「100%理想的じゃなくても」

お題一覧

第1章(Syi_nin) 機関銃、クナイ、きりたんぽ
第2章(jt) インノケンティウス3世、ドクダミ、渦巻き
第3章(丸もちタルト) 月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月、きりえ
第4章(椎名流) ルー大柴
第5章(雪村ぴりか) 津川雅彦、ブラッド(orブラッディ)、エクトプラズム・オーヴァーブースト、アノマロカリス、
第6章(雨野璃々) コートジボアール、龍のイシ、スケート靴
おまけ(今回使わなかったお題) 委任立法禁止説、バリスタ、ぽっくり病、死体、水底、神仏分離令、プリズン、など……。

序章

椎名流
   衝撃の方程式 あなたは14%
 7月30日、K大学所属の生命工学博士、N教授より恐るべき方程式が発表された。その式は人間の自己の割合を示すものであり、今後一般的な評価となることが予想される。

 式は非常に簡単で、「自己率=100―水分―体脂肪(%)」で表される。仮に体脂肪率が20%の人がいたとする。また、人の体に含まれる水分は一般に体重の3分の2と言われている。つまり、約66%が水分である。これらを代入すると、その人の自己率は14%ということになる。
 人体に含まれる水分の割合はあまり個人差がないので、自己率を決定するのは主として体脂肪となる。つまり、体脂肪が多ければ多いほどその人の自己率は低くなると言うことだ。
 また、N教授は次のようにコメントしている。体脂肪が多くなりすぎて自己が消滅してしまった人もいるので、皆さんがきちんと自己管理をし、決して消滅することの無いよう願っている、とのことだ。
リポート 椎名 流

第1章

Syi_nin

 いまの時代は発達した道具なんかに頼りがちだが・・・それが必ずしもいいわけではない。
 人間、今の時代、体を使わなくなったもんだ。コブシよりヒカリモノ、ヒカリモノよりチャカ、チャカよりマシンガン、んじゃあ次はミサイル・・・と、指先一つのアニメの歌のような時代になっちまった。お蔭で巷じゃ西洋かぶれの「まほう」なんつー絵空事の力を使った、いかにも手抜きのような設定のゲームなんかがおおはやり。体を鍛えたはずのやつらも訳わからない「はどう」とかなんとか、そう言ったモンだしてるし・・・邪道だよなぁ、あんなのぁ・・・。自分の力信じられないもんかね・・・。
 さっき話にちょっと出したマシンガン、機関銃だが。あれは確かに強いよ?人なんか簡単に殺せる。だけど、昔から使われている武器の一つ、クナイの使い勝手にはかなわないよ。「苦無」とは良く言ったもんさ。ホントに使い勝手が良い。武器としてだけでなく、道具としての使い道も大きいからね。使いなれた奴が使えば、だけど。…十徳ナイフみたいなモンかな?マシンガンなんて人殺すだけだかんね。持ち運びも不便、玉数もある、重い、壊れやすい、ダサい。ダサいは関係無い?いいや違うね。機能美ってもんがあるだろ?それが無いのは役に立たない証拠さ。・・・ああ、そうだ。そういや、人間頭も固くなったよな。だったらクナイの良さもわかるわきゃないか・・・。

 ま。今の世の中人間様って生きモンはダメになっちまったってことさ・・・。

 でもね、久々に聞いたんだよ、面白そうな奴のうわさをね・・・。どこだか流のなんたらいう古武術のセンセイらしいんだが。山篭りなんて当たり前、電気もない、ガスもない、水道も通ってない生活してるってんでさ、そりゃあ楽しみで楽しみで・・・。今までもいろんなお偉いセンセイ方と会ってきたし、そんな中には今言ったような奴もいたよ?・・・だけどさ、なんて言うか・・・予感、みたいなものが今回はあったんだ。こいつなら、ってね。あんまりワクワクして仕方なかったから下見に行ったんだよ・・・。こんな事までしたくなったのは初めてだったさ。
最初に見たとき、奴は鍋ものなんかを囲炉裏でやっていた。はふはふ言ってきりたんぽなんぞ食っていたね。うまそうにさ。着ているものはぼろだし、白髪もぼさぼさ。ながくのびた眉毛のかげにしょぼしょぼの目がついていてさ。もう年なんだろう、枯れ枝みたいな手で鍋物を不器用につつくあたりなんか一芸に秀でているようにはまったく見えなかったろうよ…、すくなくともシロウトにはね。でもよくよく見れば年の割に姿勢は正しい、目の付け方も常に視界を広く取っている、いつでも力の抜けた体はつまり、いつでも体を動かせる状態にある、そんな事がわかってくる。そしてもうちょっと細かいところに注意すると、だ。痩せた体にはまだ最低限の筋肉がついていること、鍛えた者特有の節くれだった関節とその周辺の一部の肌の変質――こいつは所謂コブシなどの一部だが――、それと変形しきって分厚くなった爪など、およそ、普通は見られない特徴があることもわかる。ぼろぎの間からのぞいている胸元には大きな傷跡…あれは刃物だろうね、そんなものもある。この辺は目のつけどころの問題さね。普通の奴が気が付かなかったって不思議じゃないよ。
 「人間率はつまるところ個人の水分量如何による」なんて馬鹿げたコト言ってた頭でっかちがいたみたいだけど…ある意味じゃ正しいだろうさ。水分に関わらず無駄な部分は少ない方がいいにきまってる。そういう無駄なところ削ぎ落としていったら、そして、必要なところを鍛えて行ったら人間、どんなふうになるのか。中国なんかじゃその意味でいい老人のイメージが強いところだけど、目の前の「枯れ枝じじい」はまさにそんな感じのじじいだったさ…。


