迎撃

鴨打理

 翼を煌かせ、巨大な回転円盤を背負った4発の機体が飛行していた。まだ昼だというのに上空では星座が瞬いている。下方には雲海が広がり水平線には霞がかっている。周りには双発のスマートな機体が4機、騎士に付き添う従者のように飛行していた。4発機はAWACKS(空中警戒管制機)と呼ばれている。航空戦の要となる機体だ。この「空飛ぶレーダー」は味方機に目標の最新データを送り込むために存在している。現在この機を動かしているのはパイロットと二年にわたる訓練を受けたコンソール・オペレーターとその指揮官である。機内は静かであった。

 与圧された指揮官席で天竜二等空佐は戦闘服の胸ポケットの上からお守りをなでていた。現在沖縄の航空自衛隊基地に単身赴任中の彼に先日妻から手紙が届き、一人息子が難関の県立高校に合格したと書いてあった。息子はもう必要無いからという理由で合格祈願のお守りを贈ってきたのだった。父さんにも幸運を、などと書かれていた。妻は息子の入学式にも同席するとうきうきする文体で書いてあった。すでにその日に着ていく服装まで決まっているらしかった。彼も嬉しかった。仕事のしがいもあるというものであった。彼の家族は鎌倉に住んでいる。恐らくここまでは敵も攻撃はすまい。

 時に西暦2010年、日本は戦争状態にあった。

 21世紀最初の年に沖縄と硫黄島のほぼ中間の太平洋上に突如出現した巨大な島から日本を含む周辺諸国が空襲にさらされた。グリーンランドに匹敵する面積だが地形は人工衛星で確認できるだけだ。飛行場の位置は概ね判明しているが攻撃できないでいる。こちらの巡航ミサイルは簡単に叩き落とされ、空爆しようとすれば強力な迎撃機が飛んでくる。ICBM改造の弾道弾も使用されたが、それさえも「島」には通用しなかった。人口衛星のデータからは飛行場以外には人口建造物は確認できない。明らかに知的生命体、それもかなり高度な文明を持つそれがこの島には存在している筈なのだが、詳細は全く不明。恐らく人類とほぼ同等ないしそれ以上の科学技術を持っているのは確実だ。彼らは東京までやすやすと侵攻可能な航空機を保有し運用できる。これだけの島が一夜にして出現するなど地学的には絶対あり得ないと専門家は言い切ったが、実際に存在しているのは毎週の空爆が証明している。果して人類なのかそれとも宇宙人かそれとも待ったく別の異世界からの侵略なのか。全ては謎だ。米国太平洋艦隊が攻撃を仕掛けたが、主力空母の全滅という大被害を受けただけだった。彼らは日本以外にも台湾、米国領グアムにも攻撃していた。特にグアムは徹底的に攻撃を受け、米軍の基地は壊滅して再建も出来る状態ではなかった。米国はやっきになって攻撃を企てたがことごとく失敗した。彼らの航空機は米国や日本で運用されている航空機より明らかに進んでいた。以後行われた台湾・中国・米国による多国籍軍の攻撃は失敗を続けている。ただ、中国は初期に主力航空機が全滅してからはあの島への攻撃は行っていない。迎撃に手が一杯なのである。彼らは無差別に周辺諸国へ攻撃している。勿論日本も例外ではない。特に硫黄島と沖縄に対する打撃は深刻で、既に沖縄県民の疎開は終了している。ただ、日本は専守防衛の建前があったおかげで皮肉にも戦力を温存している。米国は次回の攻撃には日本の参加を呼びかけている。そして、中国もこの件に関しては日本に期待している。ただし航空自衛隊は本来迎撃空軍であるため、長時間の攻飛行訓練を一部の警戒部隊を除いてしていない。周辺の国では「島」を攻撃していない国は日本だけだった。しかし、「島」は無情だった。先週、終末速度が音速の5倍以上という超高速空対地ミサイルが大阪のツインタワーに命中して周囲500メートルを破壊しつくしてからは日本も建前を言っている状態ではなくなってしまった。現在「島」を攻撃するための高速巡航ミサイルを日米共同で開発を開始したところであった。今まで敵の空爆の迎撃には成功していない。敵の航空機は非常に強力であり、こちらの防衛線をあっさり突破して高速対地ミサイルを放ってくる。大阪の場合も航空機によって放たれた巡航ミサイルだった。

