どこからか、鳥の鳴き騒ぐ声が聞こえてくる。
彼方の空を見遣っても、鳥の姿は見えず、それまでと変わらぬ景色が続いていた。
歩くたび、具足が鳴る。足元ではバキバキと骨の破片の割れるような音がした。礫がちの地面の上には、累々たる屍の渦が連なり、そこここに、槍剣の類の残骸が散らばっている。時折、足の下で踏みつけられた礫が転がり、鈍い音を立てる。蹴り飛ばされたものは、風に吹かれるように跳ね、かろやかな音を立てた。
もう幾日も、同じ風景の中を歩いている。遠い地平線の上には、黒々とした枯れ木が何本か見える。だが、いくら歩けども、枯れ木はいれかわり立ちかわりし、その数を変えるだけで、一向近づいては来ぬ。ふと、自分は何故歩いているのか自問することも稀にはあったが、歩くのは止めなかった。あては無かった。ただ無心に戦場跡を歩いていた。
歩くうち、暗がりの中にぼんやりと白い影が浮かんだ。今までにないことである。歩を進めるにつれ、影は人となりそして少年となった。
少年は美しかった。トシは十にもならぬ程であろうか。だが、顔立ちは、小さな痩せた体に似合わず大人びており、長い髪は月の光のような白銀色をしていた。衣の袖口や裾からは夜の白よりなお白い手足をのぞかせていた。衣にも膚にも、傷や泥汚れが見られず、それが戦場跡にはなんとも不似合いであった。髪も衣も肌も白いから、遠くから見ると白い影のように見えたのかと、別に気にもとめていなかったことに、一人で合点した。このとき、自分はずいぶん少年に近づいていたはずだが、かれは気付かなかった。地面に突き立った剣にもたれて座りこみ、北から吹きつける風が長い髪を吹き乱すにまかせたまま、じっと彼方を見つめていた。
少年の前に立ち、おい、と呼びかけてみた。かれは、少しだけ笑みを浮かべた顔で、こちらを見ていた。彼の瞳を覗きこんだ。澄んだ水晶のような瞳であった。かれには怪我もなく、何かを患っている様子もない。にもかかわらず、かれは死ぬのだ、と思った。死ぬのかと尋ねると、頷く代わりに、婉然と笑ってみせた。自分は、頷くでもなく答えるでもなく、ただ冷然とかれを見下していた。鳥の鳴き声を聞いた気がする。かれに背を向けた。最早少年に対して、何の興味も残っていなかった。
再び歩き始めた途端、どこからか真っ黒い鳥が舞い降りてきて、足元で少年に向かってけたたましく鳴き立てた。屈んでその鳥の瞳を覗きこむと、少年の姿が漆黒の中にくっきりと映った。少年は、目を閉じていた。三日月の形の瞼の端を長い睫が縁どっており、口元には弱々しいけれどどこか満ち足りたような微笑が浮かんでいる。少年の躰はぴくりとも動かず、白銀の髪だけが北風に靡いている。顔を上げると、目の前には、先と変わらぬ景色がやはり続いていた。
節くれた傷だらけの手を地面につき、破れ具足をがちゃりと鳴らして立ち上がり、歩き始めた。すると、先刻の鳥が後をついてきて、喧しく鳴き騒いだ。