時みがきの妖精

あおり

   一、煉瓦の壁は黙って夕日を反射する。

 それは、人間のようだった。そして少なくとも外見上は女性だった。仮にそれを人間の年齢で表現するならば、地球上で人類が最も一般的だと思っている十進法を採用した場合、二桁になったばかりといったところだ。
 最初に違和感を覚えたのは背中の翅だった。羽なら解る。まあ、服の飾りのようなものだと誤魔化されたかもしれない。でも、それは鳥類が、或いは童話などでよく描かれている一般的な天使が持っているような白い羽ではない。透明な、薄い翅が背中に二対。はっきり言おう。蜻蛉のそれだ。
 もちろんそれだけなら声をかけたりはしない。僕が声をかけたのはそうすることが必要だと知っていたからだ。正確に言うと「そうしなければならなかったから」ってことになるけど。
 ああ、もったいぶるなって? まあ、もう少し辛抱してほしい。とにかく僕がそれを見つけたのは夕暮れ時の無人の路地裏で、ついでにそれのそばには黒い服を来た長身の男の姿が二つほど見えた。で、男たちの会話を聞いてみれば「翅のついたそれをどこそこに売りとばそう」とかそういう物騒な話。ね、わかってくれた? 僕が声をかけざるを得なかったわけ。だってそれを見捨てる僕なんか僕じゃないわけだから。
 僕は、僕が僕であるために黒い二つの影を背後から一度に殴り飛ばし、それの手を掴んで走り出した。おそらく奇襲して逃げる以外に僕の助かる道は無かっただろうから。
 とりあえず最初の場所に比べれば圧倒的に人の通う道までそれをつれてきた僕は初めてその顔を見た。
 泣いてた。
「あ……」
 またやってしまったのかと思った。そりゃまあ何の説明もなしにいきなり手を引っ張って強制的に別の場所に移動させられたら不安にもなるだろう。僕にはこういう配慮が時々……いや、ほぼ常に足りない。昔は今ほど鈍くはなかったような気もするんだけど。
 それは、肩を上下させ、涙目になりつつも声一つ立ててはいなかった。そしてこれ以上ないというぐらいに張り詰めた後、ついに堰を切った。
「えぐっ、……うぐっ……げほっ……」
 吐いた。
「ぐっ、げほっ、ふぐっ」
 突然しゃがみこんだかと思うと、喉を抑えこみ、そして三秒後にはそういう結果になっていた。それはもう地面いっぱい……というのは誇張表現だが、とにかく往来のど真ん中でそれは口から緑色の液体を吐き出した。
 えと、え〜と、つまり、さっきのスピードがそれには苦しかったということなのだろう。無理な運動をしたせいでそれは文字通り胃がひっくり返ってしまったわけだ。
 で、僕はどうすれば良い?
「大丈夫?」
 そうだ、とりあえずそれの安否を確認しなくては……って、それはとてもしゃべれそうな状態じゃないんだから尋ねても無駄か。
 結局僕はおろおろするばかりで、それにとっては単なる嫌な奴になってしまう。
「ご、ごめん」
 僕は謝罪の言葉を述べた。なんでかはわからない。そうしなければならないと思ったし、そうしたいと思ったからだろう。理性と感情が一致したわけだ。
 それはしばらく吐き続け、吐くものが無くなっても吐き続け、そして最後に落ち着いた。よろめきつつも立ち上がり、地面についていた手を払ってから口を押さえつつじっと僕を見る。不安そうな、両の目。
 そして僕は都合よくハンカチを持っていたことを漸く思い出し、それの空いてるほうの手に渡した。
 ……。
 ……。
 ♪通り過ぎる人たちが振り返り僕を見る〜〜
 なんて歌の一説を思い出し、我に返った僕は自分のしていることに気がついた。それは先ほどから同じ瞳で僕を見上げ、僕はそれの次の行動を待ってじっと突っ立っていた。
「……」
 僕はうごかないそれの手からハンカチを取り返し、口元を拭いてやった。先に涙を拭いてあげるべきだったんだろうけど、気がついたときにはその涙もかわいていた。
「……迷子?」
 僕はふと浮かんだ単語をそのまま口にし、それが頷くことを期待し、そしてそれは頷いた。
「……とりあえず、うちに来る?」
 僕はふと……(中略)……頷いた。

