「人魂日記」

お題一覧



使用に際しては、基本的に「同じ発音」の物なら自由と言うことになっています。
例えば「いか」が「烏賊」でも「医科」でも「異化」でも別に構わない、と言うルールですね。

ちなみに個数及び何が当たるかは、原則としてサイコロで決めています。場合によってはじゃんけん等
いろいろな方法を使っていますが……。

第1章(jt) ……祇園芸者、キリマンジャロ、ロック、写真家、写実主義、豆腐
第2章(雨野璃々) ……過塩素酸カリウム、殺戮者、歌唄い
第3章(丸もちタルト) ……ずさんそうさ、射的、窃盗罪
第4章(雪村ぴりか) ……ごき、威嚇射撃、毛玉、いか
第5章(ありゅう) ……れいこん、ムカゴ、きつけ、魔界

第1章

jt

名所。
高い崖にからっと明るい光。遥か下で白い波間に黒い岩頭。波を砕き散らす音が岩壁を登ってきて、足元か
ら響く。
2時間ドラマのロケなぞで、犯罪者が追い詰められるシーン辺りに良く使われている。たまに、青い人影が
写るなんて噂があったりして。
つまり。夜は。自殺の名所。

月は細く。けれども、ほのかに白い明かりが。夜を、辛うじて薄闇にまではしている。
黒く薄闇を切り取る崖の端から立ち昇って・・・ということは多分崖の下から、青い光が、芒、と薄闇に溶け
込んで、揺れる。
揺れる度に、きりん、かりん、と、ウィスキーのロックでも揺らしたような音が、りーんと尾を引いて月に
届く。
きりん、りーん。
かりん、りーん。
きりん、かりん、りーん。
見上げれば、青みは月をも微かに染めているようだ。

見上げているのは、座り込んだ人影だ。くたびれた薄い上着は、薄明かりをあまり跳ね返さない。何処かく
たびれたような、諦めた優しい笑みを月に向けて、青年が、ふうと息をつく。
ぐるりと身を起こして、今度は前屈み。崖の端に手を突いてまた、ふうと一息。
目を下に転じれば。
青い人魂の群れ。一目に収まるのは15ばかり。
一つ一つは、両手で包み込めそうな光の玉だ。蛍灯のようにくっきりと滲む、温度の無い光。ゆらと揺れて
互いに当たると、例の澄んだ音が響く。確かに一つ一つに境はあるのだろうけど、眼を凝らすと、滲む光の何
処が縁やら線は引けない。
随分と静かになった海面には大して影も映らないのに、手元から月まで、光は揺れて届いている。
手を伸ばしても掴めない。きっと、こん、と一瞬固く澄んだ手触りで逃げていく、光。中には岩壁をゆっく
り跳ねるようにして、本当に手の届きそうな所まで、立ち昇るものもあるが。
青年はまた一息、と。

