むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
あるひ、おじいさんはやまへしばかりに、おばあさんはかわへせんたくにでかけました。
おばあさんがかわでふくをあらっていると、とつぜん、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと、おおきなももがながれてくるではありませんか。おばあさんはおどろきました。
――さて。そもそも何故、桃が突然流れてきたのだろうか?
話は、この日から約五年前にさかのぼる……。
薄暗い部屋の中、少年は机に置かれた物体を眺めていた。
「…………」
見た目、不気味に巨大な桃である。それはきれいに中央で割れていて、中に無機質な金属のシェルターらしきつくりが見える。十五歳程度と思われる少年はうなずき、椅子の背にもたれかかった。その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
無愛想に少年は答えた。入ってきたのは、大きな体躯と頭に生えた二本の角、異形の存在。世間一般には『鬼』と呼ばれ、恐れられる生物だ。
あれは確か中間管理職の青鬼の、名前は……とうの昔に忘れてしまった。そんなもの、俺には関係の無い事だ。
「例の件、どうなってんだ?」
青鬼の問い掛けに、少年は無言でうなずいた。
「そうか。じゃ、そろそろ、てめーの考えてる実行への概略ってのを教えてくれ」
「了解した」
少年は手元のファイルから、複数枚のB4のプリントアウトを手に取った。
「――まず、俺自身のDNAから俺のクローンを製造し、過剰成長のための特殊ホルモンを注入したうえでそれを抑制する薬品の入ったカプセルに保存しておく。その現物がここにある」
少年は机の上に一個の両手で抱えるくらいの透明のカプセルを置いた。緑色の液体で満ちており、その中には乳幼児が入っている。青鬼は満足げにうなずいた。
「おぉ…こりゃまた、よくできてんな。で、何処でやるんだ?」
「…すでに対象はピックアップしてある。ここ鬼が島から半径二〇キロ以内にある山奥で人の交流が少なく、かついつ死んでもおかしくないような、血族がない老夫婦が生息しているのは――」
少年は持っていたプリントアウトの中にあった周辺の地図が書かれているものを取り出し、ペンで赤くマークをつけた。
「ここか?」
「そうだ。鬼が島から北北東約一七キロ、標高推定海抜一五四メートル。最寄りの人家でもおよそ七キロほどある。老夫婦の平均年齢は六九歳。ここなら安全だ」
「そうか。よくここまでやったもんだぜ」
「造作も無い事だ」
素っ気無く少年は答えた。ピックアップした民家近くの川を指し、説明を続ける。
「近くの川にこのクローンを入れたシェルターを流す。ここの老婆は毎日〇八一三時に川へ洗濯に向かう確率が九八パーセント。この川からシェルターを流し、老婆に拾ってもらう」
「んな方法でホントに大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ」
自信ありげに少年は言った。
「別な物質を流してみるなどして、すでに実験ずみだ。あの老婆は流れてきたものは間違い無く拾得している。貪欲なものだな」
「……さいですか」
あまりにトゲのある言い方に半ば呆れて青鬼が返す。
「ボケた老人が巨大な桃を見てもそう不思議には思うまい。拾ってもらった後の行動については、俺がクローンの声帯付近に埋めこんだ発信機を利用して行うものとする。あとは――前に話した通りだ」
「判った。俺様達がそれまでに準備しとく必要はあんのか?」
「そうだな……」
少年はしばし黙考したのち、にやりと笑った。