 そして、それは僕のところへやってきた。


   二、ステンドグラスはセイレーンの午睡を誘う。

「それで、その無口な子がアリ……シオンのところに来たわけですね」
 シスター・アリアは僕の説明を聞き、わざわざ第三者にまで僕が今の今まで教会でそれとの出逢いについて語っていたことがわかるような説明的口調で答えた。ちなみにこの表現は伏線でもなんでもない。単なるリアリズムに対する皮肉だ。というわけで笑って流して欲しい。強いて補足すれば、アリアの前につけた『シスター』が尼僧と姉のダブルミーニングだったということぐらいか。
 姉といっても同じ日に同じ場所で同じ人物に拾われたというだけの話。僕にはそのときの記憶もないし、本当に血がつながっているかどうかなんてわからない。
「でもでも、いつまでも『それ(it)』だなんて名前で呼び続けるのもどうかと思わいません?」
 僕は頷いた。隣ではそれも頷いていた。でも仕方が無い。それは言葉を発しないのだから。昨日奉仕先の屋敷に連れ帰って、僕の使用者であるグランさんに事情を話し、部屋の一つをあてがってもらうまでの間、一言も口にしなかった。
「というわけで、レンムってのはどうでしょう?」
 アリアは人に名前を付けるのが好きだ。
「れむ……?」
「今朝私、水の上に大きな丸い葉がいくつも浮かんでいる夢を見たの。それで気になって調べてみたら、東洋の植物で『蓮』っていうんですって」
「蓮の、夢」
「そう、蓮の夢。で、『蓮』と『夢』の二つのカンジを繋げたら、オンヨミでレンムってなるんです」
 アリアはこないだから東洋系の名前に凝っている。その前は北欧神話に由来する名前だった。なんでかは知らない。
「だから、あなたの名前は蓮夢」
「……?」
 それは首をかしげた。よく見れば、不快そうな顔をしている。
「気に入らないんじゃないのかな? 発音しにくいし」
 なんとなく、そう思った。
「やっぱり……じゃ、言いやすくして、蓮夢(レン)はどうですか?」
「れん……」
 こくり、と蓮夢は頷いた。
「気に入ったみたいね。それじゃ決まり。あなたは蓮夢」
 蓮夢……蓮夢……了解。僕はその名前をしっかりと心の一番奥に刻み込んだ。
「それとね、シオン?」
 名前を呼ばれて僕はアリアに目を落とした。
「こんな可愛い女の子に向かって、『それ』はないでしょ。いくらなんでも『それ』は」
 こういう時(といってもどういう時なんだろう?)、アリアはやっぱり肉親なんだろうと思う。
「だけど、蓮夢は人間かどうかわからなかったし……いくらなんでも『彼』で受けるわけには行かなかったし」
「それはまあ、そうだけど……ん?」
 服のすそを引っ張られ、アリアは蓮夢に目を落とす。
「え、あなたもそう思います? 『それ』は酷いって」
 首を縦に振り続ける蓮夢。どうやら僕が悪いらしい。
「解った。僕が悪かった」
 こういう時に状況から真実が導かれ、発生することを僕は経験的に知っている。観測によって現象が決定する一例だ。
「ところで今日はどうするの? グランさんからお暇を貰ったんでしょう?」
 名目としてはそれ……もとい、蓮夢のために。だけどあの人には僕を雇用しようだなんてつもりがなくて、いつだって僕に暇をくれようとしているんだけど。
「うん。でも特に予定は無いんだけど」
「博士のところまで行ってみません? 久しぶりに……アリスのことも尋ねたいですし」
 『博士』ことノエルはこの星始まって以来にしてこの星最後の大科学者だった。近くに住んでいて、何に役立つのだかさっぱり解らないことを研究している。本人に聞いてみたなら、きっと彼女はこう答えるだろう。
『何に役立つかだって? ふん。この余命幾許も無い種族のためにはもう何をしたところだって手遅れさ。つまりは何の役にも立たないんだ。そもそも何かの役に立つ必要があるのかい?』
 そしてアリスはその博士を最初に世界に知らしめることになった生体機械。要するにできの良いロボット。アンドロイド。もう少し言えば、見た目は僕ぐらいの少年で、博士のネーミングセンスに寄れば、『少年といえばアリス』らしい。よくわからないけど。
「そうだね」
 僕はその博士の許を訪ねることを了承した。彼女なら、何かこの少女についてわかるかもしれない。
 で、僕がそう答えた瞬間だった。
「アリスの時間……動かない」
 蓮夢が、喋ったのは。
「蓮夢? 今……」
 優しい、けれど悔しそうな声だった。
「蓮夢は……しゃべれるのですか?」
 肩越しに蓮夢の顔を覗き込んだのは僕。そして、呆けたような蓮夢を見た。疑問符を浮かべて、僕を見上げる。
 これも覚えておかなくては。何かきっと、とても重要なことだから。
「気のせいだったのかしら? 今、蓮夢、喋りましたよね? アリスの時間が……って」
「僕も聞いた。でも蓮夢が覚えていないようだから」
「……そう……そうですね。気のせいですよね」
 別に気のせいとまで言う必要はないんじゃないかと思ったけど、もうその話はやめたほうがよさそうだった。
「じゃ、ちょっと外出しますって断って来ますから」
 ただ、なんとなくアリアは普通じゃなかったから。どうしてもその場を離れたそうだったから。
 何か悪い予感がする。そんなはずは無いのに。僕に、予感だなんて……それは、推測というものだ。
 瞬間、視界がぶれる。まるでノイズが入ったよう。
 どうして? 可能性の問題? 忘れておくべきなんだから。僕は、このままで……
あなたは このままで いいの
いいの   ?
 なんだろう? 今、よく分からない単語が脳裡を走った。
 蓮夢、君の仕業なの? そんな目をしていたのだろう。蓮夢は静かに首を振って否定した。そして視線を宙に泳がせた。その先を辿れば……
 まったく、なんでそんなことを思ってしまったのだろう? 僕らしくも無い。というか僕にそんな感受性があるのか?
 ああ、木漏れ日でもないのに、ただの人造物なのに、ステンドグラスが、原色の織り成す綾が、とても綺麗だ。
でもね、なぜか全然美しくないんだ。

 眠りなさい
貴方には休息が必要だから
まださび付いてしまうには早すぎる
その夢は現実に介入しているのだから

 眠りなさい ・ ・ 夢から ・ ・ 覚める ・ ・ ために、


   三、狂科学者は桃源郷にて月に鳴く。

「ほら、おきて下さいシオン。博士のところにいくんでしょう? ていうか教会で寝るんじゃねぇよこのボケが」
「起きた」
 アリアの(言葉の抑揚を無視するぐらいに)丁寧な声で目が覚めた。
「いくらお昼すぎだからって簡単に寝ないで頂戴」
 そんな、人がいつもいつも昼寝してるような言い方しなくても。
「病み上がりったって、もう一週間も経っているんですから、いい加減昼寝の習慣なんか直さないといけません」
 アリア、何を言っているの? 僕が、病み上がり?
 そんな記憶は無い。
 僕は、ずっと……ずっと?
 一週間前だって?
 そんなつい最近の記憶が、     無い。
「……」
 妙な記憶違いに混乱している僕の前に立つ蓮夢。
(まだ、起きてないじゃない)
 彼女に、なんだかそんなことを言われたような気がした。
「またぼうっとして。どうして今から出かけるって時になってそうなるんです?」
「さあ?」
 呆れたような、でもなんだか優しいアリアの声に、僕は立ち上がる。僕の世界は、何かが間違っている。なら、きっと間違っている僕には分かりようのないことなのだろう。
(呆れた。本当にそれで良いの?)
 また、何と言うか……瞳で射殺す、とでも表現したくなるような意思の伝え方だった。明らかにこれは彼女の意思だ。
「ねぇシオン、どうしたんです?」
「よく分からない。とにかく行こう」
「え、ちょっと待って……!」
 机をはさんで反対側にいたため、アリアは教会の出口まで遠回りをしなければならなかった。アリアが来るのを待って、僕は蓮夢の手をとって歩き始めた。昨日連れ帰ってからこうだ。僕が手を引かない限り、それ、じゃなくて彼女は動こうとしない

