「そやそやこないだの衿はんさんとこからの注文はどうなってんのや。まさかまだ手ぇ付けとらへんゆうことはあらへんやろな。」
「へぇ。番頭はんほんまに申し訳たたんことですねんけれども、実は天界の方はもう大方できとりますねんけれども煉獄と地獄の方がなんと申しますか、どうゆう構図にしたらええもんか、さっぱりわかりまへんのや。いやそれが衿はんさんみたいなステテコ屋はんにあうようなもんというのがどんなもんなんかがわかりまへんのや。なにしろステテコ屋はんから来たのは初めてのことですよってに。それも普通のステテコ屋はんからのやったらどないでもなりますねんけど、なんといっても衿はんさんはうちとお付き合いが長いですし、それにもとは老舗の呉服屋さんだったのが商売替えしはったとこやし、地獄、煉獄ゆうたかて戒めとして置きたいゆうことやよってに、そないにただただおどろおどろしいだけのもんはあきまへんやろと思いますさかいに。」
「あほ、そないに余計なこと考えんでよろしい。ただただおどろおどろしい見て恐くなるようなもんでよろしい。ごちゃごちゃ言わんとちゃっちゃっとしい。」
というと助松は奥の作業場の方へゆらりゆらりと去っていった。
「ほんまに鈍いやつや。困ったもんやな。あないなことでああしよこおしよゆうてたら時間かかってしゃあないわ」
「そないゆうても、あんたかて昔は似たようなもんやったで。ほら思い出してみいな。御菓子司中島利兵衛さんとこの床の間の金もんででけたいわれのある花入れの裏に「無義は義なり。」ゆう親鸞さんの言葉を彫ってくれとお寺さんが頼まれたんをうちにお寺さんが持ってきた時のことを。」
「麦がただの「ぎ」になったらうどん屋がみなつぶれてまうで。」
「ああもうまた悪い癖が出た。こないだもあんたそないなつまらんことゆうて近所のええわらいもんになってたゆうのに。」
「そういやそうやったな。旦那はんにも「そないなこと言うてたら隣のご隠居がいうてた「昔いた偉い御坊さんの講話の「昔々唐の時代の名も分からぬ役人が名も分からぬ羅生門に座っている老人から聞いた「昔々わしが若いまだ宮仕えをしておった時分に、ときの権勢を誇る人につかえる宦官より聞いた「昔々ここに、ある道教の修行者がよからぬ心を起こし村娘を凌辱したことにより生を受けた女官が使えておって、その母親が嘆き悲しんで村の祈とう師のところに行って聞いた「修行中のころ師より聞いた「遠い遠い昔におった今はもう名前も分からぬ偉大な伝説上の天界の者と会話することができたという仙人が言ったと伝えられる…………、」「もうええ!、あんたわたしがあんたの戯言のせいでどれだけ辛い思いをしてきたかわかってんのか」
「辛い思いって冗談やがな。近所のもんもみなわしのこと「一休禅師の生まれ変わり」ゆうてくれてるがな。」
「そないなことわかってます。」
「分かってるんやったらなにもそないにぶちぶちいうことあらへんやろ。」
「わたしはなにも近所の人があんたのことどう思てるかについてゆうてません。」
「ほな、なんやねんな。」
「こないにしょうもないこと聞かされ続けてわてがどないに辛い思いしてるかゆうことです。」
「ちょっとおまえおかしいいんとちがうか。しょうもないおもてるんやったら聞き流したらええことやろ。ほんまにおかしいやっちゃなぁ。あぁ、そうか、分かった、おまえ最近月のものなかったみ…。」
「はしたない!!!そないなこと口に出すもんやおまへん。別にそないにしょうもないことやったらこないにうるそうゆうてまへん。」
「ほな、なんやねんな。」
「なんというか、あんたには多分分からんやろけど、あんたさっき「この人が言った。「あのひとが‥」…」というふうな繰り返しをしたやろ。」
「それやったらなんべんもしてるやろ。」
「それが問題なんです。初めてあんたのあの繰り返しを聞いたときなんともいえんかすかな吐き気を催したんやわ。でもまぁなんか体の具合でも悪いんやろとおもたんやわ。でもあんたのあの繰り返しを聞くたびになんともいえんいままであじおうたこともないような微妙な吐き気を催すようになったんよ。それである日夢のなかで…。」
と言ったきり番頭の嫁はんは世にも恐ろしい雄たけびをあげながら履き物も履かぬまま扉を開け走り去っていった。そのあとほうぼう手を尽くしたが見つからず諦めかけていたところ、さる山寺の参道にて息絶えている姿を、たまたま厄払いにその山寺を訪れていた近所の人が発見した。見たところによると長い間ほとんど物を食べた様子がなかったという。しかしその手にはしっかりと人形を抱いていたという。番頭はんはそこに立派な祠を建てなかには嫁はんが抱いていた人形の顔をした仏を奉ったという。