「飛び降りるの?」
と、凛、と声がかけられた。りーん、とは響いて行かない。鈴を一度だけしっかりと振った、その時だけ響
く声。
先ほど人魂が登ってきた空中に、立っている姿。青年は見上げる事になる。
闇にも白い足袋に、赤いぽっくり赤い着物。薄明かりに青白く滲んで、けれどどうしてかどう見ても、赤い
出で立ちの。
「舞子さんだねえ・・・」
結い上げた髪にかんざし四つ。鼻筋が通って、小さな口元に紅。肌は白くくっきりとして、磁器のように固
く冷たく感じるのは青い光の所為だけでもない。若い娘だ。
更に見つめ続けていくと、黒い睫にすっきりと開かれた瞼、青を映し込んだ黒い瞳は虹彩だけ茶色い。口元
に、戸惑った膨らみ。
「なに・・・見てんのよ」
浮いて出て十秒ばかり、じっと見詰められた幽霊など、そうはいないだろう。
「いやあ・・・」とか何とかいいながら、青年は座り直してなおも娘を見ている。
ふう、と諦め混じりに例の柔らかい息をついて一言。
「幽霊さん、だよねえ・・・」
何とも残念そう。
「だから・・・なによ」
口調は素っ気無い、というよりやはり、面食らっている。
「綺麗だから、ぜひ、写真のモデルになって欲しいんだけど」
青年、実は写真家なのだと名乗る。幽霊は・・・幽霊も赤面するらしい。
と、幽霊、ひょいと屈み込んで頬杖を突く。
青年が目線を合わせると
「なんか、あんたに見上げられると疲れるんだけど」
とか呟いている。
よく言われます、と返して。
「でも、幽霊さんって、うまく写真に写らないから・・・人魂も何度も撮ろうとしたんだけどね。綺麗なんだけ
どなあ・・・」
そう言ってまた溜め息。きりん、こりん、が響いている。と、ぐーるるる。
「あ、ちょっと失礼」
傍らのビニール袋をかさこそ、青い台形のパックを取り出してぺりぺり。
「・・・とうふ?」
幽霊さんが虚空に呟く。
「まあ、夜食。ここ一月くらい、毎晩来てるし」
割り箸をパキリと割る。
「なんで、とうふ?」
ああ、と。目線を返す。
「好きだし、安いから」
箸で切って食べ始める。と、また目を上げて。
「食べる?」
「いらない」
かきん、こきん。
モソモソと豆腐を食べている。そういえば着ているものも安そうだし、随分貧しいのかもしれない。やっぱ
り飛び降りにきたんじゃないか、と思っていると。
がさごそ。
「コーヒー飲む?」
「いらないわよ!」
「そーかー」
と手にした缶を無意味に見つめている。
「じゃあ、これどうしようかな。俺、コーヒー嫌いなんだけど」
かこん、ぽこん。
・・・・・・・・・・
ぺこん、ぺかん。
幽霊が地団太踏んで怒鳴った。
「あ・ん・た・ねえええ!!何なのよ!何で嫌いなもん買ってるの!貧乏なんでしょ?何のほほんと座ってる
のよ!幽霊見たらびびりなさい!怖くないの?何考えてんのよ!」
「えっと・・・顔、崩れてるよ」
青白い顔が目に見えて赤くなった。息だか怒気だか分からない物を飲み込んで黙る。
青年が、缶を見つめながら話し出した。
「この山、ほら、キリマンジャロ。好きなんだよ。それでつい買っちゃってさ。一度、この山を撮りに行き
たいなあって、思ってるんだけど」
立ち上がって絶句している幽霊をまた見上げて。
「まあ、貧乏だよ。ご飯の種になる被写体、そろそろ捜した方が良いんだけどね。それでも、さ」
今度は目を下に向ける。光が揺れて跳ねている。
「綺麗だからね。撮れないのなら、目に焼き付けておきたいんだよ。全部、ね。絵の練習もしてるんだけど・・・
見たそのままは描けないし、見れば見るほど、不思議で、分からなくて描けないような気がしてくる」
「そんなもの・・・」
曇った声で、娘が呟いた。
「好きなように描けばいいじゃない。怨霊にでも、電球にでも、さ」
きりーん、りーん、と人魂がなる。
それに耳を澄ましながら、魂なんだよ、と青年は答えた。
「魂って、人だよね。皆大切な自分が有るのに、綺麗だから、で、変な描き方しちゃいけないよね。出来る
だけ綺麗に描いても、さ。それで良いかなんて、人魂さんに聞いても答えてくれないしね」
それから、付け加えて。
「怖くないよ。幽霊も、色々なんでしょ?」
響く人魂を、見つめる青年。
幽霊が、人魂達と青年を見下ろして。どこか、遠い声で。
「あんた、知ってる?」
何?と豆腐を手に取り直している青年に、幽霊が告げた。
「黄泉の国で食べ物を食べると、帰れなくなるんだよ」

