うぉ〜ず
おたく戦争
(不審部6人リレー)   第6章 (6/6)


「へっ……!?」
 頭の中が真っ白になる。意識が遠のいた。
 が、茫然とする暇すら、僕には与えられない。彼女、否、彼が、一気にハンドルを引く。機体が急旋回し、あやうく落ちそうになった僕を、彼が片手で支えた。一方の手のみで器用にハンドルを操作している。
「しっかりつかまっててよ。」
「へ?」
 目をぱちくりさせる僕に向かって、彼は力強く言い放つ。
「このまま一気に突っ込む、副部長を……倒す!!」
 その言葉が終わるや否や、機体が急激にスピードを上げた。いっそ心地よいほどのスピード。風を切る音が妙に痛快だ。
「これ、不良品じゃなかったっけ?」
「私の技術(テク)の前に不良品もへったくれもないのよ!!」
 自信に満ちた笑顔で答える。今、空から降り注いでいる真夏の太陽の光のように、眩しい。
 青い空、輝く機体。
 新鮮な感動が、僕の体を突き抜ける。
 かつて、翼持たぬ人間のための人工の翼を生み出した兄弟たちも、味わったものなのか。
 遥か西の大陸から花の都を訪うた飛行士も、感じたことなのか。
 眼下にあにめ部の部室が見えてきた。
「私につかまって。」
 とりあえず、彼の言葉に従う。
「手、絶対に放さないでよ。」
 彼の手がハンドルから離れ、体をしっかり抱きかかえられたかと思うと、彼は席を勢いよく蹴りとばし、僕の体とともに、空中へとダイブした。
「うっ、うああああああ!!」
 カッ
 小気味良い音とともに、開け放したままであった部室の窓から飛びこんだ彼の体は、見事に床に着地した。
「こ、これは……」
 会計も僕も絶句した。部室の床には、意識を失ったあにめ部員たちが、市場のマグロのように転がっていた。副部長唯一人を除いて。その副部長の傍らには、あのオギワラとスーツ女が慇懃に控えていた。
 嫣然と笑う副部長の前に会計が立ち、彼女を見据えた。
 毅い、真っ直ぐな視線。
 佳人二人の対決である。
「正体を……現したわね、副部長。」
 会計が、苦々しげに言った。
「あら、今更何ぁに? あなただって気づいていたのでしょう? いつも何だかだと理由をつけて私につきまとって、私の邪魔ばかりして。会計になったのも、そのためだったのでしょう?」
 カツカツと音を立てて、彼女が会計に歩み寄る。
「あなたのおかげで、このパソコン部裏部長ともあろうものが、随分と梃子摺らされたものよ。今日上手くいったのだって、あなたが消えてくれた御陰。感謝しなきゃね、そこの下っ端クンに。」
 彼女――裏部長が、チラリとこちらを見た。何か言い返してやりたかったが、何の言葉も出ては来なかった。
「みんなを……みんなをどうするつもりなの?」
 せせら笑うように、裏部長が答えた。
「別に、殺しやしないわ。ちょっと酔ってもらうだけよ。」
「酔って……?」
 会計が怪訝な顔をした。
「そう、酔ってもらうのよ。今、皆睡眠薬をかがせて眠らせてあるわ。眠らせたところで無理やりお酒を飲ませる。あとは酒ビンをその辺に転がして先生を呼んで来るだけ。後であなた達が何を言っても飲酒を誤魔化す言い逃れにしか見えないわね。あにめ部は最低でも何日かの活動停止、以後は学校の信頼も生徒会の信頼もガタ落ちってわけ。」
 裏部長がニッと笑った。
「何てひどい……」
「何とでもお言いなさいよ。さて、そろそろあなた達二人も始末しなくちゃね。さあ、やっておしまい!」
「御意!」
 スーツ女とオギワラが声を揃える。あっという間に僕はオギワラに取り押さえられてしまった。スーツ女がハンドバッグから茶褐色のビンを取り出した。
「彼を放しなさい!」
 会計がスーツ女に跳びかかった。会計の怪力の前にスーツ女はあっさり床に押さえつけられる。茶褐色のビンが彼女の手から落ち、コロコロと床を転がった。
 僕も負けじと反撃を試みる。会計がスーツ女をすっかりのしてしまう頃には、こちらの方の形勢も逆転しつつあった。
「さあ、諦めなさい、ぱそこん部裏部長。あなたのところの部室は、既に私が破壊してきたわ!」
