少年の幻想

jt

少年(僕!)は面白くなくむっとした顔で膝に頬をついて、床に広がった編み物の目を数
えたり、解いたり、している。ゆっくりと色の変わっていく糸がくるくると編み込まれてか
ら元のところに出会って、色々の色の広がりになる。
模様を目で探すけれども、色々の色は移り変わっていくばかりで、模様にはならない。一
つ一つの網目は二度と繰り返されなくて、それでも、隣と、隣の隣と、もっとずっと離れた
網目と、それがお互いに在る意味を、持っている。
そういうものなんだそうだ。それが世界だって。
このただっ広い神殿(だよな、この白いところは、なんとなく)の奥には網み物している女
の子。お姉さんくらい。僕は最初からその子しか知らなくて、その子しかいなくて、僕はそ
の子の名前も知らない。
やっぱり白くて硬い段差に腰掛けて、白くて広い壁を背負って、白い布を着て、黒い瞳を
白い手元に落としてさびしそうな悲しそうなただ単に退屈なようなでも注意深く自分の役目
通りに間違いないように仕事をしている顔で、黒い髪を流して、それは色々な色の糸になる
から、編んでいく。ずっとずっと編んでいる。
編み物は広がって、床はいっぱい。僕とその子の間にいっぱいの編み物。
「何してるの」と僕が遠い声をかけたら「編み物」と答える。「何編んでるの」と聞いたら「世界
を」って答える。さし当たってほかに聞くこと思い付かなかったから時々同じ事を聞いて、後
は僕は黙って不機嫌でいる。ずっと、不機嫌。
ああ、ずっと不機嫌。
「ねえ」と僕は声をかけた。「楽しい?」と聞いた。答えはない。けど、遠目にどうにか、か
ぶりを振る。横に。
「なんでやってるの?」つまんないのに。答え、なし。
「なんなの?」答え、なし。何聞いてんだかわかんないし。「君はなんなの?僕はなんなの?
これが世界で、だから、何?なに編み物してんの?なに世界編んでるの?」
返事、なし。目は伏せてて、口元も伏せていて、覗き込もうにも遠すぎる。
編み物が、邪魔だ。
世界の端っこを解いていた手を僕は放して、立って、歩いていく。
ずんずん編み物踏んづけて。何か、踏んづけて。そうすると彼女が近くなる。世界は踏ま
れているけどさし当たって僕には何も起きていないし見える限り何も変わった風に見えない。
目の前に来た僕に。「駄目だよ」と、顔を上げる。「あなたが踏んでいるのは、世界なんだよ。
今踏んでいるのは、誰かの世界だよ。足元にも、誰かいて、ずれて解けておかしくなるよ?」
「だから、なに」
僕は何ともなくて
「これが世界で、君はどこにいるの?」と、聞いてみる。大体世界って、全部のことだろう?
「私はね」と、編んでいる手元を、ちょっと上げる。境目を指差す感じで。
「世界の外だよ」
ああ、そう。「ならやめちゃえよ」。自分の外のことなんか、どうでも良い。
不機嫌な顔で、何でいつから僕の手に在るのかとか考えずに、僕は小さなナイフを振り下
ろした。世界の始まりを切ってしまった。
「あ、終わっちゃった」とだけ彼女はつぶやいて、「別にかわんないよ」と僕は言った。「どっ
かいこうよ」と手を出した。
うん、と、彼女が世界と別口の小さな編み物を拾い上げた。多分、僕。


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