ご機嫌斜めの眠り姫

jt

 昨日の夕暮れ。誰も知らないお城。火も無いのに温かい部屋。ひらひらカーテンとふかふか絨毯で大事に大事に飾られた部屋。時間が起こした色あせは、夕暮れのオレンジがごまかしてた。埃は不思議と立たなかった。
 大きなベットで眠ってた、小さな小さな女の子。御伽噺の通りなら、ずーっとずっと昔から、えと、僕のおばあちゃんの決まり文句『ばばのばばの頃から』!!、おやすみなさいの女の子。ずーっと待ってる王子様。
 ふわふわの蜂蜜伸ばしたよな髪に夕日を乗っけて、閉じたまぶたが柔らかそう。まつげって、近くで見ると小っちゃくてそれぞれツンとスマシてて、可愛い。鼻も唇も可愛い。小さくてツンとスマシてて(……そればっかり!)あんまり小さくて柔らかそうなもんだから、キミの唇にどういう風にキスしたら良いのか、僕は真剣に悩んだんだ(だって、初めてなんだよ!)。
 ちょっと、想像したりね。僕がキスをすると、君は「ふわぁぁぁぁ」と小さなあくびをして眠い目をこすりこすり目を覚まして、「まだ眠いの…」と、小さな口をますます小さくして我が侭を言って、それから目をぱちくり。やっと気付くんだ。「おはよう、あたしの王子様……」。
 そんな想像して、幸せ気分でやっと勇気が出た僕は、いよいよ本当に、君に、キス。深呼吸して顔を近づけて行ったら君の唇が何処か判らなくなって、目をあけたら君のまつげが目の前で!思いきりドキドキが手が付けられなくなって、爆発しそうな心臓のばねじかけで、キス。触れたかな?と思ったとたんにすぐ離れちゃった。丸っきりおっかなびっくり。だから、キスが何の味かなんて判らなかったんだけど……。
 まぶたがぴくっと震えて、これまた小さな手が挙がった(二の腕の、夕日の裏側が白くてまたドキッとした!)。
 「ふわぁぁぁぁぁ」
 小さなあくび。
 「まだ眠いの…」
 眠い目をこすりこすりゆっくり体を起こして、パタッとまた手が下に落ちる。まぶたをゆっくり開いて、半開きのおねむさんの目。少し不機嫌そう。
 それで、それっきり。ちょっと不機嫌な寝ぼけ眼で、夕焼けに背中を向けてベッドにちょこんと腰掛けたまま。また、眠っちゃった。
 予定外で、さあ、どうしたらいいのか判らない。僕は待った。凄く待った。待った待った。「やほ」と言って手を君の目の前で振らずにいられなくなった。『居たたまれない空気』ってやつ。なにしろ君ときたらちょっと不機嫌な目のまんま眠ってるんだから!
「や、やあ。もしもーし」
 返事無し。パタパタと振った僕の手のひらを君はじーっと藪睨みで、あんまり熱くないくすぐったい息が手のひらに当った(もちろん僕はまたびっくりして、手を引っ込めた。それからちょっと大事に握ったりして!)。
 どうしたもんだろうって、君を観察。それから、かっと耳が熱くなった。ゆっくりした息にしたがって、君の胸がゆっくりはっきり膨らんでる(母さんほどじゃないけど、でも息を吸ったときだけでなく確かにちょっと膨らんでる……じっと見て確かめちゃった僕)。簡単に折れちゃいそうで揺さぶれない肩も、ぺたっとしたお腹も、えーと、それから全部、肌はやっぱりすごく白い。肌の色じゃなくて血の赤みの色でうっすら染まっているのが判るくらい。ばら色の頬って本当にあるんだ。と思ったりでもそんな場合じゃなくて。
 そんなのが判っちゃったのは、つまり、君がひらひら薄い白い絹の寝間着、あ、ネグリジェって言うの?それ一枚きりで座っているからで、それに僕は今更気付いたと言うわけ。
「ごめんなさい!」
 慌てて、と言うより思わず、謝っちゃったけど君はやっぱりご機嫌斜めの眠り姫。頭に血が上って馬鹿なことを考えちゃった僕、君の機嫌を直すには、上着を着せてあげるのが一番だと思いこんで。
 小さな飾り取っ手を引っ張って、一個一個はおもちゃみたいだけどやたらたくさん有る衣装棚、開けて君の気に入りそうな服を引っ張り出して、着せてあげた。
 最初は、赤字に黄色くマーガレットの散ったワンピース。白に良く合いそうなの。袖に君の腕を通すときには手首が細くて腕全体はふにっと柔らくて、少しだけ暖かくて、僕は息を止めっぱなし。前のボタンは、目をつぶりかけながら襟元だけ何とか止めた(胸の前なんて絶対触れない!その下のほうも、何か、いけないような気がした)。
 君は僕が腕を上げ降ろしたり肩口の布地を引っ張ったりするたびにゆらりと揺れて僕を緊張させたけど、でも不思議と倒れないで座ったまんまだったし……目も覚ましてくれなかった。
「これで良い?」
 僕が尋ねても、じっと見るだけ。でも、ちょっとだけ目線が、下に、足元に行った気がした。
「靴?」
 確かに裸足はきっと寒い。それにやっぱり白くて小さくて、見ちゃいけない感じ。
 赤くてたっぷりした靴下を選んだ。だってぴったりの奴なんかとても履かせられない。それとちょっとぶかぶかの柔らかい皮のブーツ。靴紐がちょっと高いところにあって、困った。あんまり上手く結べてないかも。確かめられなかったし。
「これで、良い?立てる?」
