Summer Day

雪村ぴりか

 夏は何故、こんなに暑いのだろう。
 言っても無駄だと知りつつ、僕は毎年のようについ愚痴をこぼしてしまう。
 暑い。熱い。あつい。アツイ。

 と言うわけで僕は、毎年夏休みが待ち遠しい。多分、他の人とはちょっと違った意味で。学校行くのがいやなのは、勉強が嫌いなわけでもなければ、いやな奴がクラスにいる訳でもなく、単純に暑い中を歩くのが嫌だから。……まあ、朝は涼しいんだけど。
 夏休みまで、あと5日。

 この時期は取りあえず期末テスト中なので、帰りは早い。
 僕は仲のいい友達と二人で、駅までの道を歩いていた。僕の高校は市街地からは大きく外れたところにあるので、クーラーの効いたアーケード街なんてものはない。電車の駅までは歩いて10分ほど。でもそこに止まる電車は30分に1本。いや、そもそも「電車」ですらない。非電化だから。
「あづい〜」
 またぼやいてしまう。
「仕方ないだろ」
 諦めきった……いや、もしかしたら半ば呆れきった……声で、友達が答える。
「何でこんなにあづいんだよ……」
「そりゃまあ、地球の地軸が23.4度傾いているからだろ」
「そういう問題か?」
 さすが数少ない地学選択者。
「ああ。その結果、中緯度地帯である日本では四季が発生する、ってことだろ」
「そりゃ正解だろうけど……」
 何だかもっと暑くなったような気がする。
「でも、地軸の傾きはその数字で良かったっけ?」
 僕が聞き返すと、彼はあっさりと答えた。
「さあ。知らない」
 前言撤回。それでも地学選択者か?

 そんな感じで駅に到着。とは言っても駅にもクーラーなんて上等なものはない。大体ホームだって一本しかないような無人駅なのだ。駅舎だって、戦前からあるらしい木造の駅舎。開業以来の歴史を刻んできた風格ある駅舎、と言えば聞こえはいいが、要するにぼろっちいだけである。
 申し訳程度に自動販売機があるので、ジュースを買って飲む。実は蹴飛ばすと時々勝手にジュースが出てくるのだが、一応真面目に110円を払っておく。
 缶を持ったままホームに出ると、暑さで微かに揺らめく線路の向こうに列車が見えた。赤い色……タラコ色に塗られた、一両のディーゼルカー。
「何だよ、非冷房車かよ」
 友達が吐き捨てるように言った。冷房改造の済んだ車両は、タラコ色から卵色と紺色の2色の塗り分けに塗り替えられている。そのセンスがいいか悪いかはちょっと別の問題だが……とりあえず、冷房がない車両というのは嫌なものである。特に今日みたいな暑い日は。

 がらがらのボックスシートに向かい合って座ると、すぐに音もなくディーゼルカーは発車する。これまた暑さを増すような、排気ガスとやかましいエンジン音をばらまいて。
 廊下を挟んだ向かいのボックスでは、女子高生が3人で、なにやら盛り上がっている。一つとなりの駅最寄りの、女子校の制服だ。
「彼女、やっぱ欲しいよな」
 何となく呟く。男子校なんて駄目だよな。
「え、何て?」
 友達が大声で聞き返す。……エンジン音がうるさくて、小声では聞こえないのである。旧型だし、この車両。
「何でもない」
 大声でゆっくりと叫び返す。

 緩い上り坂が終わって、エンジンが静かになる。
「窓、開けようか」
「ああ」
 いつも通りのタイミングで、いつも通りの会話。……上り坂で窓を開けると、少し排気ガスが匂うのだ。
 下段の窓を持ち上げると同時に、やや生ぬるい風がなだれ込んでくる。それでも、風が入ってこないよりは大分とマシだ。髪の毛が風に揺れる。夏だし、散髪してさっぱりとしようか。いつもよりちょっと短めにしてもらおうかな。
 廊下の向かいでは、相変わらず女子高生が賑やかに騒いでいる。
「さっき、何を言おうとしたんだよ」
 友達がもう一度聞いてくる。
「大したことじゃねーよ」
 吐き捨てるように答える。
 お年頃なんですよ、単純に。

 恋に熱く燃える夏、なんてのもあるか。
 そういう暑さならいいかもね。  


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