Fortune of Alice

yoshikem

ア.アカネの場合

 アカネは不機嫌だった。
 今日は何をやっても上手くいかない日なのかも知れない。今朝は忙しかったのでいつも見ている占いサイトを見ていないが、そうだ、そうに違いない。今日の運勢はきっと「最悪」を示しているのだろう。そうでなければおかしい。
 そもそも、今朝忙しかったのだって後から考えてみれば釈然としない。今日までと言われていた課題があったからわざわざ学校へ早く行って朝の教室でどうにかこうにか終わらせたというのに、先生が「宿題多すぎたね」と冗談みたいな気まぐれで集めるのを来週にした。
 席順で生徒を当てる先生の授業、自分の前まで順番が来たから次の問題をあらかじめ解いておいて、今か今かと待っていたのに、先生が急に無駄話を始めてその内に授業終了のチャイムが鳴った。
 放課後、さっさと帰ろうと鞄にすべての荷物を詰め込んで帰りのホームルームを聞いていると、何故か先生が急にアンケートを配り始めた。その場で書けと言う。筆箱はさっき鞄に片付けたというのに。
 帰りにスーパーに寄ったら、いつも使っているシャンプーが安売りされていた。まだ残量は充分だったから買おうか迷い、スーパーを一周して他の買うものをそろえている間に考えようと思った、売り切れ御免の札にも気付かずに。一周して結局買うことに決めて売り場へ戻ってみると、売り切れていた。
 意味無い。
 全くもって意味のないことばかり。

 家に帰ってきたアカネは、荷物をすべて床の上に投げ出すとベッドへとその身を投げ出した。なんだか無性に疲れた。今日一日、何をやってもやることなすこと無意味になっていった。こんな日は無い。
「そうだ。占い……、結局一日忙しくて見てないや」
 こんなに最悪だった一日だ。占いは一体どんなことになっていたのだろうか。もしこれで幸運な一日、とでも書かれていたら笑えるのだが。
 携帯電話を操作して、毎日見ている占いサイトへとアクセスする。
 画面では牡牛座をかたどったマスコットが申し訳なさそうな顔をして「本日分の掲載は終了しました。また明日もよろしくね」と言っていた。
 最悪だ。
 が、ここまで来るととことん気になるもの。幸い、アカネには二つ年の離れた同じ星座の兄がいた。確か兄もあの占いサイトを見ていたはずだ。携帯電話を開いたまま操作し、兄の番号に電話をかける。
「今日の占い? 今日が終わるって頃なのに、今から占いの結果聞いて意味あるのか?」
 兄の呆れたような声に、アカネは不機嫌そうに言い返した。もう、どこか意地になっている。
「……ない、かもしれないけれど知りたいの。見たんなら教えてよ」
「あー、わかったわかった。だからそんな大声出すなって」
 兄は小さく頷くような声で一息入れると、占いの結果を教えてくれた。