「民衆から様々な金品を略奪してこい。出来るだけ派手に、だぞ。愚民どもに『鬼』の恐怖を植え付けておくのだ」
「何ぃ?」
青鬼は訝しげに眉根を寄せた。
「それに何のメリットがあんだよ?」
訊かれて、少年は意味ありげに含み笑いを漏らした。
「ふ……――じきに、判るさ」
青鬼は首をかしげながらも何とか納得した様子だった。
「しっかしよぉ…めんどくせーなぁ。なんだっていちいち強盗なんざしなきゃなんねーんだよ」
「…仮にも鬼である貴様が言う台詞か?村人が聞けば腰を抜かすぞ」
少年が小さく肩をすくめる。青鬼は苦笑し、続いてぼやいた。
「ま、な。…最近村人どもが俺様達の討伐の準備をしてるらしいからなぁ…人間とはいえ油断はできねぇ」
「判っている。そのための『英雄』を用意するのだろう?」
「ま、そうだな」
微笑して青鬼はうなずいた。
「――で…この作戦が無事成功したあかつきには……」
青鬼が言う前に、少年がその内容を口にした。
「言わずとも判るだろうが、貴様等に『製造』された俺の自由を保証してもらうぞ」
それを聞いて、青鬼は安心したように息を一つついた。
「OK、わーってるっての……じゃあ、本格的な決行はいつになる?」
「下準備に多少時間もかかる。……よし。五年後の今日と洒落こむというのはどうだ」
「そりゃいい。そうしようぜ」
青鬼は楽しげに言った。寿命の長い鬼にとって、五年とはそれほど長いものではない。
「決まりだな。ではこの作戦を――『TRAITOR』と名付けよう」
「トレイター?何だ、そりゃ」
「お前は判らなくていい事だ」
訊いてくる青鬼に少年は素っ気無く答えた。思いついたように言う。
「――そういえば。俺の名は何にすればいい?」
「今まで名前なんざ必要なかったからなぁ…今回の作戦に桃を使うんだ。『桃太郎』はどうだ?」
――馬鹿か、貴様は。
出かけた言葉をなんとか抑える。まあ、何だって同じ事だ。少年はうなずいた。
「――じゃ、桃太郎さんよ。五年後に、また会おうぜ」
「ああ」
少年――桃太郎は青鬼と握手を交わし、ドアを出て金属の螺旋階段を上り、地上に出た。岩盤が露出した、小さな島だ。足元の小さなスイッチを押すと、階段への入口が岩盤のようにカモフラージュされたシャッターに覆われ、完全に見えなくなった。桃太郎は天を仰ぎ、冷笑した。
「ふん…所詮は鬼、か」
TRAITOR――――裏切者――――すべてを知っているのは、この俺だけだ。
全ては、俺の思うように動いている。
「く…くくくく……はぁっははははっ!」
高らかに笑いながら、桃太郎は夜の闇へと消えていった。
――さて、はなしはもどります。おばあさんはおおきなおおきなももをみつけました。
「まあ、なんておおきなももだこと。おじいさんといっしょにたべるとしましょう」
そういって、おばあさんはながれてきたももをひろいあげ、せんたくをおわらせたあといえにもってかえりました。
「じいさんや、じいさんや。おおきなももをみつけましたよ」
いえにかえるなり、おばあさんはとてもうれしそうにいいました。おじいさんもおおきなももをみてびっくりです。
「おお、これはすごい。なたをもってくるからふたりでたべるとしようかのう」
おじいさんはひきだしからなたをもってきて、ももをふたつにきろうとしました。
――問題無い。順調に進んでいる。
老夫婦のいる山の奥地。桃太郎はミラーグラスとインカムを装着し、状況をうかがっていた。老人が鉈で桃を切断しようとしている。刃が桃型のシェルターに切りこまれる。数センチ入った時、ガキンと金属にぶつかるような音がした。
『…ん?どうしたんじゃろうか』