 わからないことは沢山ある。中でも街を歩いていて一番に思うことは、どうしてこうも人がノスタルジーに浸りたがるのかということだ。わざわざ古風な街並を作る必要は無いのに、目に付くのはレンガの塀に白亜の壁、辻馬車、せいぜいが二階建ての屋根。少し顔を上げれば町で一番高い建物である時計塔が見える。
 完全な生体機械を作れるほどの知識と技術の蓄えがありながら、なぜこのような非効率なエネルギーの使い方をするのだろう? 優に千年は超えるであろう過去には存在したかも知れない街並を再現することに何の意味があるのだろう?
 いつから人は、過去を振り返ることしかできなくなってしまったのだろう?
 本当は、働く必要さえないというのに。
 尤もそれが間違いなのかもしれない。自身の生産システムから離脱してなお存在できるなどという現状。それこそが人を働かしめる理由なのかもしれない。
 そんなとりとめも無いことを考えながら僕らは博士の家へと向かった。結構、というかこの上なく我侭な人だが、僕から見ればとても人間らしい人だ。というか、彼女が、僕の人間観の基準なのかもしれない。以前そうアリアに語ったところ、大真面目に熱を測られてしまった。
「……なんで黙っているのです? 二人とも」
 普段通り言葉を発しない蓮夢と、普段にもまして口を開かない僕を指してのことだろう。蓮夢が言った。
「ちょっと、昔のことを思い出してた」
「へぇ、どんな?」
「博士がとても人間らしいってことを昔アリアに言ったことがあるなぁ、って」
「そう? あたしは覚えていないませんけど……でも言われてみれば、そうね。博士ってとても利己的ですしね」
 昔とは違い、納得された。でもどうやら彼女は博士を良く思っていないらしいところは同じだ。
「そういうわけじゃないんだけど、なんていうか、珍しく生きている人だって実感できる人だって言うか……」
「そう? けどまあ、あれで生きていられることには感心しますね」
 あれ、か……博士の生活ぶりとしたらそりゃまあ惨憺たるものだ。
「部屋は片付けませんし」
 そうだね。
「不眠不休で三日間ぐらいは研究し続けますし」
 それもしょっちゅう。
「下手したら一週間くらい水だけで稼動しますし」
 たしかその後で倒れたけど。
「そもそもお風呂に入るのだって何日おきなのかわかりません」
 あー、言われてみれば……
「こらそこ、何を人の家の前で話している?」
 噂をすれば影。博士本人のお出ましだ。
「あらお元気そうですね。博士」
 とぼけるように花を背負って笑顔を演出するアリア。
「そりゃついさっき二日ぶりに目を覚ましたところだから」
 僕は空を見上げた。雲ひとつ無い快晴。でもなぜか一雨きそうな空の色。
「ついさっき? それはちょうど良いこと。あたしたち、ちょうど博士の所へ行くところでしたから」
「奇遇だね。私もちょうど用があったところだ。その翅の少女に」
「!」
 肩をびくりとふるわせ、蓮夢は僕の後ろに隠れた。
「博士……」
「捕まえた」
 にやり。声は背後からした。 まさか。
 振り返れば蓮夢の肩に右手を置いた博士が微笑んでいる。ピンとはった背筋。余裕を湛えた真っ赤な唇。薄い水色がかった透明な髪、色違いの瞳。……ノエル博士本人だ。
 状況を整理するしよう。ついさっきまで博士は僕の目の前に立っていて、そこから一歩も動かずに僕の後ろに来ていて……
「博士が二人います……」
 思考がまとまらないうちにアリアが声をあげた。ああ、もうちょっとでそこに辿りついたのに!
 アリアの声に振り返れば、その通り、最初の博士は元の位置にいた。
「残念、実は一人なんだ。これが」
 しかしおかしそうにククク、と笑う博士二号。蓮夢の肩においていた右手で口元を覆いながら。例によって例の如く、自分の研究成果で遊んでいるらしい。
「生体機械? でも人間のコピーはとっちゃいけないんじゃなかったですか?」
 何か腑に落ちないとは思いながらも確認を取るアリア。
「とぼけたことを。私は白昼堂々公道で犯罪行為を見せびらかすほど愚かじゃない」
 そう。博士はそういう人間だ。人に隠れてならばいくらでも規制を無視していると律儀にも語ってしまうぐらい正直な人間だ。……まあ、周知の事実か。
「で、今度は何なのですか? 私たち凡人の頭じゃ分からないからさっさと白状なさい」
「ではヒントをあげよう」
 今度は博士一号が言った。
「ヒントは三つ。人形、幽体離脱、憑依」
 すかさずアリアの鋭いツッコミが入る。
「ヒントも何もそのまんまじゃないですか……」
 はぁ、とあきれたように溜息をつくアリア。
「まあそうだけど、もう少し悩んでくれても良いものじゃないか?」
 この人は僕らに何を求めているんだろう? 時々わからなくなる。といっても時々しか会わないんだけど。
「つまり何です? 博士は単に私たちを驚かすために幽体離脱だの憑依だのって現象を研究していたわけですか? お暇ですこと!」
「ふん。そう考えるのは勝手だが、問いかけておいて答えも待たずに自己完結するのはどうかと思うがね? もっとも、日々のささやかな発見、そして驚きこそが人生の意味だと気付かん新米シスターに何を言われようと気にならんがな」
 しっかり気にして反論しだすノエル。これは、まずい気がする。何が、とは言えないけど。
「それで、いつまで僕らは公衆の面前で恥をかいていれば良いの?」
 とりあえず二人に提案してみる。途端に硬直する博士とアリア。やれやれ、と僕の傍らでこっそり溜息をつく蓮夢。結構性格悪いのかな?
「ああ、この【天才】ノエルともあろうものが公衆の面前で、ああ……」
 博士は、夕暮れ時に昇る月に向かって愚痴るのだった。
 そう、たかが【公衆】の前に【天才】が敗北したのである。


   四、妖精は魔の巣窟にて禁忌を犯す。

 かくしてノエル博士の地下研究室に僕ら三人は招待させたされた。僕らの話を聞くなり、博士は一言呟いた。
「登場するなりゲロを吐くだなんてそれでも妖精のヒロインかよ」
「博士、それはかなりどうでも良いことではないんですの?」
「リアリティってのは大切なんだよ」
 まあ、あくまでもこれは小説だからね。
「度を超えた科学が魔法にしか見えないって言ったのは何処の誰ですよ、ったく……」
 わざわざ脇を向きつつも、全員に聞こえる声で呟くアリア。何故か彼女は博士といると口が悪くなる。相性が悪いのだろう。こればかりは仕方が無い。
「ちなみにその出典は私じゃないぞ」
 博士二号を担いで螺旋階段を降りつつ、博士一号が補注。
「で、やっぱり蓮夢は妖精なの?」
 怒ってしまったアリアの変わりに僕は尋ねた。
「まあ、ヒト科ヒト亜種って分類だったかな? 十九世紀には絶滅したことになってるけど」
「博士、妖精って、実在したんですか?」
「実在も何も、そこにいるじゃないか」
「じゃなくて。だから、つまり『妖精』という生き物が生物学で認められていてんですかって……」
「まあ、今世紀に入ってからだけどね。標本と化石とDNAがとある学者の遺品から見つけ出されてね」
「でも、それ、遺伝子組み換えで無理矢理作り出したものじゃないの?」
「遺伝子配合をいじくった位で生まれる生物なら過去に実在していたって問題は無い。神は偉大なんだろう? 人間にできることなら自然にできて当然さ」
 教会に属するアリアに向かってその発言は大丈夫なのだろうか?
「博士、神などというものを信じているのですか?」
「……アリア?」
 どうやら問題は無かったようだ。でも今度はシスターがまた問題発言をしているような気も。
「うん。神はまず原始の海をかき混ぜてビッグバンを起こした後、時間流の両端を引っ張ってドーナツを作ったとさ」
 はっきり言って、教会の教える神よりよっぽど絶対神って感じがする。
 蓮夢は一人黙って僕の前を歩いていた。当然表情は窺えない。と、そのうちに地下研究室にたどり着く。
 街の地下街の下の地下鉄の下の地下空路のそのさらに下に作ってあるので未だにばれていないらしい。目に付くものをざっとあげてみよう。

  縦横無尽に広いドーム内を駆け巡るパイプ  猿轡をかまされた天使   僕にはよくわからない法則にしたがって並べられた三組のトランプ   中央に隔離された巨大なドーナツ型の金属  液体窒素中を泳ぐ金魚   胴を輪切りにされた実験協力者  百葉箱  アゲハチョウの標本集   正体不明の生物  溶鉱炉  絶対温度計  クリスマスツリー   トイレットペーパーで組み立てられたピラミッド  死神の鎌