 キッと裏部長を睨みつけ、会計が宣告する。が、裏部長は動じない。余裕の笑みを崩さぬまま、内ポケットに手を差し入れた。
「出でよ、ぱそこん部必殺最終秘密兵器・MGPCCE!!」
 ぽちっとな。
 裏部長が取り出した赤いボタンを押すと、何やら怪しげなBGMが流れ、続いて地響きが起こった。
「な、何だ!?」
 驚く僕の耳に、さらに生徒たちの悲鳴が届く。
「見て!」
 会計が校庭を指さす。見ると、校庭にパックリと穴があき、そこからまるで特撮映画のような金属製の大怪獣が、姿を現していた。校庭では、部活をしていた生徒達が、阿鼻叫喚して逃げまどっている。
「フフフ……どう、驚いた? これが我がぱそこん部の必殺最終秘密兵器・メカゴジラぱそこん部エディション、略してMGPCCEよ!!」
 高らかに宣言する裏部長。オギワラといえば、「おお、ついに……」などと声を詰まらせつつ、目を潤ませている。スキをついて殴り倒してやった。
「やった……!」
 少し得意な気分になる。
 が。
「危ない!」
 会計の言葉を認識するより先に、僕の体は裏部長の放った投げ縄に捕らえられ、あっという間にぐるぐる巻きにされてしまった。
「下っ端クンはしばらく大人しくしていらっしゃい。」
 裏部長の声。嗚呼、僕って一体……。
 これで1対1。だが、こんな巨大怪獣を有する向こうの方が、明らかに有利だ。
 裏部長がリモコンを操作する。
「行けっ、アルゴリズミック・ロジックボードビーム!!」
 MGPCCEの眼が光り、青白い閃光が会計目がけて放たれたが。が、彼はそれをひらりと躱す。第二第三の攻撃も、彼は難なく躱していった。
「へえ、なかなかやるじゃない。でもね……」
 裏部長が、大きく息を吸い込んだ。
「あっ、あそこに『牛乳無料キャンペーン実施中』の看板が!!」
「何っ!!」
 会計が振り向いた、その刹那。
 青白の閃光が、会計の体を射た。
「会計!!」
 その場にくずおれた会計を、裏部長が見下ろす。
「お気の毒。会計の哀しさね……。知ってるわ、あなたの弱点。貧乏クラブでお金に苦労してきたものだから、『無料』だの『割引』だのっていう言葉には弱いのよね……。」
「一つ聞くわ。どうしてこんなことを……」
 薄れゆく意識の中、会計は裏部長に問うた。
「あなたなら分かるでしょう? お金よ。お金が欲しいの。あにめ部が評判を落として予算を削られれば、その分多少ともぱそこん部にも入ってくる。これが狙い。ウチ、いつだって火の車なのよ。秘密兵器開発にもお金がかかるし。かといって何年も前から大量の時間と労力とお金をつぎ込んできたこの計画を、この悲願の成就を、捨てるワケにもいかなかったしね……。」
 一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女は表情を曇らせた。
「でも、赤貧生活ともこれでおさらばよ。あなたは私たちの部室を破壊したと言うけれど、そんなもの学校側に訴えればすぐに新しいものを揃えてくれるわ。勿論、あなた達の弁償金でね。オンボロ機材をタダで買い換えられるし、あにめ部の評判を落とすのにもいい材料になるし、一石二鳥、ホント有り難いことをしてくれたものだわ。」
 ホホホと、裏部長が勝ち誇ったような笑い声を立てた。
「そん……な、こ……と……」
 もう声を出すのが精一杯の状態で、それでも会計は立ち上がろうとする。だが、もう戦う力など、無いに決まっている。
「へえ、まだやる気? しょうがないわねぇ……。燃料費をくうけど、特別にとどめの一撃を差し上げようかしら?」
 哀れみのこもった目で、会計を見下ろす。
「くそっ、何か武器に、いや防御でいいから使えるものは……」
 イモムシ状態のまま、周りを見回す。が、僕のそばにあるものといえば、アニメ雑誌、フィギュア、プラモのパーツ、わけの分からないボタン、ペットボトルに入った謎の液体……到底役立ちそうなものとは思えない。
「ぱそこん部必殺最強究極奥義・ハイパー・アルゴリズミック・ロジックボードビーム発射用意……」
