ヒト・裏

椎名流

 私は世界を憎む。滅ぼしてしまいたいぐらいだ。だが、この身はもう長くはもたない。それゆえ、この思いを人に託す。我が思いは土へと吸われ、永い時を経て育つだろう。そして、私は勝利をこの手につかむのだ。

「奴の潜伏場所がわかりました。」
やっとこさ、追いつめたぞ。これで、奴とおさらばだと思うとせいせいする。
「頭、あの小屋の中です。」
小屋の中に入ると、確かに奴がいた。荒々しく音を立てて入ったにもかかわらず、奴は気づいたそぶりすら見せなかった。こっちに背中を向けたままだ。近づいて肩をぐいっと引っ張る。すると、奴は力なくこちらを向いた。だが、奴はもう生きてはなかった。本来あるべきところに目はなく、ぽっかりと開いたその穴からは赤い線が無数に垂れていた。それなのに、奴の口は満足そうに笑ってやがる。俺は言いようのない恐怖を感じ小屋から飛び出した。そして、小屋に火を放った。それ以来、やつのことは考えないようにしている。

 それはきれいな人形だった。知人のつてで手に入れたその人形には瞳しかついてなかった。顔には目が二つあるだけ。そして、顔のほかには何もない。それでも、その人形はきれいだった。私は一目見たときから、その瞳に魅入られてしまったのだ。私はその人形用の台を特別に作らせた。二本の足を持ち、胴体を持ち、二本の手を持つ。そして、首を持つ台だ。それ単体で見ると気味悪いことこの上ない台だが、人形にはこの台が似合うという確信があった。その台は、本当に人形に似合ったものだった。人形は体を手に入れて喜んでいるように見えた。その夜、物音に気づいて起きた私は信じられないものを見た。最初は誰かが人形を盗みに来たのかと思った。でも、それは大きな間違いだった。人形が自分で出て行こうとしていたのだ。私は慌てて、人形を止めた。人形は振り向くと私にこう言った。
「あなたは私に体をくれた。そして、私を拘束しようとした。」
目しかなかったあのきれいな顔はもはや恐怖をもたらすものでしかなかった。

 私は体を得た。手足も得た。でも、私にはまだ足りないものがある。まずは口だ。ナイフで口を作る。そんなに難しくはなかった。次に耳、そして鼻。私が顔を作り終えて出て行こうとすると、私を呼び止めるものがいた。振り向くと、それは私に体をくれた人であった。彼は奇妙な音をさせていた。彼から聞こえるその音は、私の体からは聞こえないものだった。私は逃げられないように適当に声をかけながら彼に近づいていった。一歩近づくごとにその音は速いテンポを刻み、大きくなった。私の手が彼の首をとらえた。音は今までにないほど激しくなっている。音は彼の左胸から聞こえていた。触ると表面が動いているのがわかった。どうやら、内部にあるらしい。取り出してみると、それは不規則なリズムを刻みながら蠢く肉塊であった。私は左胸を切り開くとそれを埋め込んだ。足りなかったものが一つ減ったわけだ。

 私は足りないものを一つずつ揃えていった。そこら辺に転がってる部品を全部使ったけれど、足りない部品があるような気がしてしょうがない。新品のヤツを使って、全部の部品があるかどうか一つずつ確かめたのだから、足りないということはないはずなのだが、なぜか足りない気がする。

 私は知ってしまった。旅人から聞いただけだが、知ってしまったのだ。歓喜のあまり首が取れてしまいそうだ。足りないものを知ったのだ。そして、それを持っていそうなものを知ったのだ。

 悪魔は私に足りないものをくれた。人の心だ。それはとても懐かしい感覚を呼び起こす。ずっと忘れていた思い。やっと取り戻した思い。

 私は世界を憎む。この美しい世界を憎む。この意地悪な世界を憎む。私は思い出したのだ。私は世界を憎んでいたのだ。そして、今でも私は憎んでいる。こんなに美しかったのに、世界は教えてくれなかった。その美しさを自分だけのものとするべく、秘密にしていたこの世界が憎い。この意地悪な世界、今では憎らしく、とても愛しい。

 世界はこんなにも美しかったのに、私はもうそこに住むべき存在ではない。私はもう人ではない。己を否定した私は、もう長くは持たないだろう。だが、私は満足だ。私は勝利をこの手につかんだのだ。この感触はずっとなくさない。私はこの勝利の感触とともに消えてゆくのだ。


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