 ……まあいいさ。僕の知ったことではない。それにしてもまったく統一感が無い。これじゃ誰も博士が何の研究をしているのか分かりやしない。
「私の研究? 二時間前まではクローンについてだったけど今はエウリュアレーの解剖をやってる」
 エウリュアレーって……メデューサの姉妹だっけ?
「あたし、やっぱり天才の考えることってわからないです」
「凡人に理解されるようなことをする奴は天才じゃないね」
 だから言われるのだ。馬鹿と天才は紙一重だと。
「あ、そうだ。あたし、アリスの様子を見に来たんでした」
 階段を降りきったところでアリアが話を切った。
 途端、空気が曇った。
「アリスか。思えば生体機械の第一号なんだな。まあ、よく持ったよ。ホント」
 視線を泳がせて博士は誤魔化すように答える。
 アリアの眼の色が変わった。
「よく持ったって……でも、まだ生きているんでしょう?」
「生きてはいる」
 青く濁った水槽の前で、博士は足を止めた。
「ちょっと……博士?」
 博士は水槽のガラスに手を触れる……と、見る間に水が澄んでいく。水族館で使っているのと同じタイプだ。客の手に反応して水を浄化する。尤も、この中に入っているのはただの水じゃないんだろうけど。
 そして中から現れる人影。アリス……僕を助けて四肢と五感の殆ど失った。世界最初の生体機械。僕の――
「……!」
 何だろう? 今の記憶は、一体なんだ? アリスが僕の身代わりに? ちょっと待って、解らない。分からない。わからない……。
「ひどい状況ね」
 哀れアリスは見るも無残。全身にチューブを埋め込まれては、貌も容も分からない。
 たしかに。それでも確かに僕は見ていた。顔を覆うプレートのプレートの下で、アリスが目を開けるのを。何故? 何故そんな見えないものが見えるんだ?
返せ返せと瞳が叫ぶ。
場所を返せとアリスが叫ぶ。
本当ならお前がアリスになるはずだったのに。
どうして自分がアリスなのだ?
ありえない。
助けてやったのはこっちなのに。
さぁ返して。
そこはお前の場所じゃないんだから。
 配線だらけで仮面をつけているようなものだというのに、アリスの意思がありありと窺える。多分、五感をすべて塞いでも伝わってくるのだろう。そんな気がする。
 隣でアリアと博士が何かを言い争っている。でも聞こえない。僕には聞こえない。僕に聞こえるのはアリスの言葉。ただそれだけ。
「何を、言って……?」
まだわからないのか? お前は死んだんだ。
アリスじゃなくて、お前が死んだんだ。
「違います。あたし、こんなこと望んでたんじゃ……!」
 同じ声が聞こえているのだろうか? アリアもまた震えていた。
 アリア『も』? ……そう、僕も震えている。どうしてだか、この直接脳に響く声が怖いのだ。
「そろそろそれを封印してあげなさい、ノエル」
 細くも凛と響く声。真下から博士を見下すように仰ぐ蓮夢の姿。
「ああ、そうだなアリアのせいじゃない」
 何の感情も乗せず、つぶやく博士。
やめろ!
「人形はおだまり」
 それが博士に向けての言葉でないのはすぐにわかった。
 静かに、威圧するように言葉を発する蓮夢。一片の憐れみも……それどころか蔑みさえ、一切の感情を含まない、単純な命令。
「アリア、残念だがこの通りだ。アリスを元に戻すことはできない」
「博士? 何を、言って、るの……」
 かろうじて理性を復活させ、アリアが問う。そんなことは見れば分かるじゃないか。博士の手にある鋏を見ると良い。
「私の誤算だからね。私が処理する」
 博士は、黒光りする鋏で、水槽につながる五色の線の束を切った。
 へその緒だ。そう思った。不完全な擬似生命体の生命線。それが意味することは明白。アリスは、まもなく再び生まれることなく死ぬだろう。
 そして仮面の奥の瞳が断末魔の叫びを上げる。
嫌だ。死ぬのはアリスじゃない!
アリスは生まれてもいない!
死ぬのはお前だ。お前たちなんだ!
 血で黒く染まっていく水槽。
生きていないアリスがどうして死ぬんだ!
はは。おかしいじゃないか。
アリスは生きていないのに!
おかしいじゃないかあああっ!
「ねえ博士、何を、したの……?」
 おびえた様な、腫れ物に触るような目をしていた。いや違う。博士をそんな目で見つめているのだ。
「死に損ないを無理に助けたら、別の魂が入ってきた」
「し、死に損ないって、博士、あなたはっ!」
 睨み付けるアリア。
「死に損ないさ。本来ならアリスはここに来ることすらかなわなかった」
 淡々と語ってはいるものの、決してアリアと目を合わせない博士。
 一方で博士を睨みつけながらも歯を食いしばっているアリア。
 何事も無かったかのように表情を消した蓮夢。
 僕は……僕は、どんな顔をしているんだろう?
 無機的なライトは素知らぬ顔で部屋中を照らす。
 黒一色に染まった目の前の水槽を、周囲の黒に溶け込ませる。
ハレルヤ
染まらぬ世界に終焉を
呪われた輪廻に永遠を
ハレルヤ
 緊張の糸が支配する中、僕は一体何を見たのだろう?
 それは、天井だけを写し続けるイメージ。時々様子を見に来る見知った顔、霞がかっていてよく見えない。
 誰?
 誰でも良い。モザイクを取ってくれ!
「それはそうと、調子はどう? シオン」
 博士の声だ。でも、調子ってどういうことだ? それにここはどこなんだ?
「何のこと?」
「つまり、新しい体は、ってことだけど」
「新しい体?」
「記憶回路がいかれてるのか? とりあえず私がわかるか? シオン」
「博士……何を、言って……」
 声が上手く出ない。
だらしがない
折角私が手伝ってあげてるのに
ま、無理も無い、か
 何の   ことだ?
「どうやら私のことは分かる……か。じゃあシオン、こっちは?」
 アリアによく似た顔。一緒に生まれて、一緒に育った彼女の双子の弟……シオン? 違う。シオンは僕だ。アリアの弟はアリスじゃないか。何をとぼけているんだ? 僕は。
「あり……す」
そう、やればできるじゃない
 それを聞くと、満足そうに博士は頷いた。
 アリス? アリスだって?
 アリスならさっき、博士がコードを切って……
 ――アリスは世界初の生体機械――
違う!
 誰だ? 僕の意識に介入してくるのは。
だからそれは逆で……
って、今はそんなことはどうでも良いの
とにかく、あなたはシオンなんだから
「違う。僕は、シオンじゃない」
 そうだ。やっといえた。
だめ!
「僕は、シオンじゃなくて、アリスだから」
それじゃまた同じことになる!
アリスは世界初の生体機械で、シオンはアリアの弟で、二人はみなしごで、本当は孤児院で暮らしていて、別々の修道院に引き取られて、
 僕は……誰だ?
 僕は……アリスだ。
――病み上がりったって、もう一週間も経ってるんだから――
 また余計なことを思い出してしまった。僕は、結局アリスでもありシオンでもあるんだ。でも二人は別人で、アリアの弟はやっぱりアリスなんだ。おかしいのは分かっている。どこかが矛盾しているんだ。
「でも、シオンもアリスもおんなじだけど別のヒト。博士、どうして?」
「ああ、混乱の原因はそれか。てことはお前、アリスだな」
 あちゃあ、と額に手を当てる博士。何を言っている?
……違う! あなたはシオンね?
 アリスだよ。
今あなたは存在自体が矛盾しているの!
 それこそ僕がシオンであることの方が矛盾している。
矛盾したあなたではこの矛盾は解けない だから……お願いだから自分をシオンだと信じて頂戴!
あなたは本物のシオンよ!
「よく聞くんだな。お前は一度死んだ」
 博士が言った。
 そう、僕は一度死んだ。
 一度?
 まさか。そしたら生きているわけ無いじゃないか。人は死んだらおしまい。
「正確には死に掛けていた。脳が無事なうちに、私の実験用生態機械の余りに移し変えた」
「シオンは……」
シオンはあなたよ
「シオンは死んだよ。君の代わりとなってね」
「何故?」
「縛られていたからさ」
「縛られていた?」
 ああ、そういうことか。だから、シオンなんだ。僕は縛られては居ないんだ。
「分かった。博士。これは茶番なんだね」
 ぐにゃり、と博士の顔が歪んだ。こんなのは茶番だ。芝居だ。都合の良い夢だ。僕には必要の無いこと。
「本当に、僕はアリスなんだ」
 歪んでいく視界。消えていく天井。すべてが闇の中に沈んでいく。
 すべてがたった一つの事実に起因するんだ。僕があの時勘違いしたために。目ざめた僕が、自分をシオンだと錯覚したために。
 茶番の真実。真実の嘘。時間は戻らない。
 だからさ、無理なんだよ。時間を変えることなんて。
いいえ、私にはできるの
 過去を刻む時計かい?
私の中に取り込むことによって
局所的に過去であっても時間を変更できる
 何のためにそんなことを?
アリスの時間を、輝かすために
 僕の、時間……
違う、アリスの時間
あなたはシオンだから
 僕は、アリスだ。
いいえ、それは勘違い
残念だけど、皆が勘違いしている
 信じない。
 僕は、アリスだ。
でも、今だけはシオンなの!
 アリスだ!