第2章

jt

 俺は入り口のところで(無論、戸に鍵なぞ掛かっちゃいなかった)ぼうっと抜け目なく爺を観察していたわけだが、当然爺のほうも俺の気配にゃ気づいているわけだ。別に隠しちゃいなかったし。
 で、笑いやがった。
 それもくしゃみと区別のつかない調子で、ほとんど、クシャリと顔を折りたたんだってのに近い。でもってつぶやきやがった。
「ほう、威勢のいいのが居るの。丁度ええわ」
 掛かって来いってことだ。
 そうした。
 やめときゃよかった。
 薄れていく意識の中で、爺がつぶやく。
「元気は良いがまだまだ無駄が多いのお・・・・人間率が足らんよ」
 俺の人生でトップのやな予感が襲ってきた。そうなった。

 目を覚ますと、世界が白かった。ひとまず、状況を反芻する。
 俺は爺にしてやられた。
 極力無駄のない動きで、一直線の矢になって、俺は爺を襲った。爺は何をしたか。こつんと床をたたいただけだ。すると・・・俺の踏み込みが空振りした。続いて落下。
 落とし穴。忍者屋敷か。油断した・・・というか単なる理不尽だろう。これは。
 で、今寝てる俺。リノリウム張りの天井ってのは始めて見た。無駄に大きな照明がど真ん中にぶち込んであって、従って無駄にまぶしい。
 顔面が凝り固まって板になった感じで、いまいちまぶたの調整が利かない。片手で光をさえぎる。
 と、なぞの物体が目の前に現れた。
 材質。犬にやるガム。やたら硬くてゴムっぽくて骨っぽい、透き通ったような黄色い繊維質のあれ。
 形状。棒。先が五本に枝分かれしている。いくつか節が有って曲がる。まあ、単に折れそこなって端のところでかろうじてくっついているだけ、という感じだが。
 動き・・・そして正体!
 おい!!!
 俺は跳ね起きた。両腕を見下ろす。驚愕の鉤型に曲がった貧相な棒が二本、視界にそろう。・・・腕だ。
 さらに俺の体は軽かった。跳ね起きた勢いそのままぐるんと空中を一回転して前方展開。これじゃがきのおもちゃのゴム人形だ。おかげで、足と腰「らしきもの」が確認できた。出来れば見なかったことにしたかったが・・・。

 思いついたのは、ミイラ。俺は100年ぐらい寝かされてたんだろうか。んな馬鹿な。しかし、どう見てもこれは俺の腕・・・幻覚か。あのくそ爺、俺にヤバイ薬でも飲ませたか・・・。
「そうだ。落ち着け、俺!幻覚だ。心を細く絞ればこんな薬には俺は負けん!」
 声は情けなく甲高くひび割れている。幻聴だ!
「どちらでもない。お主は、生まれ変わったのだ・・・」
 爺がきた。

