(タイトル未定)(2001年度新歓リレー企画)   第2章(2/6)


「汝らは我がえさ。ただそれだけの存在に過ぎないのだ」
マドラスの表情はさだかでない。うつむいている。
唐突な声だけが、あまりにも明瞭であった。喉をかっと開いた、朗々と響く声。あまりに明瞭で、逆に発声した『人』の見えぬ……。
「マドラス?」
友の奇行には慣れたロランも、これにはうろたえて見えぬ顔をのぞき込む。
ばっ、と爆発するような空気のカタマリを正面から吐きかけられた。マドラスの目も口も、丸く見開かれて、赤い。
────!?
『異様』に直面し、思わず後じさろうとしたとき。
当惑が、次いで熱が、ロランを襲った。腹の下で、熱がふくれあがり、ぬめってあふれだす。自身の臓物を意識した。
追って来る痛みと目の眩みにしたがって視線を落とす。
剣が。刃だけではない。いかなる力によるものが、絡みついた血液と布でとに、突きたてられねじこまれていた。
つか柄を突き出してマドラスである筈の体は低くかがんでいる。
「なぜ…だ…」
ロランの問いに、呼気と血が混ざる。
「俺にたくすのではなかったのか…」
「そうだな」
凶器と血が、ごっそりと腹から抜き出された。ひざから力が失せる。けいれんが脱力に変わる。
「ならば…」
布と肉を散らしながら、刃が振り上げられた。
「くれてやろう」
振り下ろされた。
(なぜだ…?)
ロランの最後の問いであった。
(あのマドラスが、なににとらわれた…?!)
 ぷつぷつと毛穴から空気が弾け出すようであった。
 ぷちぷちと泡が弾け伸びる音を全身に感じた。
 血管をごうごうとざわめきが流れた。
(樹液…)
 突飛な言葉を脳裏に浮かべて、彼は目を覚ました。自分の名を知らない。
開いた視界は暗い。暗い部屋。のぞきこむ少女の長い髪でさらに暗い。
「お前はなんだ」
「カレヴィア」
「俺はなんだ」
「ロランに根づいたもの」
ロランという名は知らない。
「俺はなにをする?」
「マドラスだったものを壊すの」
知っている名であった。
「マドラスはどこに去った?」
「囲みをみな殺して出て行ったわ」
「マドラスがか?」
「いいえ、私の敵が」
淡々とした問いと答えであった。自明の予定を読み上げるように。
「それはなんだ」
「邪悪よ」
「お前は、なんだ」
「邪悪の敵よ」
カレヴィアが手をさし出した。彼も血に濡れた手で応える。
この小さな手は知っている。ことは単純ではない。
マドラスは邪悪に喰われた。よかろう。カレヴィアはその敵だ。
よかろう。邪悪を追わせるためにロランの敵に種とやらを植えた。
よかろう、だが。
『ロラン』が記憶している。
刃に貫かれる直前。後じさろうとした時の当惑の正体。
小さな手がロランの背を押した。
眼を閉じて、長く息を吐く。口にしても無意識なことだ。
彼は立ち上がり、ロランを名乗ることにした。


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