呑気に呟き、しげしげと鉈を眺める。ミラーグラスに映る映像の右隅に、赤文字でカウントダウンが始まった。それがゼロになると、シュン、と音がしてまず内側のシェルターが開いた。次に外側の桃の上部にあるボルトが外れ、勢い良く桃が開いた。中にはすでに三歳児くらいまでに成長した桃太郎のクローンが立っている。老夫婦は驚いた。
『なんてことだい。中に人が入っておったのか』
『おお、きっと神様がわしらに孫を与えてくれたのに違いない。ありがたや、ありがたや』
突然老人がそんな事を口走った。ボケる事とは恐ろしいものだ。
(……神…か……)
ふと、小さく呟く。桃太郎は冷笑した。
貴様等は、俺の掌の上で踊っているにすぎない。貴様等にとっての神とは、俺の事なのか?まあ、外れてはいるまい。貴様等の運命は、この俺が掌握しているのだから。
――貴様等など、所詮、この俺の計画の歯車にすぎないのだから。
『――そうじゃ。この子に名前をつけねばいかんのう』
その時、思いついたように老人は言った。一応桃太郎という名をこちらから明かしておかねばならない。マイクに向かって喋ろうとすると、先に老人が案を出した。
『桃から生まれた子じゃしのう…ももたろう、というのはどうじゃ?』
『いいですね。そうしましょう』
はからずしも同じ名前が出た。という事は、あの鬼はこのボケ老人と同レベルという事なのだろうか。まあ、どっちにしろ都合がいいのは確かだ。このまま話を進めよう。
あのクローンは成長を異常促進させるホルモンが射ち込んである。だいたい半年ほどで、俺と同じくらいまで大きくなる。それまでは適当にインカムを使って暇を潰そう。
奴が大きくなった時、俺の真の作戦が始まる。
――楽しみだ。
誰にともなく呟き、桃太郎は薄く微笑んだ。
遠くで狼の遠吠えが聞こえた。
ももたろうはおじいさんとおばあさんのもとで、すくすくとそだちました。あるひ、おじいさんはももたろうにぽつりといいました。
「さいきん、むらにおにがでるようになっての。みんなのたからものなどをうばっていくそうじゃ。ぶっそうなよのなかになったものじゃのう」
「でもじいさんや。むらのみんながこんど、おにたいじにでかけるといっておったよ」
「おお、そういえばそうじゃった。うまくいくといいのう」
「そんなひつようないよ」
ももたろうがとつぜん、くちをはさみました。
「みんなをあぶないめにあわせたくないよ。ぼく……みんなのために、おにたいじにでかけるよ」
――そろそろ、頃合いだな。
老夫婦は何の脈絡も無く飛び出た『ももたろう』の言葉に感動し、旅の準備を調えてくれている。『僕』などという一人称は歯の浮くような台詞だとも思ったが、まあこれも作戦のためだ。あんな言葉、どうせ一生に二度は言うまい。面白くなさそうに、桃太郎はインカムのスイッチを切った。どうやら鬼どもは予想以上に悪名を広げていたようだ。いま、俺のクローンは家の近くの川のほとりに待機させてある。
――さて、すりかわるとするか。
桃太郎はインカムとミラーグラスを鞄に押し込み、およそ三〇〇メートル離れたクローンのもとへと向かった。
『ももたろう』は、糸の切れた操り人形のように呆然と座り込んでいた。
まあそれも当然だ。これまですべて桃太郎がインカムで指示を出していたのだから。何はともあれ、服装くらい俺も偽装しておかねばならない。身ぐるみを剥いで、適当に捨てておこう。
おじいさんとおばあさんは、ももたろうのためにおいしいおいしいきびだんごをつくってくれました。ももたろうはおじいさんたちにおれいをいってから、いえをあとにしました。
桃太郎はとりあえず山を降りずに、もともと自分がいた場所まで移動した。入手した基本装備を確認する。まず食料は、きびだんごが三個。これで足りるとでも思っているのだろうか。せいぜい三日が限界であろう。まあいい。食料など自分でいくらでも調達できるものだ。暇を見て熊でも狩ればいい。