 爺は壁から出てきた。というか単に、空気の抜けるような音とともに壁が真っ二つに開いて、爺が入ってきたってことだが。
 一目見て、本性がわかった。
 ヒント1、意味不明な色のしみのついた白衣。
 ヒント2、目じりのしわが伸びるくらい見開いた眼にぎょろぎょろ回る鉄壷眼。
 ヒント3、重力無視して逆立った前髪。もしかすると眉毛。
 答え。
「マッドサイエンティスト・・・」
 言われて鷹揚にうなづく。
「理解のない奴らはそう呼ぶのお・・・」
 いや。理解だ。
「さて、自己紹介くらい済ませておこうか。わしこそが世界の頭脳。人間学の革命児にして正義の人体工学者、兇徒大学教授、プロフェッサー長松じゃ」
 どこかで聞いたような・・・K大学N教授・・・。
「そしてお主は、わしの開発した不要物排出促進剤、スーパーどくだみエキスXによって生まれ変わった、初の純粋人間。体脂肪ゼロ、水分ゼロ、人間率100パーセントの超人類じゃ!」
「どくだみ・・・」
 どくだみに呪いあれ。
 俺はまず鏡を要求した。信じたくない事実は、見てしまうに限る。

 鏡の中は、漫画だった。それも最悪級に手抜きの。書き方を教えよう。まず、大という字を書く。以上。終わり。
 あらかた予想通りだったが、まさか頭まで棒だとは思わなかった。二つ並んで張り付いた、干し過ぎでがちがちになった干しブドウ状のものは、ひょっとすると目なんだろうか。
「3つ、聞きたいことが有る」
「ほお、3つに絞ったか。なかなか見所の有る脳髄じゃのお」
「一つ目。その脳髄だが、俺の脳はどこに行った?」
「そこじゃ」
 棒のてっぺんを指差す。
「機能には大方支障はないが、体積は七八分の一にシェイプアップ終了しておる」
「大方・・・」
「ついでに言うと、肋骨や頭蓋骨の体積は考えても無駄じゃ。お主の体は、筋肉と骨の融合した完全人間成分百パーセントで構成されておる」
 いや、そっちの方は考えたくもなかったが。それのどこが人間なんだろうか。
「二つ目。この無駄なおふざけは何だ?」
 俺の、面積の限りなく少ない貴重な頬には、赤いぐりぐりの渦巻き模様が入っている。
「それこそが力の象徴!渦巻きが無駄のない力をあらわすことは19世紀の物理学者、ピエール・パチモンダックによって哲学的に証明されておる!」
 つまり、無駄なんだな。
「三つ目」
 絶叫する。
「なぜだあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 のどが枯れるまで叫びたいところだったが、なんせ喉は初めから枯れている。ついでに息も切れない。飽きるまで叫んでやめた。欠片もストレス解消にならない。
「理由は、自明じゃ。人間率百パーセントこそまさに理想!理想は科学と天才の手によって実現されねばならぬのだ!」
「手前を改造しやがれ!」
「馬鹿な!」
 でかい声がびりびりと俺の体に共鳴した。
「わしの脳髄の体積を減らせるものか!」
 はなから減らす余地もなく干からびていたらしい。
「それはそうと、じゃ」
 はいはい。
「お主には使命が有る」
 そうかい。
「お主は英雄として、悪の手から地球を守らねばならん」
 史上最低の変身ヒーローだな、俺。ん?
「もしかして、元の姿に戻れたりするのか?この変身」
「安心せい」
 爺はにやりと笑った。
「不可逆変化じゃ」
 そうかよ。やっぱりな。
「ただし、水を吸うと元の形に近くなって再び無駄が多くなる。まあ、乾かせばすむ話だが・・・気をつけるように」
 3分きっかりでもとに戻るに違いない。
「ともかく、じゃ。本題に戻る。お主は宿敵を倒さねばならぬ。正確に言えば、魔王復活の目論見を阻止せねばならぬ!恐るべき魔王、その名は!」
「信長、将門、弾丞」
 投げやりに予測してみる。
「違う!もっと恐ろしい!そやつの名は」
 ああー、何だろうねえ。
 爺のキチガイフェイスがマックスモードに到達し、その名が告げられる。
「イノケンティウス三世!」
「誰だ」
「旧ローマ教皇にして、世界史上もっとも恐ろしい悪の権化じゃ」
「いちおう聞くが、どの辺がどう恐ろしいのか具体的にいえるか?」
 人を生きたビーフジャーキー人形にする以上の悪行など、今は思いつかない。
「うむ」
 うなずきだけは重々しい。
「世界史の教科書を紐解けばわかることじゃ。並み居る偉人たちの中で、やつの恐ろしさは一目瞭然」
 世界史ねえ・・・何したやつだっけ、イノケンティウス三世。
「奴は!並み居る偉人たちの中で!最強の悪人面なのだ!」
 いたな、そんな奴。鷲鼻で顔色悪くて眉毛がなくて目線がねじけた奴。
 ふう、そろそろ、情報を総合しよう。
 結論。
「さよなら、俺の人生」
 気持ち良くフェードアウェイしていく俺のロンリーブレイクハート。最後に爺がつぶやいた。
「次回、出撃!乾燥人間ヒカラビターぢゃ!」
 嬉しそうだな、おい。


