよう注意して下さいましね。」

 それからもいろんなドアに出会ったわ。ノブを回すかわりにレバーを下げるドアとか、ボタンを押して開けるドアとか。押して開かないときは引いたら開くって事も知ったわ。ドアにもいろいろあるのよね。同じドアでも、入るときは押したのに、でるときは引かなきゃいけないの、なんだか不思議。
 そしてまた、どうしても開かないドアに出会ったの。押しても引いても、ノブを回しても、引っ張っても、どうやっても開かなくて、どうしていいかわからない。私の力が足りないのかしら?鍵のついている様子もないし、開かないはずがないんだけど。
 でもどんなに一生懸命押しても開かなくて、しかたなくばあやに助けを求めたわ。そしたら、ばあやは笑って、優しく教えてくれた。
「お嬢さま、こういうドアは、横にスライドさせたらいいのでございますよ。」

 ドアって奥が深いわね。


御嬢物語四・オジョー電車に乗る

 「申し訳ございませんが、お嬢様」運転手は言った。「今日はどうしても抜けられない用事がありまして、学校までお送りできないのでございます」
「わかったわ。じゃあ今日は電車に乗っていくことにする」
「すみません。くれぐれもお気をつけ下さいませ」

 さて。オジョーこと一条麗美は、突然の試練に困惑し…
「一人で電車に乗るなんて初めて☆なんだかわくわくするわ」
…困惑していなかった。大丈夫なのだろうか。
 とりあえずオジョーは駅に向かった。通勤者達が自動改札機にせっせと定期券を入れて通り抜けていく。
「なるほど、あそこにカードを入れればいいのね」彼女は自信満々に改札機に向かい…

ぴーんぽーんぴーんぽーんぴーんぽーんぴーんぽーん

「え?何?何?」突然の出来事にオジョーはあわてふためいた。
「おかしいわねえ…金額が足りなかったのかしら」…ん?
「あの、お客様」駅員が現れた。「すいませんが、クレジットカードではお乗りになれません」
「どうして?ゴールドカードよ?」
「そういう問題ではありませんでして…」
「金額が足りないの?」
「いえ、ですから、切符を先に…」
「あらそう、じゃあそれくださいな。支払いはこれで」
「いや、ですからカードはご利用になれませんでして…」

 十分ほどの議論の末、やっとこさ彼女は改札を抜けることができた。
「ふう。電車に乗るって結構大変なのね」
いや、そんなことはないと思うのだが。
『電車が到着いたします。白線の内側におさがり下さい』
「あ、いよいよだわ。ふふ。電車なんて久しぶり」
 しかし彼女の目の前に現れたのは、彼女の旅の思い出にある優雅な電車ではなく、地獄のような通勤ラッシュの満員電車であった。
 扉が開き、あっという間に彼女は人の波に押し流された。
「きゃあー、ちょっと、やめてよ、押さないでってば、あーれーーーー」
 扉が閉まり電車が出発したときには、彼女は改札口のそばまで押し流されていた。
「なによこれ、こんなのに乗れるわけないじゃない!」
しかし彼女はめげなかった。そして、六度目の挑戦でやっとこさ電車に乗り込むことができた。
「ふう。これでやっと学校へ行けるわ」と、その時。
『扉が開きます、ご注意下さい』
電車が一つ目の駅に着いた。
「あーれーーー」
彼女はまたしても怒濤のような人の波に押し流され、あれよあれよという間に電車を降りてしまった。
「もう!この駅で降りるんじゃないのにぃっ!」
そして彼女はこの後これを三回繰り返す羽目になる。

 「やっと…つい…たわ……もうだめ…」
彼女が学校へたどり着いたのは、授業がすべて終わった後のことだった。<


おまけ。

レシピ〜オジョー風トンカツもどきの作り方☆


○材料(3人分)
 最高級しゃぶしゃぶ用松坂牛・・・500g
 食パン・・・・・・・・・・・・・2枚
 御飯粒・・・・・・・・・・・・・・適量


○作り方
 1.食パンをみじん切りにします。みじん切りが無理ならぶつ切りでもかまいません。
 2.御飯粒をつぶして糊状にします。
 3.2.の御飯粒を使って食パンを肉に貼りつけます。
 4.レンジでチンします。
 5.できあがり。おうちの人にも食べさせてあげましょう。


○注意
 肉は肉屋で買いましょう。くれぐれも八百屋で「畑の肉」などを買ってはいけません。


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