とっておきのまきもの

雪村晴佳

 カナエが転校することになった。
 両親の突然の転勤。……理由としては、良くある理由。でも、あまりにも突然の転校だった。私たちがそれを聞いたのは、転校するわずか一週間前だった。
 カナエ、ミズっち、そして私。いわゆる「仲良し3人組」ってやつだった。明るくて、ちょっと茶目っ気のあるカナエ。運動が出来て、背の高いミズっち。そして、ちょっぴり気が弱いけど、テストの点だけはいつも3人でいちばん良かった私。何もかもばらばらだったけど、それが逆にお互いの結びつきを強めてたんだと思う。小さい頃から、気が付けばいつも一緒にいた3人だった。
 でも、そんな時間も今日で終わり。
 金曜の6時間目、算数の時間をつぶして、お別れ会をやった。5年2組の全員で考えたけど、結局、寄せ書きを作ったり、イス取りゲームをしたり、みんなで歌を歌ったり、ということになった。
 馬鹿みたいに私達は騒いだ。男子の中には、カナエのことなんかより単に騒ぎたいだけの子もいたけど、それでも良かった。
 最後に、カナエが前に立って挨拶した。
 カナエは明るく笑ってたけど、私はちょっとだけ泣いた。
 そして、かなえが自分の席に帰る時に、私の机の上にノートの切れ端を置いた。
 裏返してみると、「放課後に村山公園で!」と書いてあった。
 聞き返そうとしたときには、既にカナエは自分の席に戻っていた。

 私達の小学校の近くには、2つ公園がある。1つは学校の東にある佐野公園。そしてもう1つが、学校の北にある村山公園。どちらも、3人でよく遊んでいた公園だった。
 私が公園に着くと、ブランコにミズっちが座っていた。
「あ、サナちゃん」
 私の姿を見て立ち上がるミズっち。
「ミズっちもカナエに呼ばれたの?」
「うん。サナちゃんも?」
 私は無言でうなずいた。
……さっき、ちょっと泣いちゃった」
「サナちゃんも?……私も」
「何か、転校しちゃうなんて嘘みたいだよね」
 そんな事を話していると、ちょうど誰かが慌てて走ってくる靴音がした。
「お二人さん、お待たせ!」
 相変わらず明るいカナエの声。
 言葉に詰まって、私は黙って俯く。
「はいはい、そんな辛気くさい顔しない、二人とも」
 にこにこ笑いながら言う。
「元気だね」
 ミズっちがため息混じりに言う。
「別に私が死んじゃう訳でもないんだから。ちょっと引っ越すだけじゃない」
「そりゃそうだけど……」
 つぶやく私の前に、一枚の封筒が差し出される。
「はい。それじゃ、サナちゃんとミズっちに特別なおみやげ」
「……何、これ」
「秘密。……とっておきの巻物の在処、とだけ言っておく。あとは自分で探して下さいっ」
 一瞬意味が取れないまま、私はその封筒を受け取っていた。
「じゃ、引越の準備があるから、私はこれで行くね。二人とも元気でね」
 そう言うと、あっと言う間に走り去ってしまう。
「あ、待って……」
 私が声を掛けたときには、既にカナエは角を曲がって見えなくなっていた。
「……とっておきの?」
「……巻物?」
 私とミズっちは顔を見合わせた。

『とっておきの巻物のありか
 一本足りない「きの」から、すこし丸くなった「しろ」をさがす。
 「しろ」で巻物のことを聞けば、すべてが分かるよ。』
「そう言えば、カナエって宝探しとか好きだったよね」
 土日は休みだったので、月曜日の教室。昼休みの教室で、私とミズっちは昨日の封筒の中身を眺めていた。……昨日までなら3人いた場面。カナエの席には、今は空っぽの机が置いてあるだけ。
「何かの暗号だよね……。でも、『きの』って何?」
「そんな言葉聞いたことないよ。何か別の意味があるんじゃないかなぁ」
「きのう、とか」
「それ、考えた。でも、だとしても意味が通らないよ。『昨日』から丸くなった「しろ」を探す、って」
「きの、きの、きの……駄目、他に何も思い付かない」
「うーん。それに、『一本足りない』ってのが気になるんだよね」
 こんこん、と手紙のその字の上を叩いてみる。
「もしかして、『きの』に意味はなくて……あっ」
 ふと気が付いて、小さく叫び声をあげる。
「佐野公園……」
「……あっ」
 私が言うのにワンテンポ遅れて、ミズっちも声を上げた。
「『き』の字から一本取って『さ』かぁ……すごいすごい」
「別に凄くないよ」
 苦笑しながら言う。
「それに、まだ後半は分かってないし……『丸くなった』ってどういう意味だろ」
「『しろ』って、今度は色々ありすぎるよね。白いとか、お城とか」
「動物の名前、なんてのもあり得るよ。コタツの上で丸くなったシロとか」
 ……結局、また堂々巡り。