第3章

丸もちタルト

「魔王イノケンティウス三世復活の試みは、神田にあるニコライ堂においてもくろまれておる。行って神父たちの邪悪な試みを阻止せよ。」
「行ってどうするの?」
「行って話をきけ。さすれば自ずと道は開けるだろう。」
「そんないいかげんな。」
「ごちゃごちゃ言うてんと、さっさと行き。ほれ、ここにいるイザヤベンダサン君が神田ニコライ堂まで連れていってくれるから。」
 ニコライ堂の前へついた。どうやら独りで入ってゆかねばいけないらしい。中からは騒がしい音がする。古く重たいこげ茶色の鉄の戸を恐る恐る開け中へ入ってみた。暗くろうそくの光だけで照らされた堂内は狭く人は中央の古びた祭壇にあるオルガンを弾く神父らしき人のみであった。と神父はオルガンを弾くのを止め聖なる歌をうたった。聞けばキリエであった。狭い堂内に響き渡るキリエのその荘厳な音に耳を傾けていると神父はひっそりと歩いてこちらへ向かってきた。
「ルネサンス以前時は我々のものであった。人は時を自らの手で変えてしまった。我々の時は全てが輝きを放っておった。それは我々の時がめぐりめぐり、回り回る時であったから。ルネサンスより人は時を苦痛に満ちたサイコロに変えた。もはや1の目しか出ることのない。そしてどうだこのざまは。我々は再び時を苦しみと殺りくに満ちたものにせねばならぬ。人を殺すこともできぬ、否殺すに値しないものどものうごめく紫光射す大地より放たれよ。血こそ我らが喜びの源なり。飛び散る血、詩の中で人の我々への服従は絶対となる。」
「ハァ……、うっとおしいやつ。何言ってるかよくわからん。あっなんだこのにおいは。うっくさい。酒じゃないか。酔ってるよ。この人は。バカバカしい帰ろう。」
「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月。」
 そう神父が唱えると、どこにいたのか急にたくさんのおばちゃんが現れた。そして何やらものをならべている。外に出てみると『水曜チャリティーバザー』と毛筆で書いた大きな紙が貼ってあった。外を見渡すと、大地は悪霊で満ちていた。夢かうつつかはてさて……。
「ちょっと奥さん、こないだ日曜礼拝来なかった理由聞かせてもらいましょう。いえね、近所の奥さんがあなたを『つるかめスーパー』で見かけたっていうもんですから。」
 うつつの横に幻のごとき光景が…。
「おぞましきものどもよ、放たれよ。おぞましき荒涼においてこそ神汝を救い給う。」
「我々悪霊に神など不要でさぁ。神は天にいて下さい。人々よ悪で心を満たせ。」


第4章

椎名流

「ぬはぁ。なんというレベルだ。」
 アンテナとメーターがついた怪しげな機械を持った男が言った。
「これはやつに違いない。待っておれ、すぐに地獄へ追い返してくれるわ。」

