げぇむで吐血(2001年度新歓リレー企画)   第3章 氷江 愛子(3/3)


 ちっきしょー、こんなトコロで喰われて一巻の終わりかよ俺っ! 冗談じゃねー! って、あれ?
 俺は怪物まっしゅるうむのカサの上に突っ伏していた。どうやら助かったらしい。ひとまず体を起こし、カサの上に座った。
「お兄ちゃーん。さっさとまっしゅるうむ取ってよー」
「こんなものをどうやって取れと?」
「んぐらい自分で考えろや、エエ♪」
 ……致し方あるまい。俺の頭にあるキノコに関するしがない知識の断片のすべてを動員してコイツの弱点を探り、攻撃法・防御法・その他もろもろを考えることにしよう。えーっと、マッシュルームの培地を作るには、わらと鶏糞を混ぜ……この場においては何の意味もない。毛細管現象は多孔質の物質の孔や植物の弛緩でより顕著に見られ……キノコに師管ってあったっけ? ウシグソヒトヨタケを用いて複単交配した結果、Monoは複核化され、共役核の一つは……意味不明。
「あーもう、俺の知識使えねー。って、えっ?」
 わめいた途端、足元がぐらりと動いたのである。どうやらまっしゅるうむが俺を振り落とそうとしているらしい。慌ててカサにしがみついたが、俺のささやかな抵抗も空しく、俺の体はあっさり地面にたたきつけられた。
 目の前には怪物まっしゅるうむの巨大な口が迫り来ている。
 チャリラリチャ〜チャ〜 チャ〜ラ〜〜
 ああ、子牛を乗〜せ〜て〜〜。ハハ、つい和しちまったぜ。どこから流れてくるのかは知らないが、今の俺になんてピッタリなメロディーなんだ。今度こそ、俺、喰われちまうんだなあ。皆様、先立つ不幸をお許し下さい。
 心の中でつぶやいて、俺は目を閉じた。
 が、いつまでたってもまっしゅるうむは俺を飲みこまない。おそるおそる目を開くと、そこには、苦しみもだえるまっしゅるうむの姿があった。
 ポケットの携帯電話からは、メール着信時用の着メロが流れている。どうやら、携帯電話の着メロは、このまっしゅるうむに何らかの影響を及ばすものらしい。さっきは合体したし、今は苦しんでいる。
  ぴよぴよ☆ぴよ☆……
 苦しげな断末魔の鳴き声を発したかと思うと、怪物まっしゅるうむは再び何万ものマッシュルームに分裂し、そして跡形も無く消え去った。
 俺は助かった。怪物まっしゅるうむの最期は、あまりにあっけないものだった。俺は少し、このまっしゅるうむに同情した。
 そのとき、迷彩服姿の男達がわらわらと俺の周りに集まり、俺を丸くとり囲んで俺に銃口を向けた。
 驚く俺の前に、メガネをかけたスーツ姿の男がやってきた。
「困りますねぇ。同意書に、携帯電話はマナーモードに切り替えておくようにと書いてあったでしょう。おかげで、きのこ山中のマッシュルームがすべて合体してしまうし、剰え、それらを消滅させてしまうし……。とにかく、同意書にサインを頂いていることですし、これは立派な契約違反であり、犯罪です。まあ、まずは管理センターの方へ」
 うろたえて冷汗をかく俺の背後から脳天気な声が聞こえてきた。
「あれえ、お兄ちゃん捕まっちゃったんだぁ」
 妹であった。籔からはい出てくると、服についた葉っぱや砂を払いはじめた。どうやら、俺が喰われそうになっていた間、籔に身を隠してこちらの様子をうかがっていたらしい。
「ってお前、お前は!?」
「あたしはちゃーんとマナーモードにしてたも〜ん」
「……っ!」
 あまりに仰言る通りすぎて、返す言葉もない。
「さあ、ご同行願います」
 男のメガネがきらりーんと光る。
「†★ξ#∞д(@_@)」
 為すすべもなく、手錠をかけられ、背中は銃口を押しつけられたまま、俺は連行された。

「らぁぶはぁんてぃんー、はぁんてぃんぐっ〜♪」
 凛としてそして清澄な歌声が響き渡った。
 あのあと、涙ながらの弁解と平謝りと哀願を幾度となく繰り返し、やっとの思いで解放されて自宅で眠りこんでいた俺は、その歌声で目を覚ました。
「らぁぶはぁんてぃんぐぅ〜らぁぶはぁんてぃんぐぅ〜らぁぶはぁんた〜♪」
「らぶはんたー?愛の狩人、ってか?」
「違うよ、英語じゃなくてフランス語。それにつづりはLABBE。フランス語でトウゾクカモメのことだよ」
「なぜ英仏のちゃんぽんで……」
「いーじゃん。英語で何て言うか知らないんだから。それより、早く行こう、らぶはんてぃんぐ。とっとと起きやがれや、コラァ☆」
 冗談じゃない。「まっしゅるうむ」ですら、あれ程の思いを味わったのだ。ましてや、トウゾクカモメなら……。
「〜〜〜!!」
 声にならない叫びをあげつつ実の妹にさらわれていく俺のポケットの中で、メールの着信を告げるメロディーが鳴り響いた。


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