次に、日本刀が一振り。どうも刃こぼれの目立つ、ちゃちな刀だ。まず業物ではあるまい。桃太郎は自分の荷物の中から別な刀を取り出した。すらりと長く、冷たい輝きを放つ刀だ。満足げに長刀を見る。
「ふん…くだらん」
桃太郎はもらった刀をぽいと川に投げ捨てた。川の底にはすでに、『解体』されたクローンが沈んでいる。もう一度、自分の長刀を眺める。
これを見つけるためだけに、わざわざ三年もの歳月を費やした。五年の歳月とは、以外に早いものだ。時間が余れば唐にでも渡って、格闘術のひとつでも修得する気でいたのだが。時間的問題から、自己鍛錬程度におさまってしまった。これでは相手によっては僅かに骨が折れるかもしれない。その点では、まあ不満ではあった。しかし、許容範囲内だ。
「さて……」
桃太郎は川を一瞥したあと、かつての故郷――鬼が島への道を急いだ。
ももたろうがおにがしまにむかっていると、いぬがとつぜんはなしかけてきました。
「ももたろうさん、ももたろうさん。そのきびだんごをひとつ、わたしにくださいな」
「いいでしょう。でもそのかわりに、わたしについてきてくれるかい?」
いぬはよろこんでうなずきました。ももたろうはいぬにきびだんごをひとつあげて、またたびをつづけました。
――こいつらを、どう使うべきか。桃太郎はしばし考えた。
あのあと猿とキジが同じように話しかけてきた。一応はおとも――もとい、下僕として団子一個程度で買収したが、所詮は動物。しかも人語を理解するあたりがうざったい。これらがある限り、俺はあの気持ち悪い口調を続けねばならない。
――まあいい。とりあえず、『策』はある。
桃太郎はそう考えて、三匹を無視しながら再び歩きつづけた。
沈みかかった夕日が、大地を染め上げていた。
――赫く。鮮やかに。
――そして、ちょうど五年振りに、桃太郎は鬼が島へと帰ってきたのだった――
「何者だ!」
見張り役だった赤鬼が叫んだ。それを合図に、そこここにいた鬼達が集結する。海岸を背に、桃太郎はすぐに囲まれてしまった。小声で三匹の動物に告げる。
(…行け)
犬、猿、キジの三匹が一斉に赤鬼にとびかかった。
「――甘いっ!」
赤鬼が棍棒を一振りする。三匹の動物はなぎ倒され、即座に絶命した。鬼達がにわかに殺気立つ。
『待てっ!』
誰かが鬼達を制止した。一声で一同の動きがぴたりと止まる。人垣の中からゆっくりと出てきたのは、あの青鬼だった。微笑んで言う。
「………久しぶりだな、桃太郎さんよお」
「ああ。流石にあれごときでやられるほどに腕は鈍っていなかったようだな」
意外な内容の会話に、鬼達がざわめく。青鬼がにやりと笑って、説明を始めた。
「いいか。こいつは俺様達鬼の手によって製造された人間兵器だ。今回、俺様達の作戦の柱として活躍してくれてんだ」
その言葉を聞いて、今度は桃太郎が冷ややかに笑った。
「…違うな。貴様等が、俺の作戦の柱だったのだ」
「は?」
拍子抜けした声。瞬時に、桃太郎の姿が消えた。
「なっ…消えたっ?」
再び鬼達がどよめく。背後から、何処か楽しげな声がした。
「くく…何をしている?俺は、ここだ」
ざっと鬼達が振り向く。背を向けた桃太郎が刀を抜いていた。切っ先を軽く地につける。
――刹那。
鬼達が次々と倒れ伏していった。じわりと血の池が広がっていく。唖然として、唯一立っている青鬼が言葉を失う。
「な……てっ…てめぇ…?」
「何を驚く必要がある」
おかしげに低く笑いながら、桃太郎は肩をすくめた。
「――ククッ…いや、貴様等程度の頭では予想もできなかったか。本来なるはずだった、俺を英雄に仕立て上げて討伐を取りやめさせる計画がすんなりいくとでも思っていたようだな。実に面白い冗談だ」