 そして、目が覚めた。


   五、不思議少女は殻の中で一人歌う。

 あれ、僕は……
「なんで、寝てたんだ?」
 声が、勝手に出た。
「やな夢だったな。まさか、僕がアリスなわけはないじゃないか」
 何を言っているんだ? まさか、僕はアリスじゃないか。
 それにここは……あ、博士の地下研究室か。そう、どうしてここにいるのかはわかる。でもなんで僕は寝ていたんだ? 博士がシオンの水槽のコードを切ったのは覚えている。
「そして、水槽が真っ黒になって……」
 そこで僕の思考はとまってしまう。何かが変だ。何かがおかしい。
 蓮夢はどこだ?
「博士?」
 そして、アリアはどこだ?
 ただ、訳のわからぬ群体の中に取り残されてしまった。おまけに自分の体が言うことを聞かない。さっきから起き上がろうとしているのだが、どこの筋肉にも全く力が入ら……
「とりあえず蓮夢から探すのが早いのかな」
 どうしてだ? 急にすんなり体が動いた。いや、それどころじゃない。勝手に体が動き続けている。
 これは……!
「私は、こうなってしまう未来を変えたかったのに」
 蓮夢がしゃべっている。でも、今はそれよりも他の二人の行方が気になる。蓮夢が話せるんならむしろ好都合じゃないか。
「蓮夢? どこへ行っていたの?」
 階段を下りてきた蓮夢に駆け寄る自分。
「どこへも行かないわ。どこかへ行ってしまったのはあなたたちのほう」
 でも、僕はここに……
「僕が? ……ああ、そういうことか」
「それが落とし穴なのよ」
 落とし穴?
「やめてくれ。僕はちゃんとシオンとして戻ってきたんだ」
 だからなんでこう、さっきからこの体は僕の言うとおりに動いてくれないんだ!
「そうね。あなたは今シオンになってしまった。まあ、もともとシオンの体だったのだけど。でもシオン、気づいてる? まだアリスは消えていない。あなたの頭の中にあるのは彼の脳。いつまでもそれを無視し続けることは出来ないでしょう?」
 まさか。いやでもそういうことなのか? シオンは死んでしまったんじゃなくて、ずっと僕の中にいたってことで……でも、さっきまでこの体を動かしていたのは……
「ああ、さっきから頭の中で騒いでいる声はアリスなのか。残念だね。素直に自分をシオンだと思い込んでくれていたらこの体を動かせたというのに。博士もそれを言わないだなんてどこか抜けているとしか思えない。いや、それとも――」
――今だけは――
「――元からあの人はこういうつもりだったのかな?」
 どういうことだ? 解らない。でも、分かってる。
「仕方ないじゃない。博士がそれを教えたんでは、アリスはやっぱり自分をアリスだと認識したままになってしまうもの。彼がその体を操るためにはアリス自身をも騙す必要があったのだから……」
――今だけは、あなたはシオンなの――
「ハッキングを恐れて博士がつけた機能なのに、博士が自ら嵌るんだから困ったね。『この体は【シオン】の命令しか受け付けない』ってね」
「それは、それぐらい、アリスの病気が急を要したってことだから」
 ああ、そういうことなのか。
 シオンは、こんなにも自由を欲していたのか。
 だからこそ、僕や博士を騙して……
「騙すだって? アリス、何を考えているんだい? 僕は何もしていない。ただの機械に思考なんてことが出来るわけがないだろ? 僕にあるのは論理の積み重ねと多少の乱数だけ。でも不便だね。僕は君の声を直接受け取れるのに、君は僕の聴覚器官を通してしか僕の声を聞くことができないだなんて」
 今度はシオンは直接僕に声を聞かせていた。これで全部解った。もう何も聞くことはない。
「本当に? じゃあ博士とアリアは何処なの?」
 蓮夢が尋ねてきた。これも、僕への問。僕は、その答えを知らない。でももう良いんだ。僕は、何もできやしないんだから。アリスが自分をシオンだと思えなくなった時点で、アリスは体を失ってしまったんだから。
「何も解ってないんだね」
 そうかも知れない
「私はあなたの時間を輝かせるために来たと言ったでしょう?」
 ああ、あれは蓮夢だったのか。僕の夢に出てきたのは。
「逆よ。私の夢にアリスを取り込んだの」
 冷静に、蓮夢は言い返した。ああ、混乱してきた。
「蓮夢、僕もそれがわからないんだ。時間を輝かせるってのは、過去を変えるってことじゃないのか? でも過去を変えられるはずがない、違う?」
 過去は変えられない。でも蓮夢は言った。未来を変えたかったと。
「時間というのは、繊維のようなもの。束になった糸とでも表現したら近いのかしら? 絶えず時間の糸は紡がれ続けるから、過去を変えるにはそこまでの時間をほどかなければならない。でも私は紡がれてしまった過去の時間の糸を……そうね、はじくの」
 はじく?
「すると紡がれている時間全体が揺れるから、これから紡がれる時間、つまり未来に影響を与えることができる」
 ちょっと待って。それじゃ、よくわからない……
「じゃあ、さっきは何をしようとしていたの? 蓮夢」
 僕の理解なんか無視して話を進めるシオン。まったく、こっちは何も尋ねることができないというのに。
「何度も言ってるでしょう? 私はアリスの時を輝かせるために来たんだって。二人ともその意味がわかっていないみたいだけど」
 それは、逆に言えばアリスの時間が輝いていなかったということ。
「アリスが自分をシオンだと思い込むだけならまだ良かった。でもシオンの体にはシオンの記憶がずっと残り続けるし、おまけにシオンはアリスの脳を使って思考することができるようになってしまった。ただの生体機械だったのに、意思をもった生体機械になってしまったの」
「じゃ、じゃあ、僕の思考回路はすでにただの論理回路じゃなくなっているのか……?」
 いなかったはずの生命が、生まれてしまった。シオンは、自分の誕生にすら気づかず生態機械を演じていた?
ハレルヤ
「お誕生おめでとう。シオン。これもアリス自身がシオンになることを拒まなかったばかりか逆に受け入れてしまったおかげ」
 悲しげに言う蓮夢。でも、それじゃおかしい。
 僕がシオンになることを受け入れなければシオンはただの機械のままだった……? なら、僕がさっき自分をアリスだと主張したのは正しかったんじゃないか。
「でも、アリスが自分をアリスだと認識してしまったらこの体の支配権は僕に戻ってくる……現にそうなってしまった」
「そう、今あなたの体には二つの意志が入っている。そして今更ただ博士がアリスの脳を新たな生体機械に移植すれば良いかというと、そうでもない」
「そんなことをすれば、僕が消えてしまうんだね。記憶媒体はこの体だけど、結局この意思はアリスのものなんだから」
「ええ。そんなことをしたらアリスの時間は輝かない」
「ちょっと待って。そもそもなぜアリスは自分をシオンだと最初思い込んだんだ? それに、最初からアリス自身が自分をシオンだと思い込んでいたのに、蓮夢は一体何をしようとして時間を揺さぶった?」
 そう。僕が自分をシオンだと思い込んでいたのを訂正しに来たのは蓮夢じゃないか。……って、蓮夢、ひょっとして、時を輝かせるっていうのはまさか……
ハレルヤ
「博士は、病床のアリスに伝えたわ。これから脳だけを一旦シオンに移植する、と。そしてアリスは自分の身代わりになってシオンが死ぬのだと思った。そうでしょう? アリス」
 そう。だったら、そんな生はいらない。シオンをなくしてまで、僕は助かりたくなかった。だから、自分に言い聞かせたんだ。アリスは死ぬ。僕が仮に目覚めたとしても、それはシオンだって。そして、僕はシオンとして生きようと決めたのに。
「だから私はやってきた。あたかもアンドロイドのように自分の思考を制限して、心を闇に葬ろうとしているアリスがいたから」
 蓮夢、わかったよ。僕は、僕だってことだね。だから、僕はシオンであったりしちゃいけないんだ。
「! 違う。アリス、そうじゃないの!」
 途端に蓮夢の顔色が変わった。
「何を言っているんだ? 二人とも、僕には何がなんだかわからないんだけど……」
 簡単なことだよ、シオン。僕が消えて君がシオンとして生まれるだけの話。僕が、この体を君に返すってことなんだから。
「! ……じゃあ、輝きというのは、君の……」
 最後の輝きってことさ。そのために来たんだろう? 死に損なってそのままシオンの影に沈んでいくところだった僕の魂を、最後まできちんと燃やし尽くすために。
「違う!」
 妖精は泣いていた。初めてのときとは違う顔で。
「違わ、ないけど、違うの! 最初はそうだった……でも、途中で……」
 嗚咽でよく聞き取れない。
 でも最後にわかったよ。なんで僕がシオンだって言い続けたのか。途中で気が変わっただなんてね。ずるいよ。
「違う。そうじゃなくて、私は、間違いに、気づいた、の。だから……」
 嘘は、もういい。だったら何故さっきまでは冷静でいられたんだ? 結局僕を殺すことになってしまうが怖くなっただけなんだろう? だから夢の中でも……いや違う。殺すのが怖くなったんじゃない。僕を輝かせるためには僕を消さなきゃならないことに途中で気づいたんだ。それであわてて過去の変更を中止させようとしたんだ。なるほど。
「しょうがなかったのよ。あの時初めて私は真実に触れたんだから」
「真実?」
 つまり、僕の輝かない時間が、実際にはどんなものだったのかってことだろう? 蓮夢のその特異な能力で時間を動かそうとして、その途中でやっと実情が飲み込めたんだ。違う?
「その通りよアリス。だけど、もう一つの方法が見つかったの。だから……」
 もう一つの方法?
 まだ、僕は生きていて良いのだろうか?
「そうだね。機械が機械らしく停止すれば良いんだ」
 ……! だめだよシオン。やっと生まれたって言うのに。結局死んだのは僕なんだから、君が死ぬ必要は、無い……
「そうじゃないの」
 何が違うというんだい?
「そうじゃなくて、二人ともが輝けるようにできるの」
ハレルヤ
「もう遅いよ、蓮夢。どっちにしろ僕等はもう輝けない」
ハレルヤ
 疲れてしまったんだ。どうして僕等は生きなきゃならないんだい?
血塗れ生命の代償に
「アリアが待っているのよ?」
穢れなき死の略奪よ
 ああ、そんな女の子も、いたような……
ハレルヤ
「お迎えかな? アリス、賛美歌が聞こえるよ」
ハレルヤ
 大丈夫。これからまた生まれるんだから、だから……
お誕生日、おめでとう
 ……だから、泣かないで
ハレルヤ