「焦って行動すると無意味なことをする羽目になるかもしれないから、慎重になりましょう、だったかな」



リ.リナの場合

 リナはテレビ画面を眺めながら顔をしかめた。
 B型の人。今日は最悪の一日かも知れません。くれぐれも事故に遭わないように注意してね。
 朝のニュース、血液型占いのコーナーではローブで身を包んだいかにも魔法使い然としたアニメキャラがそんなことを言っていた。
 占いは割と信じるたちなので、随分と凹む。最悪の一日ってなんだ。事故って、一体何が起こるんだろう。今日の授業のことなどを思い浮かべるリナの心を暗澹たる雲が覆っていくようだった。
「注意してどうにかなるんなら良いんだけどね」
 せめて気をつけられることは気をつけておこう。
 そう思ったところで、不意に香ばしい匂いが鼻をついた。
「……これって……、ああっ!?」
 慌ててオーブントースターの蓋を開ける。ほどよく、と言うにはいささか小麦色に焼けすぎた感のあるトーストに慌てて手を伸ばし、一瞬その熱さに手を引っ込める。
 そっと皿の上に載せたトーストは、もう少し気がつくのが遅ければ焦げていただろう焼け具合だった。どうやらテレビを見ながらオーブントースターをセットしたら時間を長く設定してしまっていたらしい。
 なるほど。さっきの占いはこういう事故のことを言っていたのかも知れない。
「やっぱり当たるもんなのよね。……そういえばミナってばまだ起きてきてないけれど……サボる気かしら」
 バターとジャムを塗ったくりパンにかぶりついたところで、二階の廊下から、そして続く階段からどたどたとけたたましい音が聞こえてきた。
「わあああ、お姉ちゃん、なんで起こしてくれないの!?」
「さっきまでアンタのこと忘れてたから」
 階段から転げ落ちるように出てきた、リナによく似た少女――ミナは、時計と姉を交互に見ると一瞬の迷いも見せずに食パンをトースターに放り込む。
「もう、目覚ましが止まってるなんて最悪だよ」
「セットし忘れるアンタが悪い」
「違うもん。セットはしたのに電池が切れてたんだもん」
 ミナは口を尖らせながら手櫛で適当に髪を整える。血を分けた姉妹であるというのに自分とあまりにも違う性格の妹を、リナは時々不思議に思う。
「さて、と。わたしはそろそろ行くけど、ミナはどうするのよ?」
 いつも一緒に学校へ行っている妹へ、一応とばかりに訊ねる。一緒に行くのか、それとも遅れて出発して急いでいくのか。
「行く行く。パン食べながら行くから」
 どこの漫画のキャラかと思うようなことを宣言する妹に肩をすくめて、リナは自分の鞄を手に取った。
 っと、忘れ物確認。なにせ今日は最悪の運勢なのだ。何を忘れていても不思議ではない。
 財布は持った。教科書も、時間割通りに入っている。筆箱を入れ忘れているなんてミスは、流石にない。
 でも、何かが足りていない気がする。
「……あれ、今日、体育あるのに……」
 程なく、その違和感の正体に気付く。体育があるというのに何故か体操服を持っていない。
 なるほど、落とし穴だらけだ。昨夜支度をする時に明日の朝用意しようと思って、そのまま忘れてしまっていたらしい。
 慌てて部屋へ取りに戻り、鞄の脇に体操服の袋をくくりつける。
「さて……、ミナーっ、もう行くよ。急ぎなさいー!」
「あ、うん、今行く」
 玄関で靴を履きながら、後ろから迫る靴下の足音を聞く。
 家を出て、自転車のサドルにまたがる。よし、準備OK。
 すぐ後ろで同じく自転車に乗った妹を振り返り、
「……あれ、ミナ、あんた体操服は?」
 鞄一つだけ駕籠に突っ込んで出発しようとする妹の姿に一瞬違和感を覚えて、問う。
「え、あ、忘れてた!」
「もう……先に行ってるからね」
 慌てて家の中へと取りに戻る妹の姿を横目に、リナは自転車をゆっくりとこぎ始めた。
 全く、そんなドジまで似なくてもいいのに、と心の中で独りごちてペダルを強く踏む。
 家を出て暫くすると長い下り坂の道だ。ここを一気に駆け下りるのは、帰りがキツイということに目を瞑ればそれなりに気持ちいい。
 下り坂を下りたところの交差点で赤信号を見て停車。この赤信号の間にミナが追いついてくるだろうか。そんなことを思って家の方を振り返ると。
 何か、不穏なものが見えた。
「わあああああ、お姉ちゃん、止めてえええええええ!」
 ミナが、坂道だというのに猛烈なスピードで迫ってくるのが見えた。手元のブレーキレバーを何度もぎゅっぎゅと握っているのにスピードは一向に緩まる気配を見せない。ブレーキが壊れているのかもしれない。なんという不幸な事故。
 しかも、そのまま直進してくると確実にリナに当たるコースだ。
 視界の中で大きくなる妹を不思議と落ち着いた気分で眺めながらリナは占いのことを思い出していた。