ピシリと。


第2章

雨野璃々

 その辺りを浮遊していた人魂の一片が、欠けた。かけらは静かに落ちてきて――人魂の残りはまた風に乗るように宙に舞い上がる。
 まるで螢のようなサイズの、人魂のひとひらが落ちてきた先は、青年の割箸の上、だった。
 ピシリ、とまた人魂がはじける。
 今度は――どこへゆくのだろう――キリマンジャロコーヒーの缶の、まだ開けていない。プルトップの上に落ちた。
 ピシリ。
 ピシリと。
 あちらでも、こちらでも、人魂が割れている。
「これが――毒になるのよ」
 幽霊は囁き、次の瞬間、叫ぶより先に手が出ていた。
 毒になる、と云われたばかりの、墜ちてくる螢のようなかけらに、何を聞いていたのか、青年はうっとりと手を差し伸べていた。その手をとりあえず薙ぎ払って、娘は青年を睨みつけた。
「死ぬわよ、あんた!」
「そんなに猛毒なの」
「毒ってあのね……毒って……」幽霊は何か意味のある痛烈な台詞を投げつけようとしてやめ、その代りに、莫迦っ、と1メートルほど浮き上がって怒鳴った。
 青年は幽霊を見上げると、そんな猛毒ってあるのかなあ、と首を傾げた。
「毒に詳しいの?」娘は大きな眼を更に見開いて尋ねた。
「え……いや」
「ちょっと手を広げて、今度は毒っ気の勉強でもしたらいいわ……その人畜無害な雰囲気、修正するようにさ」
 ぽんぽんと云って、娘はさあどうだ、と言うように青年を見つめた。さっき絶句したのが悔しかったらしい。
「ひどいなあ……」
 青年は娘を見上げてぱたぱた手を振った。
「毒に詳しかったのは、前のことだよ。名前だけやたら一杯知ってたけど。友人がね……手帳にびっしり毒の名前書きつけてたから、見て覚えた。すぐ忘れちゃったけどね。過塩素酸カリウム、ってのだけまだ覚えてるな。1行目に書いてあったから」
「何にすんのよ、そんなリスト」
「そりゃ検討するためさ」
「何を」
「毒使う目的といったら」
 死ぬこと……。
 口の中で小さく呟いて、娘は我知らず、風から滑り落ちるように、浮いていた高度を下げた。
 そしてまた――やはり青年の手を薙ぎ払わなければならなかった。性懲りもなく、細い体にだいぶ余るシャツの袖を翻して螢を掴もうとしている!
「あんたもなの」
 その毒のリストを作った友達みたいに、自殺志願なの……
 刺激するだろう言葉を全て削除して娘は訊いた。
 青年がふわりと振り向く。
「ここみたいな……こんな絵、見たことがあるんだよ。こんな青い光が漂う中を、顔の見えない、濃い紺の帽子かぶった人が、足を高く上げて行進みたいに1人で歩いていく絵。月のある夜で――背景は紺色で……なのにその人の姿は細部まではっきり書いてあるっていう。童画みたいなんだけど――でも、信じられないくらいいろんな色を塗り重ねてあってのを覚えてる。もう一回近くで見たいな」
 なんか……不吉そうに聞こえる、と娘は眉をひそめた。
「誰の絵?」
「分からない。だからもう見つけようがないんだけど。『歌唄い』って題だったと思う、好きだったんだけど……もう1回見たかったな……」
 娘に払われて手に掬えなかった青い光を残念そうに目で追う。さっき取ろうとした光はもう地面に落ちている。それはぼたん雪のように積るかと見えたけれど、地に落ちると吸い込まれるようにすぐ消えてしまった。
「あの人魂は……少しずつ小さくなっていくの?」
「……魂は増えるものじゃないんだから」
「じゃあ消えてしまうんだね。可哀想に……猛毒の殺戮者なのに……かよわいね」
 幽霊は頭を振った。
 こわい、と思ったのは何故だろう。
 年相応の少女のように。
 にわかに圧迫感を増し始めた静寂が、今では超音波か何かのように幽霊の耳を聾した。
「死んでも此処に居られるならいいじゃない」
 青年の声が微かに聞こえた。
 波音も、月光の音も、いつの間に止んだのだろう。
 目を閉じて、幽霊は、深淵の闇に逃げ込んだ。


