(タイトル未定)(リレー企画第5弾D班) 第1章 須賀(1/3)
夢を見る。
夢。
朝モヤの時間の夢。
目が覚めると、窓のカーテンの裾から日の光が漏れている。
でも、朝には夢の中身は全て忘れてしまう。
何か、大切な物の夢。
誰か、大切な人の夢。
歯がゆい。
時計は7時半を指している。8時に家を出れば十分間に合う。
「康太」
父は朝の食卓で言った。
「高校はどうだ。もう慣れたか」
「うん。もう5月だから、ちょっとは慣れた」
会話が途切れる。
でも、いつもならここで沈黙のままのはずなのに。
「康太」
父は再び口を開いた。
「母さんがいなくて寂しくないか?」
「別に」
そう言うと、父は溜め息をついた。寂しいと言ってほしかったのかな。
そう、母さんは俺が物心つく前には既にこの世にいない。
たまには寂しい思いをしたことはあった。
でも、そういつも落ち込んでばかりはいられない。
「そうか……」
「水無月くん」
と、後ろからどこかのおじさんの声がする。校門の前である。
振り向くと、数学の先生だった。
「あ、おはようございます」
「あはよう。ちょっと頼みごとがあるんだけど」
「いいですよ」
――その時だった――
先生の肩越しに1人の少女の影が見えた。陽炎のように揺らいで。
「どうしたの?」
先生は自分の話を聞いていない俺に言った。
「す、すいません。何でしたっけ?」
「今日の5時限目は水無月くんのクラスの担当だったよね」
「そうです」
「今日休みにするんだけど、その授業内にやるプリントを私の机の上に置いておくから、職員室まで取りに来てくれないか?」
「いいですよ」
「求値問題の復習だから、簡単だよ」
「はい」
1時限目から4時限目まではじつにタルい授業だ。
やっと今4時限目。
その中には、クラスの半分近くが先生の話を無視するという授業もある。
入学して1箇月で生徒にここまでさせるその授業は大したものだ。
そう言えば昨日、部活の先輩が言ってた。
小学校の先生は、児童に付きまとわれる。
中学校の先生は、やたらと生徒に敵視される。
高校の先生は、その能力で評価される。
さあ、どれが良い?
そう言われても、俺には教師になるつもりはないのに。
大体、これって正しいの?
そんなことを考えながら、5月の陽気にウトウトしていた。
「という訳で、水無月くん」
甲高い女教師の声がする。
「え……はい」
突然に指名される。やばい。全く聞いてないや。
「この文頭にある句はSかMかどっち?」
ぼーっとしながら立ち上がる。
「はい俺は……」
「そんなこと聞いてないでしょ。主語とか修飾語とかそういう話してるの」
ほらほら、みんなの笑い声。
「じゃあMです、多分」
先生、寝てるやつに質問するなよ。
で、先生は先生で、アホかあんたは、って顔をする。
その目が実に冷ややか。
そんな目は嫌いだ。
チャイムが鳴る。やっと終わった。
「飯食いに行こうか」
高校で初めての友達が誘ってくる。
「なんだ、笠野か。もうちょっと寝かせて」
「笠野じゃなくって、良平って呼んでよ、でね、僕ね、見付けたんだ、美味しい店」
いつも落ち着かないしゃべり方をするな、こいつ。
眠い中、わざわざ校外に連れ出された。腕を引っ張られて。小さい身体にどこにそんな力が、と思えるほどだ。小さいと言っても、俺よりはということだけどさ。腕が抜けるかと思った。
「ほら、あそこだよ、見えるでしょ?」
校門から大回りして、ちょうど校舎の裏だった。
ラーメン屋。
「僕がオススメする店に、ハズレはないよ」
暖簾を潜って中に入る。
「っらっしゃい!」
景気の良い声がする。
壁にはメニューが掛けてある。
「ラーメン」、
「叉焼ラーメン」、
「ワカメラーメン」、
など、普通の品が並ぶ中で、
「ぴりっと辛いラーメン」、
「ぴりりっと辛いラーメン」、
「ぴりりりっと辛いラーメン」、
この3つは辛さの違いです!
とあった。
「俺、叉焼ね」
「じゃあ僕、ぴりりりっと辛いラーメン」
それ食うのか。そう思ったが、良平は一気に平らげた。
5時限目。数学。でも休み。
プリントをさっさと終わらせると、校内の散歩に出掛けた。
ちなみに良平は苦労してたな。数学、苦手なのか?
俺は好きなんだけどね。
図書室に行ってみよう。本館の3階。最上階。
あいにく、誰もいなかった。司書もいない。
窓は全て開け放たれ、カーテンが風に靡く。
ひゅうひゅうと、耳に心地良い風の音。
重厚な長机の椅子に腰掛ける。
すぐ側の窓から、風。
不意に眠気に襲われる。
夢を見た。
あの夢。
……またかよ。
時計を見ると、6時限は既に始まっている。
6時限目は全校集会だ。面倒だが、授業よりはマシだ。
「康太、康太、こっち、こっち」
良平が手を振る。
体育館兼講堂。
「どこにいたの?」
「図書室で寝てた」
「優雅、だね」
どこが、と思ったが、それは言わないことにした。
やがて校長の長い話が始まる。
校長の話も佳境に差し掛かったが、生徒は帰りたがる。
その時だった――