   六、人形は日向で夢を見る。

 そして、僕は目を覚ました。
 僕の顔を覗き込んでいたのは三人。アリアとシオンと博士だ。蓮夢の姿はそこには無い。
 結局何があったのだろう? 僕の時間はちゃんと輝いているのだろうか? そしてシオンは……そもそも何に縛られていたんだ?
――ロボット三原則――
 答えは僕の中にあった。
「何であたしの顔を見て変な顔するんですかアリス!」
 身を乗り出してアリアが覗き込んでくる。金髪が顔にかかってちくちくする。
「ああ……、ごめん。そっか。これが現実なんだね」
 彼女を押し返しつつ、起き上がった。ここは、病院のベッド?
「そんなにリアルな夢を見ていたのかい? アリス」
 興味深そうに博士が尋ねてくる。また何か研究を始めるつもりなんだろう。
「うん。まあ」
 夢……まあ、そう言うことなのかもしれない。何処からが夢なのかはわからないけれど。
「ところで、君はシオン……だよね?」
 部屋にいたもう一人の少年を見つめて言った。どことなく、前とは面影が違う気がする。
「よく分かったね。全然違う姿になってるのに」
 まあ、なんとなくね。
「って、どうしてシオンがいるんだ?」
 あの夢の中で、蓮夢が言っていた『別の方法』って奴だろうか?
「おかしなことを。僕がいちゃ何か困るのかい?」
「だって、僕の体は、あの時水槽の中で破壊されて……それに、シオンは僕の脳でを利用して生まれたんじゃないのか?」
「だって、私は天才だから」
 ……。
 一瞬何がなんだか解らなくなった。すると、蓮夢のしたことって何だったんだ?
 ……博士?
「ん? どうした、アリス。そんなにふてくされて」
「説明になっていない」
「そうか? 幽体離脱の実演はしてみせたはずだが?」
「あ……」
 ただのジョークだと思って忘れていた。
「まあ、天才たるこの私にかかれば他人の精神を肉体から引き離して別の器に移し変える手段ぐらい十日もあれば十分確立できるってことさ」
「ああ、確かにそうかも」
 そんなことだったのか。そうだね。いつでも最悪の手段以外の選択肢は残っている。
「さて、肉体的にはもう十分休んだろう? とっとと家に帰って良いぞ」
 やることはおわったとばかりに白衣の学者は言い放った。そういえばこの人、医者もやるんだった。
 悔しかりしは、僕には何もできなかったってことだ。完全に僕は部外者で、観察者だった。中心にいたにもかかわらず。すべては蓮夢が作った夢……いわゆる別世界のようなところに閉じ込められた僕とシオンのマスカレード。不安定な蓮夢が何をしようとしたのかなんて解らない。そもそもあの子の能力は反則だった。結局は時間を操作してしまうんだから。過去を変えるのではなく過去をはじくだけだなんて詭弁を使っていたけれど、そんな現象が普通に起こるはずは無い。きっと、もっとずっと不安定な現象に違いないんだ。
 ……不安定?
 彼女の能力が不安定。すなわち、そんなことをしでかす彼女の存在そのものが不安定なはずなんだ。いつ消えてしまってもおかしくなかった。そもそも君は存在していたのか? 蓮夢?
「蓮夢は……」
「見つからないよ。今、この世界の何処にもいない」
 なんとなく、解っていた。いや、正確にはそんな奴知らないって言われそうな予感までしていた。
「そう……」
 でも、それじゃ気になって仕方がない。僕は確かめないと気がすまない。
「それは、消えてしまったってこと? 最初からいなかったってこと? 役目を終えて元いた所に帰ったってこと?」
 はぁ、と溜息をつき、博士は首を振った。
「博士?」
「定義によるな」
「アリス、蓮夢はこう言って去ったの……さよならって」
「……シオン?」
「そういうこと。結局彼女が取り込んだのは【シオン】の時間だったってこと。だから時間への干渉を中断しなくてはならなかった」
「よく……わからない」
 だって、蓮夢は僕の時間を輝かせに来たと言っていた。
「つまり、蓮夢は自然の修復装置のようなものなんだ。輝かない魂を見つけたから、そいつの前に現れた。彼女が知っていたのは【アリス】の時間が凍っているってことだけだった。そしてシオンと呼ばれる君の魂がそれだということもわかったのだろう。だがどうしてか蓮夢はその場では例の時間を操作する術を使わなかった。おそらくは情報不足だろう。あるいはシオンが生命として誕生しかけていて、アリスの魂がだぶって見えて混乱したのかもしれない」
 それは……何かが変だ。
「で、結局シオンのことがわかったのかどうかは知らないが、アリスの時間が輝かない理由だけはわかった。アリスが自分をシオンだと思い込んでいる。だから、蓮夢は【夢】という自分の世界に君を取り込んで過去の修復に及んだ。ただし、彼女がその時取り込んだのはシオンだった」
 ……は?
「私とアリアが君を『自分をシオンだと思い込んだアリス』だと認識していたことは知っていたんだろうな。だから蓮夢は君が手術後に目覚めた直後を修正することにした。私とアリアまで取り込んでね。けれどそこで彼女にとって誤算だったのは、そこで主人格となるのがアリスではなくシオンだったってことだ」
「だから、それがおかしいんじゃないか。僕は、アリスだろう? なんでシオンになるんだ? シオンは、僕の脳を通してシオンの記憶が作り上げた別の生命で……」
「アリス、それを昔の人がなんて呼んだか知ってる?」
 アリアが口を挿んだ。
「なんて呼んだか、だって?」
「そう、一つの体に二つの人格が宿ること」
「……」
 いわれるまでもない。でもそう聞かれるまで気づかなかった。
「二重、人格」
「ま、それは医学用語じゃないんだけど、一般的にはそういうこと」
「だから、僕のベースは消えた生体機械のシオンではなく、君なんだ」
 シオンが言った。
「確かに記憶はシオンのものを引き継いでいる。だから僕自信気づかなかった。単に僕等はアリスの二重人格だっただけで、主人格が一時君から僕に遷っていただけなんだ」
「それで、蓮夢が混乱したんだね」
「そういうこと。『私は【アリス】の魂を主軸として時間を取り込んだはずなのに、今主軸になっているのは【シオン】の魂。それでいて取り込んだ途端に【アリス】の魂は消えてしまった。しかも、表に出てきているのはアリス。魂だけが【シオン】になっている』って感じで蓮夢は混乱したんだろうね。手術後に目覚めていた時表面に出てきていたのは人格としてのシオンであって、アリスはそのとき『自分をシオンだと思い込んだアリス』として裏人格になるはずだった」
「ちょっと待って。それは別人格としてのシオンのことじゃないのか?」
「ああ。ややこしいことに、もともとのシオンという生体機械があって、君は移植のショックでシオンという別人格を作り出し、さらに残った主人格までもが自分をなぜかシオンだと思い込んだ。要するに、君の中にあった人格は『シオン』と『自分をシオンだと思い込んだアリス』の二つだったわけだ。二重人格がどうやって蓮夢の時間操作に影響するのかわからないけど、とりあえず修復されつつある時間の中では『自分をシオンだと思い込みそうになったアリス』が表に出て、シオンは裏にいた。まあ、それは蓮夢が【アリス】の時間を主軸にしたからなんだが」