第3章

丸もちタルト

 強い風があたりに吹き始めた。
 風は次第に強さを増し体に強い衝撃を与えていたが、吹き飛ばされるようなことはなかった。むしろ、金縛りにでも遭ったかのように体が動かなかった。
 それでいて地震にでも遭ったかの如き振動が何秒かごとに周期的に襲いかかるのであった。それは風というよりも波動といった方が正確なものだった。
 振動はどんどん強くなった。あたかも杜撰操作によって壊れゆくロボットのように、彼の頭は混乱し体内はもはや秩序を失っていた。
 その時、メリーゴーランドにでも乗っているかのように体がぐるぐる回りだし、次第に速くなってゆき、ついには、四肢が分断されるような感覚や身体の器官が溶け合うような感覚すら抱くようになった。しかし意識が大分遠のいていたせいか、不思議と痛みや苦しみはなく、甘美な幸福感に包まれていた。
 薄れゆく意識の中で一つのイメージが現れては消え現れては消え、を繰り返しつつふくらんでいった。それは屋台があり、浴衣をきた人たちが歩いている祭りのイメージであった…。
 気がつくとそのイメージそのままの世界の中に青年はいた。隣をふと見て青年は驚いた。あの幽霊の女性がそこにいた。しかしそれは以前と違って足もあり普通の人間の態をなしていた。
 しばしあっけにとられていると
「どう?」と声をかけてきた。
「…どうってなにが?それよりいったいここはどこ?なぜ君は普通の人間みたいな体になったの?なぜ俺はこんな目にあわなきゃいけなかったの?さっきまでのあの衝撃は何だったの?なんで体が回転しだしたの?」
「そんなに一遍にたくさん質問したって答えられないよ。それにそれに今はお祭りなんだし、そんなに興奮しないでお祭りを楽しみましょうよ」
「う…、なんで君と一緒に俺が祭りを楽しまなくちゃいけないの?はやく元の世界に返せよ」
「いいじゃないのそんなこと。あなたをたのしませてあげようとおもってここに来たのに」
「余計なことするなよ。それに・・」
「もういいじゃない、話はあとで聞くからそれよりあそこで射的でもしましょ」女性はぐいぐい青年の腕をひっぱりつつ射的のところへ行き射的用の鉄砲を二丁借りた。
「はい、これ。先にやってみてよ」
「いやだよ、あんたがひとりでやれば」
「もー、ここまできてまだそんなこといってる」
 っとそのときドンっと幽霊の女性の体が突かれた。それとともに突いた男が走りさっていった。
 屋台の主人が「お嬢ちゃん、あんた今の男になんか盗られてやしないかい」
「あ、お守りがない」
「ちょっと待っときな、あの男のやったことは、たとえお守り一つ盗んだだけで悪いと思っていないかもしれないが立派けな窃盗罪だ。いまから追っかていってとっつかまえてやる」といって、店の主人は二人に店番を頼み、走って追いかけていった。
「なんで、俺がこんな事しなくちゃいけないの。だいたいお前がこんなところにつれてくるから・・、っておい」
 そのとき幽霊の女性の体にある重大な変化がおき始めていたのであった。


第4章

雪村ぴりか)

 声を掛けかけて、青年は気が付いた。
 彼女……幽霊だった女性の姿が、少しずつ、少しずつだが、足元から消えかけていることに。
 咄嗟に言葉も出ず、あ、あ、と言葉にならない声を出しながら足元を指さす。着物の裾に隠れて分かりにくいが、既に下駄は消えてしまっている。
 幽霊は下を向くと、きゃ、と短い叫び声をあげた。ただ、それだけ。驚いた様子ではあったが、しかしそんなに動揺している様子ではない。
「お守り、盗られたもんなあ」
 彼女は呟いた。
「大事なものだったの?」
「人魂は消えてしまうって、あんたが言ったよね」
 青年の問いには答えず、彼女は別のことを言った。
「……うん」
「あのお守りが無くなったとき、私は消えてしまうのよ」
 まるで明日の天気の話をするような、淡々とした口調。その口調に、青年はかえって事実の重みをより実感させられた。
 ……消えてしまう。
「怖くないの」
 少し勇気を出して、青年は訊いてみた。
 幽霊は少し笑ったように見えた。
「怖くないと言ったら嘘になるけど」
 膝のあたりまで、消えてしまっている。
「でも、自業自得だよね」
「え?」
 思わず問い返す。
「人を、殺しすぎたから」
「ええっ!」
 今度は問いかけではなく、叫びだった。
「例えば……あそこに、イカ焼きの屋台があるわよね」
 淡々と、彼女は通りの向かいにある出店を指した。……脈絡の分かりにくいことを更に言われて、青年は混乱する。と、その脳裏に、少し前に彼女の言った言葉が呼び起こされる。
『黄泉の国で食べ物を食べると、帰れなくなるんだよ』
 カエレナクナルンダヨ。
「黄泉の国……」
 唇から呟きが漏れる。
「黄泉の国、じゃないんだけどね、正確には。……でも、似たようなものかな」
 いつの間にか、腰のあたりまで消えてしまっている。
「だから、自殺の名所なんかになっちゃったのよね」
「……なんで?」
 辛うじて青年は、それだけの言葉を吐き出した。
「何でだろうね。……寂しかったのかな、一人で」
 世界が、少しずつ歪み始めた。世界の中心にいた彼女が消えることで、この世界自体も消えようとしているのだろうか。
「でも、どんなに仲間が欲しくても、……人魂は、消えちゃうのよ」
 ゆっくりと落ちて、割れてしまう。
 ――ピシリと。
「何でだろね。それでも捨てられなかったんだ、お守り。何で、だろうね……」