 突然、早期警戒機からのデータが天竜二佐のコンソールに表示された。国籍不明機を表すシンボルが多数表示された。警戒音が鳴る。識別信号を送ってみても返事が無い。コンピュータは敵機と断定した。天竜二佐は直ちに要撃の要請を各航空基地に送った。

 敵機多数接近。

 早期警戒機からの警報を受けて、106TH、105THの各隊32機は迎撃。敵機は戦闘爆撃機型24機。迎撃機は2009年に日本と米国がこの戦争のために共同開発したばかりのF3。最大速度マッハ2.5 AMRAAM中距離ミサイルを6発 新型赤外線誘導ミサイル4発 20mmバルカン砲を装備し2次元ノズルによって現用機中最高の格闘性能を持つ。AMRAAMはいわゆる「撃ちっぱなし」ミサイルである。敵の方角さえ判れば射撃できる。後はミサイル自体が勝手に目標を識別し、向かっていく。火器管制装置も現在最新の物が装備されている。米国にしては例外的であるが他国との共同開発機に最新技術を全て投入している。それだけこの戦争は両国にとって重要だということだ。


 天竜二佐はコンソールにしがみついている部下からの報告で敵機が戦闘爆撃機型で爆装機が12機、護衛機が12機という構成までわかっている。少佐のディスプレイには敵味方のシンボルが全て表示されていて、味方機のシンボルにマウスのポインタを合わせれば該当戦闘機が現在装備している武装、速度、高度、果ては搭乗員の健康状態までわかる。なぜなら、搭乗員の健康状態はその航空機の飛行性能に大きな影響を与えるからである。極端に言えば、どんなに能力の高い搭乗員に操縦された高性能機でも搭乗員の健康状態によっては、平凡な技量の健康な搭乗員に操縦された旧式機にあっさり撃墜されることがしばしばある。一般人からみればほんの少しの疲労でも操縦者が感じていたら、現代の航空機の性能を100%引き出すことは難しくなる。もし、パイロットの健康状態が戦闘中に極端に悪化すればすぐに離脱するよう指示を出さねばならない。
 天竜二佐の直属の部下は24名いて、各迎撃機ごとに担当が決まっている。それぞれが各担当機に指示を与えて戦闘を処理していく。迎撃の総指揮には天竜二佐があたる。32機の迎撃機は4機単位の小隊で構成され、各々の小隊は2機ずつのチームに分かれて飛行する。2機は戦闘展開(コンバットスプレッドと言う)している。高度にして900〜1520m、水平距離にして1520〜2740m離れ、互いに死角をカバーし合いながら機動する。各迎撃機はうまく機動している。

 部下の報告を聞いて天竜二佐はつぶやいた。
「何とか主導権は握れたかな。」
 静かな機内では、その声は結構響いた。部下は皆、黙って真剣な表情でコンソールを見ている。エンジンの音がやけに大きく聞こえている。今だに「島」からの攻撃に対して迎撃が成功したことはなかった。もし、成功したら勲章でもくれるかな、などと二佐は思った。もしもそうなれば階級もあがりそれに伴って給料も上がるだろう。そうすれば息子を大学進学させる資金がたまり易くなる。全く、子供の教育費というのは高くつく。今度の高校進学にもどれだけつぎこんだか。でも、とりあえず形になったからいいか。確か今日だったな入学式は、などと二佐は考えていた。まだ迎撃戦は始まってもいない。しかし、味方を表すシンボルが敵を表すシンボルに重なりつつあった。敵の対地ミサイル発射予想地点が算出され、二佐のコンソールに表示された。迎撃可能な時間は恐らく二分といったところかな。二佐はそう判断した。その時、敵味方を表すシンボルが重なった。