「おぞましきものどもよ、放たれよ。おぞましき荒涼においてこそ神汝を救い給う。」
「我々悪霊に神など不要でさぁ。神は天にいて下さい。人々よ悪で心を満たせ。」
 一つ目はあの神父の声だ。だが、二つ目は人ならざる声。まさかと思い振り向くとそこには……。オウムだ。ふう……。
「何を言うか。人々には神が必…。」
「ふははははぁぁぁ。やっと見つけたぞ。覚悟しろぉぉ。」
 謎の声が神父の口上をさえぎった。そしてともに飛来する殺気。俺は素早くかわした。
 ズンッと重い音がして神父が吹っ飛ぶ。神父は鉄の扉に当たって止まった。そしてすぐに起き上がった。が、足元がおぼつかない。
「この程度の打撃なぞきかぬ。」
 あんた、ふらついてるって。心の中でつっこむ。
「ふふん、自分酔拳か。そんなのは無駄だ。」
 神父を吹っ飛ばしたやつのセリフ。そちらを見ると、なんとマッドサイエンティストではないか!!
「自己陶酔を極め、自分酔拳をマスターしたところで私には勝てぬわぁ。」
 言うが早いか、マッドサイエンティストは全身を光らせる。次の瞬間マッドサイエンティストは姿を消した。同時に神父がぼこぼこになる。
「所詮自己陶酔を極めたところで、自己率は35%ほどだ。自己率100%の私に勝てるわけなかろう。」
 マッドサイエンティストは何やらわけの分からない事を言っている。憐れ神父。人の身ではマッドサイエンティストにはかなわないのだよ。
「おや、お前は変わっているな。」
 マッドサイエンティストがようやく俺の存在に気づき声をかけた。
「人間率100%か。さては長松の仕業だろう。面白いものを作りよるわ。だが、それでは足りぬ。人の身では人ならざるものには対抗できんのだよ。やつは相変わらず倫理的過ぎる。」
 おいおい、あれでも倫理的過ぎるってのか。
「まあよい。人間率100%まで達しているのなら、話は早い。すぐに自己率100%まで上げてやろう。さあ来い。」
 マッドサイエンティストは俺をつかむと、またもや光り始めた。次の瞬間には視界が灰色になり、気がつくと俺はベッドの上に縛り付けられていた。どうやら、やつの研究所らしい。
「ちょっと待て。お前は誰だ。俺をどうするつもりだ。」
「私はカルマ大学教授、ドクター成原だ。そして、今からお前を改造する。」
「いや、改造って、あんた……。」
「まあ、説明は改造しながらしてやるから、ちょっと静かにしてろ。今からいいところなんだから。」
「いいところ……。」
 成原は俺の口をあけると、錠剤を5粒ほど飲ませた。そして、おもむろに体中に点滴を射す。よくは見えないが、管の中を何やら銀色の液体が通っている。
「それは、水銀だ。心配しなくてもいい。」
 成原が言った。
「帰してくれぇ。」
 と叫ぼうとしたが、声にはならなかった。体もまったく動かない。
「逃げようとしたって無駄だ。先ほどの薬で体の自由は奪わせてもらった。動かれると失敗する可能性があるのでね。ちなみに失敗すると確実に死ぬから。死にたくないのなら、動こうとしないことだな。」
 動く気はとたんに消え失せた。
「まあ、時間もあることだし、人間率と自己率の違いについて説明しておこうか。」
「人間率は………。」
「自己率は………。」
「その違いは………。」
「そして、……。何だお前聞いているのか?まあいい。これからがいいところなんだしっかり聞いてろ。」
「つまり、水銀を体内に充満させ、神経繊維や脳細胞に組み入れることによって今まででは考えられないほどの思考速度と反応速度を得たのだよ。」
「こうして、………。」
 成原の長い講義は終わった。要約すると、昔は自己率は、今で言う人間率のことだったらしく、今の自己率とは、人間率に水銀率を足したものらしい。
「さて、改造は終わった。後はチェックをするだけだな。」
 成原はそう言うと、大きな電極を取り出した。そして、俺の予想通り、俺の頭と足につないだ。
「さあいくぞ。ちょいと痛いかもしれんが我慢せいよ。」
 激痛が走った。激痛ではまだ軽い表現かもしれない。とにかく痛かった。ブラジル人の電撃攻撃を食らったときのように骨まで透けて見えるほどの電撃だったに違いない。
「うむ、問題なし。」
 嘘だ。チェック方法が問題だ。
「さて、もう動いてもいいぞ。」

 そんなこんなで、俺は人間率100%の人間から、自己率100%の人間外へと改造されてしまった。もっとも、外見は以前よりはましになったが。少なくとも形は人間だ。ただ色に少々問題が……。普段の状態でもうっすら銀色がかってるし、ちょっと多めに電気を流そうものならすぐに光り出す。成原いわく、訓練次第で普段は光らなくなるということなのだが、俺の場合歩くだけでも光ってしまう。修行あるのみか……。

「さあ、敵はルー大芝だ。行け、マーキュリー2号。」
「そんなもん、どこにいるんだよ。」
「自分で捜すのだ。今のお前なら電波だってキャッチできる。」
 偉そうに言うなよ。お前何様だよ。まあ、いいさ。こうなったら何でもやってやるさ。

次回予告 『敵はイノケンティウスかルー大芝か』
      先週、今週と出てきた神父。そして、あっけなく倒された神父。
      彼の謎が次回明かされる!?なんと彼のオウムが………。
来週もお楽しみに。