 ああ、そうか。
――そこはお前の場所じゃない――
 つまり、あの時の声は……
「声が、聞こえたんだ」
「?」
「水槽のシオンと対峙した時、仮面の奥の瞳から、聞こえてきたんだ。そこはおまえじゃなくて僕の居場所だって。つまり、あれは僕自身の――」
「そうなるね。『自分をシオンと思い込んだアリス』に聞こえた、アリス自信の妄想なんだろう」
「じゃあ、あの時博士はアリアに何を言っていたの?」
 つまり、あの声が聞こえていたのは僕だけなんだから、アリアが震えるわけが分からない。
「治療を諦めるって告げたのさ」
「アリスをシオンに移植するように頼んだのは、私でしたから。だから、脳の入っていないアリスの体が持たないと聞かされて……それではシオンはずっと元の体に戻れないのかと……」
「馬鹿なことだ。私は天才だというのに」
 つまり、別の理由だったってことか。
「続けるよ。修復された時間の中ではアリスは結局自分をシオンだと思い込まなかった。だから蓮夢は焦った。魂の色を見れば明らかにシオンのものだったからだ。彼女は自分が失敗したのだと考えた。『私は何かの間違いでシオンの魂にアリスという名前を刻み込もうとしている。私が干渉すべきはアリスの時間なのだからシオンに干渉してはならない』」
――でも、あなたはシオンなの――
 ……だから、僕に言い続けたんだ。僕がシオンなんだって。何のことは無い。蓮夢自身が間違っていたわけだ。
「それで、これ以上シオンに関わるのは危険だと判断した彼女は、君たちを自分の夢から解放した。私とアリアを閉じ込めたまま」
「だから、あの時の地下室には僕と蓮夢しかいなかった……」
「そう、そして蓮夢は解放して暫く君たちの様子を見ていたよ。で、やっぱり勘違いをした。つまりシオンのベースを元の生体機械のシオンだと思ったわけだ。おまけにシオンはシオンでハッキング対策用に私が作った機構までは記憶していたものの、それを私が手術直前に取り外したことを知らなかったものだから同じ考えに至った。つまり、アリスが自分の体を操れないのは自分をシオンだと思っていないからだと考えたわけだ。それを説明されてアリスはアリスでまた勘違いさせられたわけだ」
 じゃあ、すっかり僕たちは何も理解せず騒いで、自分たちが互いに死ぬしかないだなんて考えて、意気消沈して、自己放棄してたってわけ?
「で、とりあえず蓮夢にもどうすれば良いのかわからなくなってしまったんだろう。本当に解決策があったのかは知らないけど、君たちが互いに死ぬのだけは間違ってると思って必死に止めに入った。まあ、彼女も大変だね。イメージだけは神々しく見せかけていたけれど、初仕事だったわけだし……」
「初仕事?」
 博士の言わんとすることはわかる。だけど……
「どうしてそんなことまでわかるんだ? それに、博士はさっきからそれ全部を推理で説明しているの?」
「まさか。だって、なあ、アリア?」
 ククク、と笑う博士。こういうとき、この人の青い(といっても片方は蒼くてもう片方は碧い)瞳は本当に悪戯っぽい。
 そして一方アリアは笑いながら語ってくれた。
「だって私たち、ずっと見てましたから。蓮夢の見てる光景とか、蓮夢の考えていることとか、全部。それで、博士といろいろ貴方たちについて話し合っていたんです。一番わからなかったのは蓮夢がどこからきたのかってことでしたけど、でもこれだけ説明したんだから、わかるでしょう? アリス」
 蓮夢が何処から来たのか、だって?
「わからない。なんとなくはわかるけど、でもどうして初仕事ってわかるのか、僕にはさっぱりだよ。それに、蓮夢は僕の時間を輝かせるために来たといっていたけれど、どうしてあまりに何も知らなかったんだ?」
「神様が、まだ私たちを見捨てていなかったということだろうな」
 感慨深げに窓の外を見て呟く博士。
まったく人気の無い大通り。実際に人が外に出ない限り、ホログラムは作動しない。こんなに衰退した種族を、見捨てていないだって?
「今は一人でも多くの人が欲しいんだ。だからアリス、君みたいな人間に輝きを取り戻してもらわなきゃ困るんだ」
 困る?
「誰が?」
「世界」
 世界?
 博士が端的に答えてくれた。でもちょっと抽象的過ぎる。
「言ってみれば、僕ら」
 今度はシオンが答えてくれた。それならわかる。けれど……
「僕たち人類は確かに困る。でも、どうして世界が困るんだ?」
「さぁ……ただなんとなくわかるのは、オゾン層がなくなりそうだった時、昔の人たちはすごく困っただろうなって思わないか? 紫外線遮断ドームで街ごと覆ってしまうぐらいに」
「博士……?」
「でもまさかカモノハシがいなくなったときに困ることになろうとは思わなかっただろうけど」
「カモノハシ……いなくなった後で大慌てになった動物だっけ?」
「そう、あの後地球の生態系は殆ど変わらないにもかかわらず人間の生活は著しく狂わされた」
 歴史的には最大級の事件だと、教科書に書いてあった。でも、だからなんなんだ?
「ですから、人間がいなくなったら困る奴がいてくれたって良いと思わないですか? 私は、それを神様だと呼んでいます」
「そして私はそれを世界と表現したわけだ。で、世界は自己を修復するために蓮夢を作り出した。きっとプロトタイプだろう。だから、本当に何も知らずにやってきて、勝手に勘違いして、失敗したんだろう。だから私は知らない。彼女が今回のデータを持ってその何者かの所へ帰るのか、それともまだここにいるのか、ひょっとしたら人知れず消えてしまうのか……」
 そして再び窓の外に目をやり、急に目を細めた。
「おや、あんなところにいたのか」
「え?」
 僕は振り返った。何処だ? 何処にいる?
 ああ、いた。あんなに遠く、教会の屋根の上で眠っている。
「行ってくる」
「そうだな。行ってくると良い」
「? ……博士は行かないんですか?」
「何が悲しくて子供と一緒に走り回らなきゃならんのだ?」
 お前たちはまだ遊んでおいで。そう、聞こえた。
私には飛べない、夢の国
 何か引っかかるけど、僕らは病室を後にした。
「それじゃ博士、また今度……」
「ああ」
 そういえばなんだかんだ言って、博士ときたら僕らと結構一緒にいるじゃないか。そんなことを思いながら扉を閉める。
「妖精というよりは天使といったほうが似合うかもしれないな」
 扉を閉める間際に、そんなつぶやきが聞こえた。
 懐かしい。なんとなく思い出される呟きに似ている。あれは……
――少年といえば、アリスだろう?――
 まさか! ひょっとして、博士は僕等の……?
 いややめよう。この世の中で子供を捨てる親なんているわけ無いんだから。きっと……