 あ、そうか。

 忘れていたわけではない。
 いや、でもこれは忘れていたのかもしれない。

 同じ学校、同じ学年、同じクラスに通う、自分と同じ顔をした双子の妹ミナもまたB型だということを。



ス.スミカの場合

 スミカの家には代々伝わる必中のタロットカードというものがあった。昔から続いている、一族秘伝の門外不出のカードだ。
 一日に一回、このカードは使用者にその日に起きることを暗示的に示してくれる。そして、カードが示したことは必ず起こるのだ。
 詳しい謂われを知っている人はもはや誰もいないのだが、カードが年代物であるのは確かだし、実際スミカの母も、スミカの祖母もこのカードを使っての占いを外したことはないと聞いている。
 そのタロットカードの山札を前にして、スミカは深呼吸をした。
「うん。じゃあ、今日の私を、教えて」
 そう呟きながら、左手で山札の一番上のカードをめくる。その日一日のことをカードに教えて貰う、そして何より自分という一番身近な存在について示しているカードをその日の始まりに読み解くのは、スミカの日課だった。
 そして、今日という一日を暗示したカードがめくられる。
「太陽の……逆位置」
 カードには「THE SUN」という文字と太陽の下で遊ぶ子ども達の姿が描かれていた。但し逆向きに。
 太陽のカードが示すことは本来は幸福や健康。それ自体は非常に好ましいカードだが、逆位置となると多くの場合その意味が裏返る。つまり「〜ではない」と言う意味になる。
 今回の場合は幸福でないとか、健康でないとか。
「はあ……、なかなかなカードを引き当てたわね」
 二十二枚あるカードの正位置と逆位置。四十四通りしかないのだからひと月半に一回程度は太陽の逆位置も引く羽目になるのだが、だからといってネガティブなことを示すカードを見て気分が良くなるかというとそんなことはない。
 こういうカードはあまり解釈したくないのだが、それでも占い師を目指す以上占いの結果の好き嫌いなど言っていられるはずもない。
「さて……なにかしら。健康じゃない……で風邪を引いたり怪我をするとか、或いはお財布を落とすとか、そんなところかしら」
 溜息をついて肩を落とす。
 これから学校に行かなければならないと言うだけでも気分が沈むのに、一層盛り下がることである。
 まったく、朝から幸運じゃない。

 だが、心配を余所に一日は特に何事もなく終わってしまった。
 風邪を引くような寒さもなかったし、怪我をすると言うこともなく、また何かを落とすようなことも無かった。
 となると、あのカードは一体何を暗示していたのか。
 絶対に何か「太陽」ではない事柄を示していたはずなのだけれど。
「はあー……」
 溜息をつきながら、何とはなしに色々なホームページをめくる。最近は友達のブログを見るのにはまっていて、大体寝る前にパソコンの前でこうして画面と顔を付き合わせている。
 その友達のブログの隅っこの方、ニュースが色々並べられているコーナーをふと間違ってクリックしてしまった。
 たまにやるのだが、あまり興味のないニュースが一杯画面に表示される。
 見出しと簡単な内容がずらっと並ぶのだけれど、読む気もないのでさっさと戻るボタンへカーソルを動かす。
 と、そこでマウスを操るスミカの手が不意に止まった。
 なんだろう。いま、記事のどれかが妙に目を引いた気がしたのだけれど……。

 文部科学省が発表。学習指導要領改定で「3.14」完全復活。

 小学校五年生であるスミカにはその詳しい内容はよく分からなかったのだけれども、円周率の話はこの間学校で習ったばかりだから多少は分かる。
 記事の見出しにはとりあえずこう書かれていた。

 円周率、サンではなくなる。


の.あとがき
 はじめましての方ははじめまして、そうでない方にはこんにちは。yoshikemです。
 追いコン本所収の「Fortune of Alice」でした。慣れないSSやってみました。
 いやあ、難しいですね。オチをつけるというのが如何に大変なことか、存分に思い知りました……。多分もうやらないだろう、と言うか出来ないだろう、と言う気が沸々としております。
 今回のこの掌編群のテーマは、一応「少女」と「未来」です。占いを一つのキーワードとして、なんかオチているのかオチていないのか、イマイチよく分からないようなSSもどきを3編、並べてみました。まあ、深くは突っ込まないでください。
 それでは、今回はそそくさと書き逃げと言うことで。それでは、皆さんまたどこか、活字の波の打ち寄せる浜辺でお会いしましょう。yoshikemでした。


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