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第5章

雪村ぴりか

 俺は成原の研究所を出た。
 行きは眠らされていたので初めて見る奴の研究所は、竹藪の奥の古めかしい洋館だった。しかも手近にあった住居表示板を見ると、呆れたことに田園調布である。
 俺はどこまで墜ちて行くんだろう。もう勝手になれ。こうなったら森喜朗だろうがルー大柴だろうが、トゥギャジュァァ!してやろうじゃねーか。……地獄まで、な。
 あらためて怒りが込み上げてくる。血が頭に上る代わりに全身に電気が流れて、体がひときわ明るく光った。
 そう言えば、あの成原って野郎、俺は電波をキャッチできるとか言っていたな。どうやるのか分からないが、取り敢えず目をつぶって精神集中でもしている。
 おお、害電波を感じる。いかにも邪悪な感じのする電波だ。……ほぼ北東、だな。
 俺は走りだした。人間率100%とは偉いもので、まさに風を切るようなスピードで俺は走った。自分の足で自動車を追い抜いていくのはなかなか快感である。歩道の群衆が一斉に俺を見ているのが分かったが……今更その程度のことはどうでもいい。けっ。
 数度立ち止まって方向を確かめながら、俺は電波の発信源を目指した。環状8号線から目黒通り、そして目黒から渋谷を通って青山通り。面倒くさくなったので旧江戸城は突っ切ってやった。SPが目の色かえて見ていたが、頭上15mを飛び越していくペプシマンを見た日にはやっぱり呆然としているしかないらしい。ちょっと痛快だ。ざまーみろ。
 そして俺は、ついに目的地にたどり着いた。間違いない。電波の発信源は、目の前の建物だ。
 結局戻って来ちまったな。
 俺の目の前には、神田ニコライ堂がそびえ立っていた。

 重たい茶色の鉄の扉を押して、中に入る。目の前ではまた響き渡るキリエ。歌っているのはこれまた前と同じ神父だった。……こいつ、もう復活しやがったのか。
 呆然と見ていると、奴は前回と同じように、歌いながらこちらに向かってきた。
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
 なにぃ。それに何故ニコライ堂なのに法隆寺なんだ。
 しかしそんな俺の思いとは別に、現れるたくさんのおばちゃん。……いや、これはむしろ「おばはん」と呼ぶべき集団だろう。横断幕には明朝体で「木曜ふれあいバザー」そうか、あれから丸一日経っていたのか。いやそんな問題じゃねーよ。
「このおばはんども、どこから湧いてきたんだよ」
 半眼で呟くと、背後から低い声がした。
「それは、たくましい生命力の象徴」
 なにっ? 俺は慌てて振り向く。
 次の瞬間、俺は思わず腰が砕けてへたり込んだ。
「本当に危険な悪霊は、中年の女性の姿をして現れる。それは、その姿こそもっともたくましく生命力と知恵を併せ持つ物の象徴であり、同時にもっとも一般世界に溶け込みやすい姿だからだ」
 嘘つけ。
「そして、その悪霊を倒すためには、我、狂徒市民大学名誉教授練馬大悟の究極の肉体を得る必要がある。人間率などと言う馬鹿らしいものでもなく、自己率を越えた真の自己率、自身率100%を満たす我が肉体によって!」
 いろいろな薬品で焼けこげ変質した、恐らく元は白衣だったであろう衣服。水中眼鏡のように分厚い眼鏡。真ん中が禿げて両端だけが残った、まるでお茶の水博士のような髪の毛。
 マッドサイエンティスト3号だった。しかも史上最強、という感じの。
「ねりまだいこん?」
「『だいご』じゃ!」
 かんかんになって怒る。どうやら暗い過去でもあるらしい。
「と言うわけで、人類を救うために協力してもらうぞ」
 勝手に彼が言い切ると同時、首の後ろに鈍い衝撃が走った。
 薄れゆく意識の中で、俺はこう呟いた。
 もう、どうにでもなれ。