 戦闘開始。

 航空戦では主導権を握ることは勝敗に直結する重要なポイントである。天竜二佐達は直ちに各機にそれぞれの目標に向かってAMRAAMを発射するよう指示した。敵の護衛機は捕捉されたことに気が付いて直ちに退避機動に入る。しかし、その瞬間すでに敵の護衛機の編隊は崩されている。爆撃機の編隊がこちらの迎撃隊の前に露出される。敵の爆撃機のシンボルが2乃至3程減少する。しかし、敵爆撃隊は編隊を崩さない。そのまま高度を下げ、爆発的に加速。このままでは爆撃機を取り逃すな、二佐はそう思った。直ぐにオペレータに指示を飛ばす。迎撃隊を2つのグループに分け、1つは敵の護衛機を相手にする。そして1つは敵爆撃隊の要撃する。二佐の部下は速やかに指示を迎撃隊各機に伝える。同時に二佐は更なる援軍を要請する。すでに戦闘の後方には新たな迎撃部隊が到着しつつあった。

数の優位と戦闘の主導権を握ったことで何とか迎撃は成功しつつあった。しかし敵の護衛機と戦闘している味方機のうち2機が戦線を脱落した。高G機動の連続を強制されたため操縦者が失神したためだ。部下が必死で呼びかけている。一機は意識を回復して退避機動に入ったがもう一機は意識の戻る前にコンソールからシンボルが消えた。爆撃隊を要撃したグループも苦戦していた。爆撃機といっても抱えているのは慣性誘導の高速対地ミサイルだ。要撃可能な時間は短い。敵は超低空を超音速巡航している。海面が敵機の衝撃波で割れるような波が出来ているのが観測機からの映像でわかる。迎撃隊は何とか6機を撃墜した。

「敵機対地誘導弾発射地点まで後12秒」
 部下の一人が報告。二佐は直ぐに後方の新たな迎撃隊に要撃を指示した。
「だめです!間に合いません!!」
 部下が絶叫した。後方から新たに到着した迎撃隊から雨あられとミサイルが放たれる。敵機3機のうち2機までを撃墜。しかし1機は最終防衛線を突破して対地ミサイルを放った。ミサイルは加速して首都中心へ向かった。東京湾の入り口には海上自衛隊の艦隊が展開していた。後は彼らに託すしかない。天竜二佐は艦隊の旗艦へミサイルのデータを転送した。うまく行けば水際で止められるかもしれない。

 ミサイルは加速して東京湾に接近していった。艦隊は対空誘導弾を放って迎撃したようだが、高速で移動する巡航ミサイルには効果がなかった。コンソールには非情にも敵ミサイルが健在なシンボルが表示されている。二佐は絶望的な、しかしどこか冷めた気持ちで眺めていた。艦隊を表すシンボルと敵ミサイルを表すシンボルが重なった。その時ミサイルが進路を西に大きく変えた。何があったのか判らないうちに敵ミサイルは速度を維持したまま、西に向かった。そこには何も重要施設はないはずだった。天竜二佐は混乱した状態で画面をみていた。
 ミサイル着弾。ただし東京ではない。どうやら迎撃は成功したらしい。


 護衛艦のバルカンファランクスのラッキーショットで進路を変えたミサイルは神奈川県の市街地に落下した。最終速度はマッハ4。衝撃波で周囲には何も残らなかった。着弾したのは当地では名の知れた県立の進学校。そこでは入学式がとりおこなわれていた。天竜二佐はその学校を知っていた。着弾地点付近の生存者は絶望的。
 確かに今回の迎撃戦は成功したと言っていいだろう。敵の目論見は見事に外したのだから。統合幕僚本部は天竜二佐を誉め、叙勲まで約束してくれた。お守りは見事にその効力を発揮したのだ。今や息子の形見となってしまったが。

発:統合幕僚本部、本日敵機多数が来襲したが多大なる犠牲を払いつつもこれを撃退した。


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