「てめぇ…裏切る気かよっ!」
「――裏切る?」
聞き慣れない言葉を聞いたかのように、桃太郎は間をあけてから呟いた。
「もとより俺は貴様等に肩入れするつもりなどない。俺のためとも知らず、貴様等は実によく頑張ってくれた。礼を言おう」
恐怖に青ざめる青鬼。桃太郎は長刀を青鬼に突きつけた。
「俺にできるささやかな報酬だ。受け取るがいい」
桃太郎は刀を正眼に構えた。殺気が膨れ上がり、冷たい竜巻となって桃太郎を包む。
「――鬼岩流剣術、参の型」
「や……やめ…」
両手を振って、必死に訴える青鬼。その形相を見て楽しんでいるかのように、桃太郎は一笑し、刀を振り上げた。
「――清流衝、破軍」
銀光が閃き――斬撃が放たれた。
ふたつに分断された青鬼が、赤黒い血溜まりに沈んだ。
月明かりに、血塗られた長刀が妖しく映し出されていた。
「まあ…及第点か」
やや不満げに桃太郎は呟いた。刀を鞘におさめる。
これで俺を束縛するものは何もない。財宝を持って帰れば、俺は英雄扱いだ。あとはあの老夫婦を毒殺なり沈めるなりして処理すれば、あの財宝も全て俺のものだ。
「残るは…」
呟き、足下の岩盤を蹴る。カチリと音がして、そばの岩盤のようなシャッターが開いた。それを見届けた後、桃太郎は近くに転がっていた犬達の死骸を抱え、三匹を離れ離れに――ちょうど円状に、等間隔に離れている感じだ。三匹の距離関係を大雑把に確認したあと、桃太郎はシャッターの中の螺旋階段を駆け下りた。
鬼が島、地下層。俺の、作られた場所。この計画が、始まった場所。そして、これからの俺の、始まりの場所。そこに今、俺はいる。沈黙していたコンピュータの電源を起こす。正面のディスプレイに、鬼が島の表層の様子が映し出された。
「……よし」
桃太郎は懐からひとつの小さなスイッチを取り出した。無造作にスイッチを押す。
その瞬間だった。ディスプレイごしの風景が、白く染まった。地を揺るがす轟音が響く。しばらくすると、ノイズに混じって所々で炎の上がっている鬼が島が見えた。桃太郎は冷笑し、誰にともなく呟いた。
「ふむ…あれらも多少、役には立ったな」
犬、猿、キジに与えたきびだんごの中に、鬼が島でも最強と呼ばれる小型爆弾を埋めこんでおいたのだ。直径わずか数ミリというサイズで、半径六百メートルの広範囲を灰塵に帰す事ができる、鬼の技術が生んだ最終兵器。その威力たるや、絶大であった。とはいえ、この特殊シェルターに包まれた地下層までは被害が及ばなかったようだが。
これで、鬼が存在していたという証拠すらもはやない。
この技術も。島も。今日この時から、俺の居城となるのだ。
これからの、さらなる『計画』のための。
この国も、世界も。ゆくゆくはすべてを――俺は、この手に納めてみせる。
すべてを凌駕する力と、この造られた忌まわしき身体で。
桃太郎は燃え盛る地上に出た。三箇所にあるクレーターを一瞥し、冷笑する。
現時点で、金も、自由も。俺は、すべてを手にしたのだ。
「…ふ……これで…完璧だ。くくく………」
むせるような血の臭いが炎に混ざる。冷たい死の気配が漂うなか、桃太郎は漆黒の夜空を振り仰いだ。
「ククク……ハァッハハハハハハハッッ!」
身を翻し、桃太郎は『仕上げ』へと向かった。
闇に浮かぶ横顔に、狂気の笑みが浮かんでいた。
屍と血の海こそ、俺があるべき場所。
闘いのない場所に、用はない。
所詮、俺は造られしものなのだから。
――闘わぬ俺になど、価値はないのだから。
そして、おにをたいじしたあとにおじいさんたちのところへかえったももたろうは、しあわせにくらしましたとさ。
――そう。桃太郎『は』、幸せに暮らしたのである。
――歴史の裏側に眠った、巨大な狂気によって――
めでたし、めでたし。
――了――