 まだ、寝ぼけ眼。でもそのとき、君ははっきり動いた!ちょっと寒そうに肩をすぼめたんだ。一度。寝返りみたいにゆっくりと……。
 慌てて上着を探した。やっぱり白い、たくさん飾りのついたブラウス。
「着せて良い?」って聞いたけどもちろん答えてくれなくて、また、今度は君が一度動いた分もっと!真っ赤になってブラウスを着せてあげた。でも、だめ。
 僕はすごく考えた。君の不機嫌視線から気持ち目をそらしながら、君を良く見て考えたんだ。どうすればご機嫌が直るか。目を覚まして笑ってくれるか。
「髪……ぼさぼさだね」
 柔らかいんだけど。綺麗な金髪なんだけど。でも元々ちょっとくせっ毛なのか、もつれてる。服を着せてあげるときも、背中のほうでこんがらがって困った。
 櫛も赤いリボンも見つけたけどでもこれは、悩んだよ。今までの分合わせたくらい。だって、女の子の髪の毛だよ?僕が触って良いものなの?イタズラでお下げを引っ張るのとは訳が違う。すごく、綺麗だから。手に取ると細くてきらきら光ってさらさらして指先がくすぐったくて……。僕は夢中で君を飾り始めた。
 まずは君の顔の左。に小さな真っ赤なちょうちょ結び。髪の先にぶら下げる感じで、浅く。やぶ睨みの目と同じ位の高さで、リボンの方にぱっと目をひきつけるように。それから、肩から前に髪を流して、リボンでくるくるまとめて行く感じで、編めないけどその代わりのつもり。この先にまた、大き目のちょうちょ。
 ちょっと離れて良く考えて、もう一つ。黄色い大きなマーガレットの造花、花瓶にあった奴を先っちょだけもらってきてお下げ(もどき)に飾る。更に、あ、うん、ちょっと楽しくなってきて、チョコレート色のくまさんのぬいぐるみを君の右手に抱かせてあげる……これは……だって君の友達なんだろ?なんとなく、君のみてる先を見たらこの子がいたんだ。髪はあんまり上手く梳かせなくてくるくるうねっているままだけど、でもそれって多分、君の可愛いところの一つだと思う。
 完璧、可愛い。うちのお母さんなんか大喜びしそう。ちょっとお人形さんみたいにやり過ぎで君の気に入らないかもしれなかったけど、でも、「君は可愛いよ、すごく。だから、可愛くすると似合う。恥ずかしくなんか無いよ」て言ってあげる心の準備、僕はもうしてたんだ。
 だけど、君は全然変わらないで、座っている。とても可愛いお人形さんみたいに。ガラスケースの中みたい。
 そうすると僕は、まるで一人でお人形さんを飾って喜んでたみたいだ。女の子のごっこ遊びみたいに。男のくせに恥ずかしい。その上、何でそんな風になるかというと君が僕のすること全部、丸っきりてんから相手にしてくれないからだ。すごく、情けない。寂しい気持ち。君がケースに閉じ込められているんじゃない。僕が君の傍から締め出されて、可愛い君をただ見るだけなんだ。すごく可愛い、お人形。
 ついに。男の子なのに。涙がじわっとやって来て、いけないって思ったら鼻がツンとして、自分が泣いてるって思うと止められなくなった。一目ボレの、ううん、もっと前におばあちゃんから御伽噺を聞いたときからずっと大好きな女の子の前なのに、僕は、泣き出してしまった。
 泣いたら、声はすごく出しにくい。喉も胸も泣くから。けど僕は言った。一生懸命言った。
「ねえ。きみ。どうして、起きてくれないの?僕は来たよ。一生懸命お城を探して、おばけで一杯のお城をここまで登って来て君を見つけたよ。それで……キス、したよ。本当にいたんだって、君を見たらすごく嬉しくて、もっと好きになったんだよ。ねえ、きみ。お願い、目を覚ましてよ。それで、教えて。どうすれば良いの?僕、何でもするよ。どうしたら、君は喜んでくれるの?なんでもするよ。教えてよ。お願い、目を覚まして。僕一生なんだってするから。一生かけて誓うから。君をずーっと好きだから。ずーっと幸せにするから。何でも良いから、教えて。僕は何をしてあげれば良いの?ねえ、君。お願いだから……」
 僕は、ぐずぐず泣いてしゃくりあげて、すごくみっともなかった。一生懸命で、うるさかった。君は、ちょっと、眉をしかめたね。それからゆっくり目を上げた。薄目のまんまで、僕を見た。上から下まで僕を見た。
「目……覚めたの?」
 僕が聞いたら。びっくりで涙を止めて、でもまだのどの奥が焼けてたら。君の唇がちょっと動いた。寝息とあんまり変わらないくらい微かに、やっぱり寝ぼけて、でも不思議と良く聞こえる耳の中で響く感じの声で、君は言った。
「……王子様じゃ、無い」
 それだけ言って、また胸が寝息に戻った。くまさんが君の膝にコロンと、横になった。

 うん。
 そうだね。長旅でぼろぼろのジーンズや、汚れた顔。ずーっと君だけを探してきた僕。怪我もしてるしあざもある。僕は王子様じゃ、無い。その通り。

 それきり、ご機嫌斜めに眠ったまんま。
 ……ねえ君、空が明けて来たよ。朝日が君の髪にきらきら光るよ。今伸びをしたら、きっと可愛い。
 ねえ……僕もちょっと、眠くなってきたよ。


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