 MGPCCEの眼が赤く光る。
「ちくしょう!!」
 足元に転がるガラクタ類を、思いきり蹴りとばした。
「発射!!」
 視界が紅くそまる。
「会計――ッ!!」
 絶叫する。もはや何の意味もないけれど。
 が、次の瞬間、僕は意外なものを見た。
 僕たち二人を包む、紅い半球の空間。その外には、頭部からケムリをあげるMGPCCEの姿があった。
「紅の、結界……」
 会計が小さくつぶやく。
「おそらく、紅の結界が作動して……それで……ビームがはね返されて……」
 呆然とする僕に説明してくれた。
「なるほど、自分で自分のビームを浴びた、ってわけか。」
 壁際に転がる赤いボタン。僕が蹴りとばしたものだ。
 おそらくはこれが、紅の結界の起動スイッチだったのだろう。
「あ、ああ……そんな……」
 裏部長がガタガタと震えている。そのまま床にへたりこんでしまった。
「おい、お前……」
 一つどなりこんでやろうとする僕を、会計が制した。
「え、会計……?」
「分かるのよ、私にも。私にも……」
 会計が、少し笑ってみせた。
「私にも、ね……」
 そう言って、彼は意識を失った。



「あらあ、このまんまじゃ共和国軍負けるっきゃねーだろ、って感じなんだけど。」
「まあ、それはないんだろうけどな。」
「でもオギワラってそういうときでもあのまんまのペースだよねぇ。そーゆーとこ好きなんだよなあ、僕。」
 部室では、いつもの通りののん気な会話が交わされている。いつもと違うのは、2つ。副部長がいない。そして、会計がいない……。
 こっそりと皆のあいだから抜けだし、部室を出る。そろりと戸を閉めると、表へ出た。
 外は真夏。一歩表へ出ると、たちまち強烈すぎるほどの光に包まれる。
「ごめんね……」
 ふと、会計の声が、脳裡に響いた。
「わたし、小さいころからずっと、女の子向けアニメが大好きだったの。でも、そんな男の子って、いつもヘンな目で見られるから。それで……」
 女の子の、フリをしていたの。
 男性用の入院室のベッドの中の彼は、そう言った。
 結局あのあと、僕以外のあにめ部員は全員、入院した。みな、病院に一晩泊まって帰っていったが、会計だけは、今も入院中だ。見舞いには、何だかんだと理由をつけて、僕一人しか行っていない。ちなみに、ぱそこん部とは、あにめ部員の入院費用をあの計画に携わったぱそこん部員が支払い、ぱそこん部の機材を会計が弁償するということで、示談がついた。
「でも、結局、みんなを騙して、あなたを傷つけて……」
 ごめんね。
 俯いてそう言われて、僕は何も言えなかった。
 そんな僕を気づかったのか、殊更に笑みを浮かべて、彼は言った。
「私、退院したら、カミングアウトしようかと思って。どうせこんな嘘、いつまでも続けられるワケがないし、ちょうどいい機会だもの。ねえ……」
 許してもらえるかしら。
 受け入れてもらえるかしら。
 こんな私を。男の私を。
 みんなは。あなたは。
 あなたの想いには応えられないけれど、それでも……
 精一杯に笑って、精一杯に頷く。
 それが、僕に出来る全てだった。
「それでも、か……」
 まだ、心の整理はつかない。どうすればいいかも分からない。
 けれど、とりあえず今出来ることを模索する。
 空を見上げる。眩しすぎる真夏の太陽。そう、あの日と同じに……。
 そうだ、病院じゃなかなかテレビを見られないじゃないか。会計、きっとつらいぞこりゃ。とりあえず、アニメを片っ端から録画して、それから、見舞いに行った時にはおもいっきりアニメの話ができるように、いっぱいネタを仕入れて……。
 まずは調査と研究から。いつ、どのアニメをやっているのか、どんな内容なのか、自分はどう考えるのか。
 特に、女の子向けアニメを中心に。
 おっしゃっ、あとは実行あるのみ!!
 目をほんの少し眇めて、僕は思いきり駆け出した。

(了)


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