 無言に耐えられなくなって、青年は目の前に並んだ射的用の鉄砲の一つを手に取った。そして空に向かって、何かに威嚇射撃するように数発撃つ。歪みの激しくなってきた世界に、妙に軽い空気音が響き渡った。……威嚇の対象は、何だったのだろう。行くあてのない苛立ちか、それとも運命の不条理か。
 来たときと全く同様に、世界のイメージが消えかけてはまた現れ、遠ざかってはまた近づき、を繰り返す。しかし、徐々に……そのイメージは遠ざかって行く。
「お嬢ちゃん、お守り取り戻して来たぞ!」
 屋台の主人の声がした。青年はその方角を見る。ぼやける世界に向かって、彼は手を差し出した。その手の平に、とても軽い感触……しかし確かに、布の感触と、その先に付いた、毛玉のような飾りの感触が伝わってくる。
「渡してくれよ」
 そう言う声が聞こえたのを最後に、主人の姿も遠のく意識の向こうに消えて行く。
 ……彼女は何処だろう?
 薄れゆく最後の意識を振り絞って、辺りを見回す。
 彼女は、すぐ隣にいた。
 ほとんど透けてしまった、姿で。
 青年はほとんど感触もなくなったその手に触れ、彼女の手の平と一緒にお守りを握り締めさせた。
 そして、意識がなくなる。

 気が付くと、元の……崖の上だった。
 青年は、倒れたまま空を見ていた。深淵の闇の中で、星だけが派手にきらきらと瞬いている。
 そして、別の声がその星空に響く。
「なんでよ!」
 語気が荒い、と言う程度のものではなかった。絶叫というのは、こういう声を言うのだろう。
「何で……なんで、返してくれるのよ。お守り……」   


第5章

ありゅう

「何で、か……」
独り言のように小声でつぶやく。そして、口を開く。
「君をね、とりたかったんだ。でも、さっきも言ったように霊魂って言うのは、うまくとれないんだ。存在として弱いんだ。それを強くするにはね」
「どうするのよ……」
「十分な栄養さ。何で人魂が消えるのか分かるかい。食べちゃったんだよ、君が。それにね、人魂は毒でもなんでもないんだ。人から魂を抜いているのは君なんだ。まあ、正確には、そのお守りなんだけどね」
「この……お守り……」
「そう、それ。君のために作ったんだ」
彼女は何も言わなかった。
「何か聞きたいことはあるかい。なければ、そろそろとりたいんだけど」
無言のまましばらくが過ぎ、それじゃあ、と言いかけると彼女はこう言った。
「今のあんたの気持ち、聞かせてもらえる?」
「最高だよ。生き血を与え続けたバラが咲いたときと同じくらいにね」
「そう……」

「本当はね、君とは話したくなかったんだ。そのほうが良い絵がとれるから。でもね、そんな卑怯なことはしたくないんだ。だってさ、ワケも分からずに振り回されるだけじゃ嫌だろ。せめてワケだけでもってね」
「……もう一つだけ聞いても良い?」
「いくらでも、どうぞ」
「あんたにとって、私は何だったの?」
「本当に聞きたい?」
少し悩んで答える。
「やっぱりやめとくわ。教えておけばよかったって、あんたが後悔するかもしれないし」
「そう。もうないかい?じゃあさ、何処か飾ってほしい場所ってある?」
「そうね、床の間かしら」
「床の間かい?オーケー、約束だ」

「さあ、笑って。とるよ」
シャッターを切る。
彼女をしかと焼き付ける。
崖の上には彼女はもういない。
お守りが落ちているだけだ。
彼女はもう写真の中にしかいない。

そして、写真に話しかける。
「君はそこでも存在できる。生を望むか、死を望むか。ご自由に」

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