 目が覚めると、毎度お馴染み実験台の上だった。全身に異様な感触がある。
 ベッドの脇には、あの練馬とか言う野郎が立っている。そしてその向こうの壁は金属製になっており、俺の全身がくっきりと映っていた。
 思わず叫ぼうとして……声が、出なかった。いや、出ることは出たのだが、ひどく変な声しか出ない。
「おお、目覚めたようだな」
 練馬大根が言った。……俺は何度か、声を出してみる。
「最初はしゃべりにくいと思うが我慢してくれい」
 数度試した末に、ひどく掠れた声だが何とかしゃべることが出来るようになる。そして俺はまず言った。
「そう言えば聞くのを忘れていたな。自己率と自身率は何が違うんだ?」
 思いっきりジト眼で聞いてやった。……いや、ジト眼をするつもり、でだ。
「美学じゃ」
 奴は妙に胸を張って言った。
「成松のような美的センスのない肉体はわしは認めん。きちんとした肉体のセンスがなくてはならない。そのような美学を含むのが、我が自身率」
 ほう。
「じゃあ、俺のこの体は何なんだ?」
 俺は壁に映った自分の身体を、頭の上に付いた腕で指さした。
 どう見ても節足動物系な外観。頭(らしきところ)についた、エビの胴体が2本ついたような腕。その腕にはなんかゴキブリの前足みたいなびらびらが付いている。エビの胴体のように、その腕は曲がるようだ。そしてその腕の付け根に、飛び出るように眼が付いている。胴体には、その両側にたくさんの三角形の固い鰭が重なるように生えている。そしてとどめは、さっきからしゃべりにくいと思っていた口。眼とちょうど逆方向に付いたその口は、円の内側にとげが生えていて、まるでカメラの絞りのような外観をしている。そしてその反面、下半身は節足動物張ってはいるが一応普通の人間の足。まさに特撮に出てくる怪人という姿だ。
「何を言う。その姿はアノマロカリス。5億年前、カンブリア紀の最強の生物と呼ばれる生物を模したものだぞ。その洗練された美。しかも未だに分類もできないというその謎めいた背景。美学の真骨頂ではないか」
 ああ、マッドサイエンティストに正しい美的感覚があると思う方が間違いか。
「しかもその体の堅さは、大抵の攻撃はものともしない。そうそう、鰓も付けたから海も泳げるぞ。何と言っても元々は魚だからな」
「この口はなんだよ」
「それこそアノマロカリスの真骨頂ではないか。その口で三葉虫をバリバリかみ砕いていたのだぞ」
 そうか。しかし今の時代に三葉虫は絶滅しているぞ。
「さあ、早速出撃だ。時間はないぞ。敵はインノケンティウス3世でもあり、ルー大柴でもあり、そして徳川家康でもある」
 家康か。その時俺は、大河ドラマで見た津川雅彦の顔をなんとなく思い浮かべた。
「そしてその正体は!」
 おおっ。俺は息を呑んだ。
「一匹のオウム、カーくん!」
 俺はベッドから落っこちた。体を包む外骨格のおかげか、痛くはなかった。
「勝手にやって下さい。俺は付き合いきれません。このままマリアナ海溝にでも行って来ます」
 俺は言い捨てて旅立とうとした。
「待て。……神田ニコライ堂に、妙なオウムはいなかったか?」
 足を止める。そう言えば、しゃべる妙なオウムがいたな。
 その事を告げると、練馬大根は真っ白になった。
「そいつこそ悪の権化、今までこの世界に悪をまき散らしてきた張本人だ。インノケンティウス3世による異教徒虐殺や、ローマ教会の専横。徳川家康による関ヶ原のクーデター。ヒトラーによるユダヤ人虐殺。ローマのネロ皇帝。殷の妲己。南京大虐殺。731部隊。時には名もない人々に権力者を殺させ混乱を巻き起こし、時には権力者を操り暴虐の限りを尽くす。世界を裏から操り続けてきたのが、奴、カーくんだ」
「ルー大柴は何なんだよ」
「ああ。禿を増やそうとしたらしい。会社を取り込むのに失敗したらしいがな」
 下らない動機だな、おい。
「そして今奴は、神父を使い悪霊をこの世にはびこらせようとしている。今奴を止められるのは君しかいない。さあ、急がねばならん。行くぞ」
 俺は半ば強引に、奴の車に詰め込まれた。
 そして俺を乗せた車は、スピードを上げて走っていった。……最終決戦の地、神田ニコライ堂へと。