 結局、授業が終わった後、私達は取り敢えず佐野公園に行ってみることにした。
 住宅地のちょうどど真ん中に、佐野公園はある。そんなに大きな公園ではないけど、すべり台にうんていにブランコに砂場、プラスチックの動物など、一通りの遊具は揃っている、そんなごく普通の公園。
「ライオンの背中、いつの間にか穴が開いちゃってるね。かわいそー」
 何故か青色のライオンの上に立ちながら、ミズっちが呟く。
「昔はよく遊んだよね。がおー、とか言いながら」
 そう言いながら、私は砂場のそばの遊具に近寄る。球形のジャングルジムになっていて、中に人が乗れて、そしてぐるぐる回転する奴。ホントの名前は良く分からないけど、私達は地球儀、って言ってた。
 手を掛けて、そのまま軽く力を入れる。きしみ声をあげながら、地球儀はごとごととゆっくり回り始める。
「サナちゃん、これでよく目を回してたよね」
 いつの間にかライオンから降りたミズっちが、懐かしそうに言う。
「いつもカナエが調子に乗ってどんどん勢いを付けて回してて、そしてサナちゃんが怒って降りてカナエの所に行こうとして、いつもふらついてこの砂場に転んでた」
「そうだっけ?」
 うんと小さい頃の、夢のようにも思えるぼやけた記憶。
「上に登ろっか」
 私は手を掛けて回転を止めると、地球儀に足を掛ける。小さい頃は、足を掛けるたびにごとごとと揺れるこの上に登るのが、私は怖くて仕方がなかったものだった。でも、今じゃ簡単にいちばん上まで登れる。何という事もなく。
 てっぺんからは、公園やその周りの住宅地が見渡せる。
 私はいちばん上の棒に腰を掛けて小さく息をつくと、辺りを見回した。
「いい眺めだね」
 隣の棒に腰掛けたミズっちがつぶやく。
「さてと、ミズっち。『しろ』を探さなきゃ」
「あ……うん、そうだったよね」
 忘れかけていた、という口調の答えが返ってきた。
 白いもの、白いもの……。
 砂場の周りにいるプラスチックの動物。青いライオンに黄色いウサギに……だけど、白い動物はいない。
 ジャングルジムもブランコも、白くは塗られていない。
「ないね……やっぱり佐野公園じゃないのかな」
 ミズっちが呟く。
「公園の周り、ってこともないよね……」
 そう言いながら、私は公園から付近の住宅街に目を移す。住宅街といっても、私達の町の中心に近い場所なので、普通の家以外にも八百屋とか食堂とかの店もちょこちょこ並んでいる。
「あっ」
 不意にミズっちが声を上げた。
「あれ、『しろ』って書いてない?」
 そう言って、公園沿いの一軒の店を指さす。
「……違うよ、あれは『しる』だよ」
 ちょっと目を凝らしてから、私は言った。……そう言えば、最近お汁粉屋さんが出来たって聞いたことがある。お母さんが、けっこう美味しいらしいって言ってた。
「なんだ、しる、か……」
 そう言い掛けたミズっちが、不意にばたっと立ち上がる。弾みで地球儀がぐらぐらと揺れる。
「な、何? 急に」
「そうだよ。サナちゃん、やっぱりあれが目印だよ!」
「だって、あれは『しる』だよ……?」
 戸惑いながら聞き返す。
「暗号は正確には、すこし丸くなったしろ、でしょ。『ろ』の先を少し丸めたら……」
「『る』の字になる!」
 そう言いながら、私も身を起こしていた。
「行こう!」
 最後の一言は、2人同時だった。

「いらっしゃいっ。何がいい?」
 店に入った途端、かっぽう着姿のおばさんが間髪入れずに私たちに声を掛ける。
 どう言っていいか分からずに、私とミズっちは顔を見合わす。
「あの……」
 言い出したのは私だった。
「とっておきのまきもの、あります?」
 一瞬きょとんとしたおばさんは、すぐに合点がいったという様子で頷いた。
「サナちゃんとミズっち?」
「は、はい」
 不意に愛称で言われて、私たちはほぼ同時に変な声で返事をする。
「おっけ。そこに座って待ってな」
 おばさんはすぐそこの机を指さすと、奥に入っていった。
 訳の分からないまま、私とミズっちは言われた通りにそこに座る。
 奥の方で、なにやらごそごそと音がして、とんとんとんと少し小気味いい音がする。
 そして、戻ってきたおばさんは確かに、巻物を持ってきた。
「はい、お待たせ」
 そう言って、私たちの机にそれを置いた。
「巻物……?」
 ミズっちが呟く。
「だよね、確かに」
 確かに、巻物だった。
 海藻らしき黒いもので包まれていて、その中に白いつぶつぶがあって、そのまた中に刺身とか海老フライとかが巻かれた……つまりは、巻き寿司。
「た、食べよっか」
 何とも言えない空気の中で、私が言った。
「う、うん」
 同時に一切れずつ箸をのばす。
 ……確かに、すっごく美味しい。「とっておき」という言葉が確かにふさわしい味。
 その時、再びおばさんがやって来る。お盆にはお茶の入った湯飲みが載っていた。それを一つずつ私たちの前に置いた後、「これもね」とだけ言って、おばさんは机の上に白い封筒を置いた。
 表の宛名書きを見て、私は目を疑った。
、「サナちゃんとミズっちに、藤本香苗」
 一瞬凍り付いた後、私は慌てて封を切った。
 そこには、便箋が一枚だけ入っていた。

「サナちゃん、ミズっち、この手紙を読んでるって事は、とっておきの巻物を手に入れたって事だよね。どうだった? とっておきの巻物は。お寿司の代金は私が払っておいたから、そのことは心配しないでね。
 今更、照れ臭くて言えないから、こんなややこしい事をやっちゃったけど。
 ……本当に、今までありがとう。遠くの町に行っちゃうけど、サナちゃんとミズっちの事はゼッタイに忘れないからね。
 元気でいてね。
 お小遣いを貯めて、また遊びに行くからね」

 ちらっとおばさんの方を見ると、おばさんは無言でにっこり笑った。
「……何がまた遊びに行くよ、カナエの馬鹿」
 ミズっちが押し殺すように言った。
 我慢してたつもりだった涙が、どっと溢れ出た。


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