   七、完全数は大胆にも余計な章を作る。

「全く、それにしても普通は気づくだろうに。わざわざアリスとアリアだなんて似た発音の名前をつけてやったというのに。どちらがアリアの弟かだなんて考えるまでも無い」
 がらにもなく、愚痴ってしまう。いや、それが私のスタイルか。
 子供たちが出て行った後の静かな病室。私はポケットからリモコンを取り出し、ボタンの一つを押した。遠くに見える、教会の屋根からホログラムが消えた。
「さて、私は何がしたいのだろう?」
 蓮夢のおかげでまだ世界の観測者とやらがこの世界に見切りをつけていないらしいことはわかった。とりあえず頭を整理しなければ。それにはあの子達は邪魔だった。ああ、そんなことはどうでも良いんだ。結局……。
「どう考えても、世界人口三百人ってのは限界を下回っているよな……」
 不可能だ。もう五年だか六年の間、新生児はいない。大気にちょっとばかり困った成分が混じってしまった翌年からだ。ついでにその年に今の人口より桁が八つ以上多い人間が死んでしまったのだが、もはや今となってはどうでも良いことだ。
「だから、あの子達が大人になるまでに一人も子供が生まれなかったそのときは……」
 蓮夢を見て気がついた。結局人類のほうでも何かをするしかないのだ。世界なんてアテになるかというのだ。
「みんなで夢を見るしかないんだろうな」
 そしてこの星が変わるそのときまで、無責任にも人類は眠ってしまうのだ。ひょっとしたら夢から覚めないままかもしれない。存在し続けることに意味なんて無いのかもしれない。けれど……
「私たちを必要としてくれている存在がいるんじゃなぁ」
 ひさしぶりに、研究課題に目的ができた。
 諦めかけていた研究を、やり直す気になった。
輝かせに来たの
「蓮夢、あんたは輝かせてくれたよ。少なくとも私の時間はね」
私は、アリスの時間を輝かせに来たの
「それでも良いじゃないか。ここは不思議の国だし、これから凍った、鏡の国になるんだから……なんてったって凍っているんだ。あんたが磨いてくれよ?」
 久しぶりに、本気で笑った。
おめでとう。
 なんとなく、そう思った。殻の中でアリアがアリスに歌ったように、私も歌ってみようと思った。
ハレルヤ
蓮夢
時みがきの妖精

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