第6章

雨野璃々

「さあ、悪霊どもよ! 最後の宴も終わりじゃ! 自身率100%の威力を見よ!」
 重たい茶色の鉄の扉に向って俺をつきとばし――扉が砕け散る――俺の後ろから、練馬大根は教会の中に向って叫んだ。
 猫背気味に教会の長椅子に座っていたのは……あの神父だった。こいつは……スペアでもいんのか?
「さすがカーくんじゃ……使い魔とても侮れぬ……」
 練馬大根が押し殺した声で呻いた。
 神父はうっそりと立ち上がり、やはり歌いながらこちらに歩を進めた。
「目やあらぬ 春や昔の春ならぬわが身一つはもとの身にして」
 確かに元の身だな。それにひきかえ俺は……
「……龍の意志を知れっ!」
 出任せの台詞を叫びながら俺は神父に突進した、八つ当たりと逆恨みでブーストのかかった体当りに、神父はひとたまりもなく背後のドアに叩きつけられた。そのとき……
「いやー、遅くなっちゃったわあ」
「奥さんがワゴンセールの前で止まるからあ」
「あんただって買ってたじゃないのー」
 ドアの向うから中年女の話し声が近づいてきた、と思う間もなくドアが開いた。倒れていた神父はドアに轢かれる――そしてどやどやとおばちゃんたちが入ってきた。そのうち一人が白いたたんだ布のかたまりを広げる。横断幕か。さしずめ「金曜ふれあいバザー」……
 だが俺の予想は裏切られた。
 ふわり、と広がった白い布は白衣だった。
 おばちゃんはそれを優雅に身にまとう。まるで変身アニメの主人公のように。
 そしてキッとこちらを見据えた。
「わたしは凶徒理科大学学長! プロフェッサー能登!」
 がくちょう……。
 俺は漢字を忘れかけた。
 おばちゃん……能登は白衣の胸から薄紫のレンズのメガネを取り出し、さっとはめ、フレームを指で押し上げた。
「さて長松! 成原! 練馬!」
「先生!」
 俺の後ろから練馬大根が……そしてどこからか長松と成原が……飛び出してきた。マッドサイエンティストが三人……この世の光景ではなかった。
「おお、先生! お久しぶりです」
「お変わりなく」
 三人はおばちゃんを囲んで久闊を叙している……
「――おばちゃんが……こいつらの先生なのか」
 俺は恐る恐る尋ねた。ちなみに先生と書いてボスと読む。
「そうね――。この子たちは優秀な教え子よ」
「あんた何歳だ!」
 思わず突っ込んでしまう。しかしおばちゃんはころころと笑って、女性に年を聞いちゃ駄目じゃないの、と、ごくまっとうな台詞で応じた。
「それにしても」おばちゃんは三人を見回した。「諸君の研究の程、とくと見せてもらいましたよ。人間率、自己率、自身率、いずれ劣らぬレベルです。師として鼻が高いですよ。次の学会では話題を総ざらえに出来るわ……」
 慈悲深い口調でおばちゃんは云った。
 俺は……無言であった。怒りをリアクションに移すこともままならないほど沸騰していた……
「諸君は私の期待に立派に応えてくれました」
「――ひとつ、きくぞ」
 俺は平仮名をかき集めて呻いた。
「ひとをこんなめにあわせたのは、てめーのさしがねか!」
「あら……」
 おばちゃんは俺をしげしげと検分した。
「可愛いのに」
 そういうと思った。
「弟子の暴走の責任はとりやがれ!」
「志願してきた人を被験体にするよう、いってるのに」
 そんな奴がいるものか。

「じゃが、ぬしは自分からわしの所へ来たではないか」
 長松が口をはさむ。
「たしかにそうだ……」
 だが。
「アノマロカリスに志願したかった訳ではないわあっ!」
「だからわしの人間率100%にとどまっておれば……」
「わしの自己率100%の方が良かったろうに……」
 長松と成原が適当に口をはさむ。
「俺は武術を習いたかっただけだっ!」
 俺はアノマロカリスの破壊力のすべてをかけておばちゃんにぶちあたった。確かにぶちあたった――が。
 おばちゃんは軽く手を交差させて防御しただけだった。
 俺は弾きとばされた。
 バザーの品物の山の中に尻餅をついて俺は茫然とした。スケート靴やタオルのセットがバザーの台からバラバラと落ちる。
「お詫びに私が武術教えてあげようか」
 おばちゃんは気軽に云った。
 俺は反論の言葉がなかった。
「練馬君」おばちゃんは弟子をふり返った。
「アノマロカリスの目はもうちょっとつぶらな方がいいわね。みんなの夢の生物ですもの。夢を与えるデザインになさい」

 その夜はオウムのカーくんをかっさばいて腹に詰め物をしてこんがりローストしたものを大皿に盛り、一同で囲んだ。研究成功祝いだという。
 神父はおばちゃんの兄だそうだ。この人の兄ならあの非常識な回復力もうなずける。
「ときにインノケンティウス3世その他は……?」
「ああ、それはね。うちの研究室のマニュアルよ。被験体をたのむときは、『君は正義のヒーローだ! だれそれと戦え!』と言って説得するのがいい、って」
 説得なのか。
「美味しい♪」おばちゃんはコートジボワール産だというコーヒー豆を挽いて丁寧に淹れたコーヒーをカップから啜った。カップはウェッジウッド、そうしていると普通のハイソなおばちゃんなのだが。
 結局俺は次の学会までアノマロカリスでい続け(目はもう少しつぶらになる予定)それから人間形に戻り、おばちゃんに武術を習うことになった。
 ――こんな結論で納得してよかったのだろうか。
 空が青い。雲が流れていく。
 世の中は平和だ。

完。

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