値札

ばぶこ

 6800円と書かれた値札の下に、4500円と書かれた赤札がついていた。
 約3割引か。うん、悪くない。
 その白いスニーカーはそれなりにセンスも良くて僕はこれなら買ってもいいかな、と思った。
 でも、それはここがお店であればの話。今僕がいるのは、朝の通学電車の中。
 そして、その白い靴があるのは飾り棚の上じゃなくて、向かいに座ってる若い兄ちゃんの足もと。
 …値札、取り忘れてる。それがその場の状況を総合的に判断して僕が下した結論だった。
 教えてあげるべきかな。教えてあげるべきだよな。
 でも待てよ、と僕は考えた。もしかしたらわけあってはずしてないのかもしれないぞ。たとえば、サイズが合わなくて返品しに行く途中とか。
 んなばかな、と、そこまで考えて僕は我ながら絶妙のタイミングで自分につっこみを入れた。返品しに行く奴がわざわざその靴を履いていくわけないわな。
 と、顔を上げた僕の目に信じられないモノが飛び込んできた。
 「大特価!本品限り、19800円を1980円」
 コレはすごい。9割引とは…!
 ぢゃなくて。
 なんと、兄ちゃんの横に座ってるごついおばちゃんのコートにも値札が付いてたんだな。
 そんな馬鹿な。偶然にしてはすごすぎるぞ。うっかり値札を取り忘れた人が目の前に2人もいるなんて…ん?
 次の瞬間、目を疑った。
 その隣に座ってる女子高生のマフラーにも、立って吊革を掴んでるサラリーマンのスーツにも、値札がついてたんだ。
 僕は訳がわからなくなった。おかしい。そんなわけがない。
 いろいろ考えた末、僕は1つの結論に達した。
 …コレ、夢だ。
 うん。そうだ。夢に違いない。…なんだ惜しいなあ。あとであのスニーカー買いに行こうと思ったのに。
 それにしてもおもしろい夢だ。ありとあらゆる物に値札がついてるなんて。あの奥さんのきれいな指輪は7万円、あのおじさんの財布は、100円?100円ショップで買ったのか。
 と、ふと首のあたりがむずむずするのを感じた。
 虫でもとまったかと手を伸ばして探る。…ん?何かついてるぞ。
 そして僕にはすぐにそれが何であるかわかってしまった。
 値札だ。
 背筋に悪寒が走る。
 見るべきかな。どうせ夢だしな。興味あるもんな。
 よく占いとかで「自分の値段鑑定」みたいなのあるしな。アレと似たようなもんだろうな。でも低かったら結構ショックかも。2割引とか書かれてても嫌だしな。
 でも見なきゃきっと目が覚めてから後悔するよな…
 僕は再び首筋に手を伸ばした。
 目をつぶって、目の前までそれを持ってくると、覚悟を決めてかっと目を開いて値札を見た。
 「非売品」
 …体中の力がどっと抜け、ほっとしたようながっかりしたような気分で僕は電車を降りた。



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